Macであんなこと、こんなこと

10月23日(木) まず本日の日記下方にある1986年Summer「MACワールド日本版No.1」表紙のス
       キャン画像をご覧いただきたい。
        当時新発売されたMacintosh Plus・漢字Talkのコンパクトでまさにパーソナルな
       ボディ、そして四角いマウスが輝いているではないか。なんと648000円だそうだが、
       愛する人の昔の写真を見せてもらったような気分になった。

        自ら11年前に発売されたこの雑誌の何ページかをレイアウトされたという、グラフィ
       ックデザイナーの
Onoさんが「Macなあなたに差し上げたい」と、お手元にあった貴重な
       創刊号、第2号を送ってくださったのだ。
        Canonの広告には「Macintosh 生まれつきフレンドリー」のタイトルが打たれ
       「
マッキントッシュは日常感覚で使えるとってもフレンドリーなコンピュータ。その秘密
       は“人間本意”という基本思想にあります。誰でもが電話と同じように利用できる
       『いま、一番人間に近いコンピュータ』。それがマッキントッシュです
」とうれしいコピ
       ーが書かれていて、変わらぬコンセプトを今後も貫いて欲しいと改めて思った。
        そしてそのPlusのモニタにはExcelが開いているのが映っている。漢字Talk&Excel
       
という広告ページもあったりして「
他のコンピュータには気の毒ですが、そのハード&
       ソフトの見事な連携プレーには、舌を巻くしかありません
」というマイクロソフトの位置
       づけには、舌を巻いてしまいましたよ。
        記事にも面白いものがたくさんありそうなので、明日以降にでも少しづつ紹介しましょ
       う。

        それとMacに限らずいろいろアドバイスをいただいている
Fujitaさんには、私が使いた
       いけどマニュアルがなくて使えないでいるソフトの解説書を、わざわざ秋葉原の専門店で
       探してきてくださりお送りいただいた。お二人にはスミからスミまで読みつくさせてもら
       うことで、ご厚意にお応えしようと思う。


10月26日(日)反響をいただいているので「MACワールド日本版」NO.2から、またまた面白くてすごい記事を抜粋して紹介しよう。それは「よりポータブルなMacintosh・・私はこんなMacが欲しい」というもの。1986年に書かれたものということを改めて念頭に置いてもらいながらお読みいただきたい。

なにげない『Macの顔したAppleがあったらおもしろいだろうな』の一言が議論をかもしだしたあと、私の中では未来のMacに対する夢が途方もなく広がった。現在のポータブルワープロがそうであるように、未来のMacも液晶パネルを備え、バッテリーで動き、マウスがわりのデジタイザーパネルで操作されるのだろうか。そうなればこうして原稿を書いているただのワープロなど電車の窓から放り出している。SIDE-KICKとMacLightningをインストールした漢字Talk版Macのほうがよほど使い勝手がいい。ここまでくると、Alan Keyの夢見たDynabookそのものだ。映画『2010年』で登場していたのは、cのかっこうをしたDynabookだったのではないだろうか。5インチディスクと見えたのは実はCD-RAMで、ディスカバリー号の情報が満載されていた。液晶パネルは表示はもちろん太陽電池を兼ねている。砂の上ではマウスの足も鈍る。ここにはデジタイザーパネルが採用されている。A4サイズの表示パネルには、夕闇せまるころでも明るいEL(発光式)を使い、漢字40文字/40行を表示する。3.5インチディスクドライブはもちろんCD-RAM。そこには、当然辞書をはじめとするToolが入っている。キーボードは、人の指の大きさを考えると現在のものよりほんの少し小さくなるだけだ。音声入力?あれはダメだろうな。電車の中で機密文書など作れない。だいいち多くの人達が使いだしたら、まわりじゅう騒音だらけになってしまう。ただ、SmoothTalker、音声出力は間違いなく標準装備になるだろう。ポータブルMacにマウスが最適だとは思わない。足のあるマウスのことだ。電車の中では、あちこち走り回ってこまるだろう。かといって、マウスをひっくり返しただけのトラックボールでは使いづらくてしかたない。CD-RAMは、読むだけのCD-ROMとは異なり書き込みもできる。百科事典の余白にメモを入れたり、文のあいだに割り込むのも自由、しかも誤って消してしまうことがない・・。そんなMacを夢見ている。

いまはどこでも使えるMacが1台あれば充分だ。どこでも、といったのには理由がある。マーフィーの法則。必要なときに限ってMacがない。ここにMacがあれば簡単なのに、ということがよくある。会社にMacを置いておけるほど余裕もない。となればMacを持ち運ぶしかないが、驚くほど小さい現在のMacでさえ通勤電車に持ち込めるほどではない。私の場合、幸いにして始発駅からなので、膝の上に乗せていけばいいのだろうが、乗り換えを考えるとあんな巨大なキャリングケースを持って歩く元気は失せる。せいぜいc用キャリングケースの大きさまでだろう。では、さっそくMacを本当のポータブルMacにしてしまう実験をはじめたい(後略)


みんなで同じ夢を見ればそれは必ず実現するサ」とジョン・レノンも言っていたけど、Macが大好きな人の夢はもうずいぶん実現されている。そしてこの記事の横の夢見るMacのイラストには、FDの口が2つあるけれど液晶パネルの裏にはプリンターもついていて、まるでApple20周年記念モデル「スパルタカス」を少し小さくすればそっくりのものが描かれているのだった。

近くに大型家電量販店Yがオープンし、FMVが1980円なんていう目玉も出て大盛況であった。ノートパソコンコーナーには30台くらい陳列されていたが、Powerbookははじっこに4台チンと並んでいた。CPU、HD、メモリ、薄さ、軽さ、価格を見比べると明らかに他が優っているように見えた。MacOSじゃないことを除けばだ。


10月27日(月)外では雨と強い風が吹き荒れている。いつもの年より遅いけど、こんな天気が繰り返されながら新潟ならではの冬がやってくる。それでも今年の長期予報は暖冬だそうだが、ここ数年は大はずれが多いので、どっちにころんでもいいように準備は怠れない・・って、私は車のタイヤの心配くらいだけど。

1986年の「
MACワールド日本版」を読める機会に恵まれ、おりしも今月号の「Mac Power」「Mac User」もずっと家の中にいたので、じっくり読んだ。そこで気がついてしまったのだが、MACワールドには当たり前なのだけどMacのことしか書いてない。このコンパクトなMacでこんなことができる、そのうちMacであんなこともできるようになるって、読みながら頭の半分で何とか大枚の68万円を捻出する算段と、自分なりの使い方を思い描いてしまいそうな、大げさかもしれないが新鮮な感動と夢が詰まっているような感じがした。

ところが最近の雑誌にも同じような良い記事もあるけど、
Appleのやれマイクロソフトとの提携だ、また赤字だ、ライセンス決裂に今度はNCだ?MacOS8は何本売れるかとか、ユーザに製造元の経営の心配させててどうするのよ!

それでも多くのけなげなMacユーザは、ジョブスには遠大なロマンと経営方針があって、今は語れないけど後できっとわかるようなストーリーの途中なのだろうから、今は見守るしかないと。そんな記事やコラムばっかり目につくのだ。そして私も祈るような気持ちで毎日
Appleの情報を追いかけてしまっている。

5年ほど前に足を折ってしまい座っているしかないときに、「
ツインピークス」のビデオを20何本だかを一気に観たことがあった。登場人物も覚えきれないくらい出てきて、ひとつひとつの不思議で不気味なシーンが、あとでストーリーのなかでどういう意味を持っているのかと、画面に釘付けになってしまったものだ。ところがこのドラマはラストですっかり裏切られる。あの印象的なシーンは思わせぶりだっただけで、なんの布石にもなってなかったり、最後まで意味不明なところがあったりしたのだ。「ツインピークス」には、いまでも脳裏に焼き付くほどのセリフやこわいシーンがある。だけどはっきり言って愚作だ。いまジョブスが次々に打っている経営施策が、まさかそんなことにならないかとどうしても心配だ。


ぜひ感想をメールでください
tktr@sannet.ne.jp(tosiaki takahasi)