幸せの経済学
ここでは、超独断で、無謀な理論(東京大学物語、または、スピリッツにたまに載ってる、
朕集院犬清くらいに超独断)をだらだら気の向くまま書いてみました。
何か、今不幸だなぁと思ってる人は、読んでみてください。別に不幸じゃない人も読んでね。少なくとも、
シンセのページよりかは、まじめに書いているので、よろしくお願いします(何をよろしくなんだか・・・)。
ちなみに、言葉にリンクが貼ってあるのは、それに関連したことがのってるので、一応見て下さい。
1.成長過程における価値観の創造は?
あなたが幸せを感じるときって、どんな時ですか?
大体、俺等の年代の女の子は、「彼氏とラブラブのときぃ〜!!」とかほざく(死語)わけで、
野郎は野郎で、「彼女と一緒にいるときかなぁ」とかいうセリフを、キムタク調で吐きやがる。
まあ、それはどうでもいいことで、幸せなんて、結局のところ周りの人間がどうのこうの言ったところで、
自分の幸せを感じる度合いは、そう簡単には変わらないと思う。
自分が如何に今の自分が置かれている状況に満足できるか、または自分の中身に関して満足していられる
かということであり、他人の評価に動じて自分の他人から見る評価を社会的に変化させることはできても、
自分の中の本当の見方、自分個人にしか存在しない価値観が必ず存在するわけである。
つまり、人類みな自己中っ!!ということです。
幸せなんて、自分が不幸と思えば、たとえ、大金持ちで、時間も持て余して女(男)にも
不自由なしに生活してても、不幸と思えば不幸。いくら他の人間が、「おまえは幸せな奴だなぁ・・」
と言おうが、幸せという概念がない奴は、何しても不幸なのだ。
いくら、世の中くらいニュースばかりだからと言って不幸な奴が多いのか?
政界の大物がいくら金をぶんどったって、奴らは本当の幸せを多分知らないだろう。
自分の価値観がどこにあるか?何が大切なのか?もし、心の奥底から金に価値観を置けば、
奴らは本当に幸せなのだろうが・・・
さて、じゃあ何でココまで価値観の創造が難しいのだろう。何で、金に対する欲求が強い人間が
多いのだろうと考えてしまう。