手作りリードの奨め

目次
お買い物犬も歩けば棒に当たるマニファクチュア

材木屋出前リード後進曲


お買い物

芸大時代にしばしば尊敬する千葉先生のレッスンを聴講していた。
その日も目の前で先輩が容赦なく絞られている。
 「お前、いま出している音がいい音だと思っているのか?」「いえ・・・・・」「それじゃお前、パンツ一丁で町の中歩けるのか?」「・・・」「恥ずかしくてできないだろうが。いいと思わない音を人前で吹くということは、そのくらい恥ずかしいことだぞ。なあ、十亀」(ひえーっ。後輩にそうやって振ってくる?)うつむいて小さい声で返事をしながら僕は、内心この先輩に同情している。
 この日のレッスンにたまたまリードの調整が間に合わず、悪い音のまま、しかたなしに吹く所へ、さらに招かざる客とは実に、不運この上ない。
 確かに人前に出すべきではない音もあるとはわかっていながら、本当にその頃から僕らはリードがなくて困っていたのである。僕が20年買い続けた某メーカーの商品は、どういう訳だか、妙に自分に合うリードに当たる確率が低いように思われてしょうがなかった。自分なりに音づくりのイメージが固まってくればくるほど、世界中のクラリネット奏者の努力と苦労を思っては、溜息をついた。
 「みんなも大変だなあ」あれだけ音色に厳しい千葉先生の口から漏れたという。「お前ら、本当にリードに苦労しているよな。昔は一箱10枚、ほとんど全部使えたのに・・・」(え???え???そうなの・・・)心中穏やかでない。
 いったいなにが起こったのか。まだこのころは地球規模の自然破壊はさほど問題になってなかったはずだけれどーーー何かの理由で良いケーンが穫れなくなってしまったのか、日本の吹奏楽が急に盛んになったり、世界中にクラリネット人口が増えたりで、需要に生産が追いつかなくなっているのか。
 訳は分からなくても、やはり今まで同様、せっせと買い続けるしかない。いやでもレッスンや試験は次々とやってくる。周りの仲間も先輩も、こういうものなのだ、という半ばあきらめた顔で吹いている。
 貧乏な音大生や生活の苦しい楽隊が、良い音を出したいと思う一心で、純粋な音楽的探求心やら、仕事への危機感やらさまざまな想いを抱きつつ、中身の見えないお持ち帰り商品を睨み、「今日は何箱」と買い求めては家路を急ぐ。それにしても、宝くじだって10枚に1枚は当たることがはっきりしているのに、これじゃまるで、お年玉年賀はがきである。
 こんな商品、世の中どこを探せばある?この猜疑心に満ちた買い物は、知らず知らずのうちにクラリネット奏者の気持ちに少なからずの歪みを生じさせ、あるいはこの楽器を選んだ人間だけの、宿命的な暗い影を、背中に落としてはいまいか。こんな僕の危惧を知ってか知らずか、留学から戻った後輩からは、さらに追い打ちをかけるような新情報が伝えられた。
 どうやら、某リードメーカーの本社へいけば、だれでも選んで買えるようなのだ。うう^む。はて、まさか著名なクラリネット奏者たちも、一般に解放した同じ部屋で選んでいるのだろうか。
 それでは、我々が今まで苦労して買い続けていたハズレのリードはなんだったのか。
 疑惑がむくむくと頭をもたげる。一目見て駄目なリード、というのがけっこう入っているが、これが、箱詰めの時点でチェックされていないのなら、選び残りをひとまとめにするも同じことではないのか。
 近年、ケーンが不作だということは事実らしい。それにしても、一箱ほとんど使える時代から一転して、お年玉付き年賀はがきとはあまりの話ではないか。ケーンの畑を広げ育てる速度が、クラリネット人口の伸び率に追いつかない、というところだろうが、昔はちゃんと厳選して箱詰めにしていた手間さえ、今や間に合わなくなってしまったのだろうか。そうは言っても、僕は日本にいる限りは、黙って買い続けなければならない。
 オーケストラに入団し、仕事をこなすようになってからは学生時代とは比べものにならないほど、多くのリードを消耗するようになった。しかも、音に対する要求は当然のことながら、いっそう厳しくなる。むなしい買い物に行き当たる度、心の中では、何らかの歪みが生じていることを杞憂しながらも、ひたすら買い続けた。

犬も歩けば棒に当たる

そんなところへ、ウィーン帰りの若いクラリネット奏者が入団し、僕の隣で吹くようになった。彼は実にその音を買われて、入ってきた。
 彼はリードを自分で作ると言う。僕は生来の好奇心から、どうやって作っているのか知りたくなった。その由を小林氏に告げると、「じゃあ、一緒に作りましょう」と言うことになった。小林氏が芸高から留学したホッホシューレでは週に一回、リード作りの授業があったという。
 それではせっかくだからと、旧知のクラリネット奏者に声をかけてみると、奇しくも違うタイプの楽器を吹く人間が集まって、それもなかなか面白そうだった。
 講師は当時ハンマーシュミットのエーラーを吹く小林氏。生徒はクランポンの山根氏、ヴリッツァーのベームを吹く橋爪氏と僕。オーケストラの休日を選んで練習場を朝早くから借りての講習会だ。
 橋爪氏が当時彼が勤めていたサウンドワークと言う楽器屋から抱えてきたリードの丸材3キロを、生まれて始めて見て胸をワクワクさせた僕だが、ウィーン式リード作りに必要なナイフ、サンドペーパー、ガラス板これで全部、と言う道具を目の前にしたときはやっぱりこりゃ無理かと力が抜けた。
 案の定、生徒達のリード作りは遅々として進まない。リードカッターすら使わなず、ナイフで削る行程以下は全て、サンドペーパーによって仕上げていく。
 小林氏のウィーンスタイルのリードは厚めに作るので削る部分が少なくてすむが、ドイツやフランススタイルのリードに仕上げて行くにはもっと薄いため削る部分が多くめちゃめちゃ時間がかかる。
 僕らが一枚にかかっている間に先生は十枚ほども作ってしまう。慣れもあるのだろうが、シコシコと言う音ばかりが練習場に広がっていく。
 それでもそのうちに、無理してみれば、なんとなくリードに見えるかな、という位には形が整ってくる、吹いてみる。まさかと思っていたのに、かろうじてとは言いながら、クラリネットらしい音がするではないか。
 意外な、そして新鮮な驚きだった。後の二人の生徒達も先を争って僕のリードらしく見えるリードを吹きたがった。(結局その日は彼らにはそれらしい音のするリードはできなかったらしい)
 しかし、残りの作り損なった醜いリードの子達を眺めていたら、小林氏には悪いが、手作りのウィーンスタイルで、ドイツやフランスのリードを作るには、あまりにいろいろな問題がありすぎて無理だ、と言うのが僕のこの時の率直な感想だった。
 まさかこの体験が、後に、僕のリードに対する考え方を大きく変える発端となろうとは思いもよらず・・・・・・・・・・。
 そして僕はまたリードを買い続けた。
 出会いというものの不思議さをぼくは改めて思わざるを得ない。
 ある日、名古屋フィルからお呼びがかかり出かけていくと、僕と同じメーカーのクラリネットをとてもいい音で吹いている若い奏者(当時?)がいた。初対面である。井上氏と言った。
 これは試しに吹かせてもらわない手はない。そうして吹かせてもらうと、これがまた驚いたことに、付けているリードが文句無し、非常に吹きやすく、音もいいのだ。今までに吹いたことがない吹き心地である。どこのメーカーか聞いてみてまたびっくり、丸材からの手作りだというではないか。彼はヒマな時に趣味のように作っていて、いいのができたらオケでたまに使っているのだという。
 あまり僕が絶賛するので、恥ずかしそうに話してくれた「夜、酒を飲みながらシコシコやるんですけど、ナイフ、とヤスリだけで作るので時間かかっちゃって(名古屋弁ではない)そんなにはたくさんできませんよ、今日のはたまたまです。ハハハハハ・・・・。普段は完成品を買って使っています。」
 このシャイな若者がリードを作っていることを、同じオケの同業者は知らなかった。
 ここで僕は醜いリードの子が美しい白鳥に生長した姿をこの目で確かめたことになる。ドイツスタイルを手作りしても、こんなにいいリードが実際にでき得るのだと。そして、この時の彼の話は、後に僕がリードを手作りするようになった際の非常に重要なポイントとして加算されていたのである。

マニファクチュア

 もう僕は人生を歪んだ目で眺めて歩くわけにはいかない。リード作りはとにかく、”真っ直ぐ”が大切なのだから。
 まず手作業の弱点である、カットのばらつき、時間的ロス、薄くすればするほど厚さを均一にするのが難しい、問題の一挙合理化を図るため、コピーマシンの存在を聞きつけるが早いか、素早くサウンドワークへと買いに走った。
 最終的なカットの決定を容易にやってくれる、この米国製Reedualは、リード代にして約百数十箱分。このマシンによって完成されたリードから同じカットのコピーはたやすくはなかったが、丸材からの行程にはまだまだ手間がかかる。なんと言っても、”真っ直ぐ”に工作するのが難しい。
 そこへ、親切なファゴット奏者が、リーガー社のダブルリード用マシンカタログにクラリネット用のマシンが載っている、と言う耳寄りな情報を提供してくれた。リードの裏を平らにするかんな、サイドをカットする、マシン、表の面をカットするマシンの三種類のマシンが写真付きで掲載されていた。ところが、注文しようとした時にはすでに遅し、残念ながらすべて製造中止となっていた。余談ながら、ミヒャエルと言うダブルリード奏者達の間では有名なダブルリード用マシンの制作者は、クラリネット用のマシンは難しいので手を出さないと言い張っていると聞いた。このミヒャエル氏はちなみに元クラリネット奏者である。
 今や、転んでもただでは起きあがらない僕は、とりあえず、そのリーガー社のカタログの写真をヒントにまず、裏削りの為のかんな台を作った。続いて、”真っ直ぐ”に工作するのがさらに難しいのは、リードの繊維に対して斜めの角度を保ってカットするサイドの処理だった。しかもセンターを決定するのが手だけでは困難なためその能力も兼ね備えていなければならない。試行錯誤しながらもなかなか思うようにできない。そんなとき困ったときにものを言うのが、リードと言う、共通の苦労を共にしているクラリネット奏者達の縦横斜めの情報網の緻密さである。
 アメリカに留学していた大学の後輩がやはりリード作りをならい、帰国し、その手合いの機械を持っているらしいと言う話を聞きつけた。米国製のその用具を見せてもらった。またもや、すぐに注文。
 ウィーン式からあまたの曲折を経て、いよいよこれから待望の量産体制に入る。もう僕は完成されたリードを買わない。

材木屋

クラリネット用の丸材に生まれて始めて手を触れてから、一年と経たないうちに取り寄せ可能なフランスのケーンの畑を調べ、かたっぱしからケーンをチェックしてゆく。マーカ、マダム・ギー、バンドレン、グロタン、アルファ、ドナティ、ダンテビアゾット、リーガー。
 それぞれの材質に相当な違いがあることも分かったがそれより、どんなに吟味したうえでも、質の善し悪しをその場で評価することが、実に難しい。と言うのは、相手が生き物であって機械ではないというところに突き当たるからである。
 いろいろ試したけれど、やっぱりある畑のものが忘れられず、調子に乗って10Kgという大量ななケーンを注文してしまった。しかし届いたそれは以前のものとは似てもにつかぬ痩せた丸材、仕方なく全部返品してしまうと言うトラブルもあった。
 これは極秘だがダブルリード奏者の間では『ワインの旨い年のリードはいい。』という格言が密かに言い伝えられている。
 人間には計り知れない能力で、太古の昔からそうしてきたように、その年毎の気候の変化に適応して育つ植物を相手取っての音作りへの挑戦なのである。
 しかし、とにかく最終的には、どこの畑の、どこの丸材を使おうとも、全く持って市販品の良いリードよりも、僕にとっては良いリードが高い確率で作ることができたのである。
 それはどういうことかと言えば、まず少なくとも手に入れた丸材の中で、これ、と言うものをそれぞれの段階においてふるいにかけていく。これは口ではなかなか説明できないけれど、目で見たときの色、艶、繊維の質、密度、また削る時に手に感じる弾力性、硬さなどを経験的な感覚により、厳選していくのである。
 前記の井上氏は、まず丸材を四つ切りにした時点でそれをまとめて、輪ゴムで束ね、一枚を完成させてみて、良ければその束は完成するに値するケーンなのだと、判断するらしい。
 現時点での僕なりの結論としてはリードの善し悪しは相当高いパーセンテージにおいて、材料そのものの質により決定されてしまうのだと言うことがいえる。

出前

リードの量産がある程度軌道に乗ってきた時期、おもしろがって、いろいろなクラリネット奏者のリードをコピーしては吹いてもらった。列挙してみると、磯部周平氏、小林利彰氏、鈴木良昭氏、藤井一男氏、村井祐児氏、山根公男氏、山本正治氏、横川晴児氏。みな口々に良いと言ってくれたが、なぜかおもしろいことにフランスカットのリードを使っている人の方がインパクトをうけたようだ。彼らに使用した丸材は、その時にたまたま手元にあったリーガー社のケーンであったが、非常に全体的に質が良く、その時に全部を使い切ってしまったことが未だに惜しまれてならないほどである。
 好意的に、良心のある職人気質で作ってあげたいという気持ちもあったが、それぞれに異なる(同じメーカーのリードでも微妙に差があるし、奏者自身が手を加えた場合もある、それぞれ自分が気に入っている)カットを僕の厳選した良質のケーンで再現し、吹いてもらうことで、リードの効果を試してみたかったのだ。、、、で結果のほどは次のような感想を頂戴するに至った。
山本氏ーーー「完璧!!」と叫んで同じ機械を購入。
鈴木氏ーーー「自分の今使っているリードがはずかしい」
横川氏ーーー「十亀君僕より先に死なないでね」といってGPの時に渡したリードをそのままその日のN響の定期で吹いてしまっていた。ちなみに、ベルティーニのマーラーの三番。

リード後進曲

今や日本の技術は世界の最先端を走り続けている。バイオテクノロジーで分子構造を組み替え、ありとあらゆるものを生産し作りすぎた製品が有り余るくらいの時代。なのになぜ、日本のクラリネット奏者は、全く人まかせなクジを引くような方法でしか、リードを手に入れることができないのだろうか。
 世界に目を向けてみると、ウィーンでは自分のリードは丸材からほとんど全員が自分で作る。音楽学校ではそのための授業もある。
 フランスでは大手メーカーに自分で出向き、一つのトレーの中からではあるが、実際に吹いてみて気に入ったもを買うことができる。
 ドイツでは大手メーカーのほかに、個人のリード工房が確立し、奏者が気に入った工房を選びそこで吹いてリードを買ってくる。
 イギリスのリード事情は日本と似ているが、マウスピースを自分にあったように加工してくれる工房や修理屋さんなどがあり、リードにゆだねられないところを、マウスピースでカバーしようという動きが見られる。
 アメリカもリードには困っているのか、個人で調整したり、丸材から作り出すための機械が盛んに開発され、音大によってはリード作りの授業を週一回設ける学校もある。
 地中海地方でしか育たぬ良質なケーン自体が昔に比べて不足している事情は世界中が同じ条件であるにもかかわらず、これらの音楽的先進国のクラリネット奏者たちは、なんとリードや仕掛けについて能動的に考えていることか。
僕らの間では合い言葉のように言い慣らされている『いやぁ、今日はリードがちょっと・・・・・・』という有名なセリフを今、改めて考え直してみる時期がやってきているのではないだろうか。
 

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