H管クラリネットの噂と真相


「このクラリネットどうもB♭管にしては高いしC管にしては低いんだ、もしかしてH管のクラリネットと言うものがあったんだろうか」


アンソニー・ベインズ著の木管楽器とその歴史の中に非ベーム式について述べられている項がある。非ベーム式とはベーム式以外のシステムを指すのであるが、シンプル式、またはその改良型のアルバート式、クリントン式、エーラー式のことについてである。その項にこのような記述がある。ここ40年間イギリスではベーム式が採用されるようにはなってきているが、シンプル式を今だに用いている人も多い。したがって、もし、ローピッチ管ワンセットをそろえることができるのなら、初心者はこの楽器を用いることをおそれる必要はなにもない。1930年代まではこのシステムの楽器は製造されていたのだから、ローピッチ管が見つからないということはないし、それに、ヨーロッパ大陸ではいまもってこのシステムを作っている製造業者もいる。さて著者のアンソニー・ベインズはイギリス人であり、この本の出版された日付はと言うと1957年(昭和32年)のことである。と言うことは余談ではあるがベーム管が広まったのは、イギリスでは大正時代と言うことになる。(1917年前後)クローゼが考え出してビュッフェで作ったのが1840年頃とすると、70年近くイギリスでは、ベームシステムが広まるのに時間がかかったと言うことになるのか。

上の二本のクラリネットはいずれも1800年代後半に作られたビュッフェ製のシンプル式(アルバート式)とフルアルバート式のクラリネットである。右は現在のピッチで言うB♭管で、左は噂のH管である。さて本当にビュッフェはH管のつもりでこの楽器を作ったのだろうか、そのヒントは上述の文の中に隠されているような気がする。現在ビンテージものと言われている、楽器を使っているのは管楽器ではフルートであろう。有名なフルートメーカーであるルイロットについてちょっとお話をしてみたいと思う。何年か前からルイロットが見直され現代のフルート奏者たちの中で使われるようになった。その中にはコレクターのようにルイロットを集めている人もいるくらいだ、フルートという楽器は作られた当時のピッチを知る上で、わりと確かな情報を吹き手に与えてくれる楽器であるように思う、クラリネットだとマウスピースの大きさやボアなどの関係から正確にはその当時のピッチを知るにはあいまいな点が多い様に思われる。その点フルートは楽器全体がそのままの形で残っているので、ある程度は正確に知ることができる、そこでルイロットについてのピッチの話を専門家に聞いてみたので、お話ししてみよう。ルイロットは1855年から1950年までパリで楽器製造をしていたフルート専門の楽器屋である。そのコレクターの話によると、いろいろなロットを試していくうちにピッチの違いに気づいたのだそうだ低いものはAのピッチが440前後のものから高いものは455前後のものまでいろいろあるそうだ、その当時のピッチというのはこの例からも国や地域によりばらばらだったようである、そして楽器屋は奏者の注文によって楽器のピッチを決めていたのではあるまいか。そして1800年の後半になると統一しようと言う動きがでてきたのではないだろうか。それがローピッチ管として作られ始めたのではないだろうか。右のクラリネットのマークの下にLPと刻印されているのが分かる。LPと刻印されているクラリネットが現在のピッチと一致している。このマークは1900年に入ってからの楽器には見あたらないのである。高くなりすぎた国などの(例えばイギリス、ロンドンピッチと言ってめちゃくちゃ高かったらしい)ピッチを、たぶん440にそろえたのではないだろうか。そして噂のH管であるがこのことから考えても、ピッチの高いB♭管であったのであると言うのが僕の結論である。どの時代のどのメーカーのカタログにもH管の記述はないのである。またH管と言ってもそこまでは高くはない、わずかではあるが、現代のピッチではちょっと低めのH管と言っても良いくらいだが、僕が所有しているものではの話で、もっといろいろ調べるとあるいは半音位違っていたものもあるかもしれない。


上の5本のクラリネットを見て欲しい、実に奇妙な光景ではなかろうか。それぞれ何管のつもりで作ったものなのか、当ててみて欲しい。

正解は右からLPのA管、LPのB♭管、ピッチの高いB♭管、現代のC管、ピッチの高いC管である。現代のC管(ヴリツァー改良ベーム)以外はシンプル式か改良シンプル式である。ボアの関係もあるので一概に長さだけではピッチは決められないのだが、この5本は一応音を出してみても長さに比例してピッチがそれぞれ違っている。さて本当はもう1本写真には撮っていないのだが、所有している楽器がある。そのクラリネットにはLPの文字がないしかし長さは、LPのB♭管とほぼ同じ長さであるのだが、もしかしたらピッチの高いA管なのかもしれないその当時クラリネットにAだのBだのの印を付ける習慣がなかったため、分からない。


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