ポピュラー・ソングの先駆者たち

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■ スティーヴン・フォスター (Stephen Collins Foster)

アメリカ発行のスティーヴン・フォスターの切手
(アメリカ・1940年)

最近別々に買ったCDの中に、「おお、スザンナ」と「故郷の人々(スワニー川)」が入っていました。これらは、小学校ぐらいの音楽の時間に習ったような曲で、誰でも知っている曲でしょう。そして、それらがフォスターというアメリカ人の作曲であるということも、ご存知でしょう。

そのフォスターを、「ポピュラー・ソングの先駆者」としてまず冒頭に持ってきて、そこから20世紀のポピュラー音楽の歴史を展開したのが、中村とうよう氏の「ポピュラー音楽の世紀」という本です。(新書だから手軽に読めます。)

その書では、フォスターを「歌を作るのを職業としようとしたアメリカで最初の人」と位置づけています。レコードなんてまだ発明される以前の時代に、職業として歌を作るということは、すなわち楽譜を出版することですが、それが職業として成立するためには、楽譜を読めたり、ピアノなどの楽器を自宅に購入できるような社会的な層が必要です。そういう、中産階級がようやく出来つつあった時代にフォスターは生きたわけですから、歌を作ることを職業としていても、決して楽なものではなかったようです。

この本でも、フォスターは、生活を支えるのに苦労し、そのため愛する妻とも別居を余儀なくされ、37歳で一生を終えたときは、全財産はポケットの中の数セントしかなかったと書かれています。

あと、フォスターのことで押さえておかなければならないのは、「おお、スザンナ」や「故郷の人々(スワニー川)」、「草競馬」などのアメリカ南部風の曲は、ミンストレル・ショウのために書かれた曲だということです。

ミンストレル・ショウは、白人が黒人に扮しておこなう歌入りコミック演劇で、19世紀後半ごろのアメリカの芸能として、ブルースやジャズの歴史の本には必ず登場します。白人が、黒人のまねをして、顔を黒く塗ったりして、おどけてみせるわけですから、基本的には、黒人差別を助長するものです。下層の白人が、さらに下層の黒人を笑いものにするというこの芸能が、のちには、黒人も出演したりするようになり、アメリカのポピュラー音楽を形成するひとつの場にもなっていったようです。(2000-03-27)

◎ Stephen Collins Foster
(1826-1864)


■ ウム・クルスーム (Om Kolthoum)

エジプト発行のウム・クルスーム切手
(エジプト・2000年)

エジプトの人です。今年(2000年)が、没後25年ということで、3月22日にエジプトから発行されたものです。

上のフォスターのところでも出てきた、中村とうよう氏の「ポピュラー音楽の世紀」という本の129ページにこれと同じ図案の切手の写真が載っています。その切手は、1975年発行のもので、ちょうどウム・クルスームが亡くなった年にあたります。首の飾りがちょっと違いますが、堂々としたウム・クルスームの肖像です。

死後に切手が発行され、そのうえ25年後にも切手が発行されるなんて、これは「大物」に違いない、と思うのは当然でしょう。でも、私はその音楽を残念ながら聞いたことはありません。一応私は、エジプトのポピュラー音楽のレコード/CDも若干持っているんですが、彼女の曲は入っていませんでした。

「ポピュラー音楽の世紀」「大衆音楽の真実」によると、ウム・クルスームは、エジプトの貧しい家庭に生まれたものの、SP末期からLPの時代に圧倒的な人気を誇り、アラブ諸国の王様や石油成金たちが競って豪華なプレゼントを贈るほどの歌の女王であったということです。ラジオで新曲が発表されるとなると、カイロの街頭から人影がまばらになるほど、各家庭ではラジオのまわりに集まって、その新作に耳を傾けた、という話も載っています。(2000-08-27)

◎ Om Kolthoum
(1904-1975)


■ ジミー・ロジャース (Jimmie Rodgers)

アメリカ発行のジミー・ロジャースの切手
(アメリカ・1978年)

アメリカで「芸能人シリーズ」として発行された切手のうちの1枚です。
切手の中で、"JIMMIE RODGERS" と名前の書かれた下に書かれているのは、"Singing Brakeman"という文字です。
これは、ジミー・ロジャースが歌手になる前に、鉄道会社で制御手という職業に付いていたことに由来するニックネームだそうです。(2001年4月号「レコード・コレクターズ」誌の鈴木カツ氏のジミー・ロジャースの記事による)

ジミー・ロジャースの曲で私が好きなものといったら、マリア・マルダーの"Any Old Time"、アーロ・ガスリーの"Miss The Missippi And You"、それに最近のジェフ・マルダーのアルバムでカバーされていた"Prairie Lullaby"といったところです。
実は、ジミー・ロジャースのアルバムは1枚も持っていないので、彼の直接の歌声は聞いたことがなく、上記のように1970年代以降にカバーされた曲で私はジミー・ロジャースを知りました。

それと、ジミー・ロジャースのカバーといったら、ボブ・ディランの作ったレーベルEGYPTIANから1997年にリリースされた"The Songs Of Jimmie Rodgers - A Tribute"という彼の曲14曲をいろんなアーティストが歌っている(ボブ・ディランも)トリビュート盤がなんといっても最高です。
このCDのブックレットには、この切手の元となった写真も載っています。

ジミー・ロジャースは、

  • カントリー・ミュージックの先駆者
  • 基本は、ギター弾き語りのソロ歌手で、放浪を題材とした曲を多く作ったシンガーソングライター
  • 白人トラッドと黒人ブルースを巧みにフュージョンした"ブルー・ヨーデル"という歌唱を確立
  • ハワイアン・ジャズ・黒人ブルースマン・黒人ジャグバンドなどのミュージシャンとのセッションもあり、アメリカン・ポップスの元祖とも語られる
  • ミシシッピ州出身。1927年レコード・デビュー。1933年に結核で35歳でなくなるまで、約110曲の録音を残す

という人です。

蛇足ですが、黒人ブルースマンでジミー・ロジャース(Jimmy Rogers)という人がいますが、当然別人です。
私は、この黒人ブルースマンのジミー・ロジャースのほうも好きです。(2001-04-08)

◎ Jimmie Rodgers
(1897-1933)


■ スーザ (John Philip Sousa)

アメリカ発行のスーザの切手
(アメリカ・1940年)

上記のスティーヴン・フォスターの切手と同じ日に発行されたものです。
スーザといえば、アメリカのマーチ王として一般には知られています。「星条旗よ永遠なれ」が代表作でしょう。海兵隊軍楽隊の指揮者で、しかも切手に描かれているのも軍服姿なので、軍人というイメージが強いのですが、調べるとちょっと違うようです。

海兵隊軍楽隊指揮者として活動したのは、彼が26歳からの12年間で、海兵隊を辞めてからはスーザ・バンドを結成し、全米各地で演奏を行っていたようで、その間に「星条旗よ永遠なれ」も作曲されました。
私は、このスーザ・バンドの演奏する「ラ・パローマ」を持っていますが、音を電気の力を借りて増幅するということをまだ知らない時代の音ですから、吹奏楽というのは今でいう派手な演奏だったように思えます。
第一次世界大戦中は軍務に復帰したそうで、そのときの姿がこの切手の図案かもしれません。

海兵隊を辞めて、フリーになったスーザの最初のヒット曲が"The Liberty Bell"(邦題「自由の鐘」)でした。1893年のことです。この曲が私は好きで、きっとこの秋の運動会でも各地の学校でこの曲が鳴っていたんではないかと思います。
なぜ、この曲が好きかというと、「モンティ・パイソンズ・フライング・サーカス」のオープニングで使われているからです。
「モンティ・パイソン」も切手になっているんですが、あいにく私は買いそびれてしまっています。「モンティ・パイソン」については、また機会があったら書きますが、「コメディ番組の金字塔」といわれています。(2001-10-29)

◎ John Philip Sousa
(1854-1932)


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Original: 2000-03-04; updated: 2006-02-26
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