1976年
渡辺英樹&睦夫

 「個人的なベスト」となると、どうしても1976年の8月から10月、つまり中学1年の夏休みから秋にかけて、ということになってしまう。理由は簡単で、その頃からSFの文庫本を買い始めたからである。読み始めた頃が一番面白いというのは、これはもうどうしようもない真理であって、だから76年という年になにか大傑作や大事件があった訳では全然ないということを、まず最初にお断りしておく。
 ただ、そうは言っても当然その頃の状況的な部分も入ってくるので、一応確認だけはしておこう。まず、76年というのはSFシリーズが本屋から消え、青背も出始めたばかりで、結構名作が手に入りにくかった頃だったということ。頼みのつなの創元もぼくたちがよく行く近所の小さな本屋さんにはなかなか置いてなかったということ。そして、もっとも信頼していたガイドブック『SF教室』(当時図書館から何度も借りてきては名作リストや年表を写したりしていた)の情報が少し古く、(SFMの編集長が福島正実だったり、SFシリーズが今でも本屋にあることになっていたりして随分混乱したものだ)実際の出版状況と食い違っていたこと。この3つは頭に入れておいてほしい。
 というわけで、以下具体的に76年が僕達にとってどんな年だったのか見ていきたい。幸い、当時の「日記」(といってもほとんど買った本の題名しか書いていない)が手元にあるので、それを見ながら話を進めることにする。
 8月21日。『光の搭』と『渚にて』を買う。この2冊が初めて買ったSFになる。なんだかよくわからない組み合わせだけど、『光の搭』の方は『SF教室』に「絶版だから見つけたら買うように」と書いてあったせいだと思う。その頃から妙にコレクター根性があったことがわかる。ハヤカワと創元を1冊ずつでバランスをとったつもりのところがおかしい。
 8月25日。『銀河帝国の興亡1』『SFカーニバル』を買う。アシモフにブラウン、まあ、無難な選択ですね。ブラウンの方は『火星人ゴーホーム』か『発狂した宇宙』が欲しかったのだが、まだどちらも再刊されてなくて、こうなった。(『火星人』は11月、『発狂』は1月に再刊されたので飛びついて買った憶えがある。)なぜ短篇集ではなくアンソロジーを買ったのかというと、それも置いてなかったのである。ブラウンなら何でもよかった、というより選択できる状況ではなかったのだろう。この後次々とブラウンを買っているが、とにかく本屋で見つけたものから買っているため、順番に意味はない。
 8月29日。『銀河帝国の興亡2』『イシャーの武器店』『武器製造業者』『73光年の妖怪』『第五惑星から来た4人』『人間そっくり』を買う。もう創元しか買うものがないことが実によくわかる。ラインスターだって。ははは。『人間そっくり』はもちろん『SF教室』の影響。ヴォクトは確か『非A』を買おうとして、これも置いてなかったから。一気に6冊も買っているのは夏休みが終わりに近付き、読書感想文のネタ捜しをしていたためである。結局この中から英樹は『73光年の妖怪』、睦夫はなぜか『第五惑星──』を選んで書いたと記憶している。
 9月4日。『銀河帝国の興亡3』を買う。
 9月12日。『デューン砂の惑星1』を買う。これは明らかに石森章太郎のイラストによる。(昔はファンでした)
 9月19日。『デューン砂の惑星2』『スポンサーから一言』『非Aの世界』『結晶世界』『都市』を買う。まだハインラインもブラッドベリも買わない内に、いきなりバラードを買っている。将来を暗示しているかのようだ。中1でわかったとは思わないけど、一応読んで、病みつきになってしまった。この頃はちゃんと買った本はすぐ読んでいたのだが、ぼつぼつ読まない本も出てきている。(『非A』はいまだに読んでいない。これもきっと「難解」と書いてあった『SF教室』のせいだろう)それから、青背を初めて買った。この頃から青背の再刊を心待ちにするようになる。これだけはこの頃読み出した人にしかわからない気持だと思う。1つ上の世代にしてみれば既に持っている本が出るだけだし、1つ下の世代にしてみれば読もうとした時にちゃんと本屋にあった訳だし。
 青背とバラードという、2つの意味で記念すべき日だ。
 10月2日。『10月はたそがれの国』『魔女の標的』『銀河パトロール隊』を買う。ついにブラッドベリを買い始めた。ちゃんと10月になるまで待ってから買う辺りが律義で笑える。しかし中身には大変感動した。特に「みずうみ」「風」が印象に残っている。『火星年代記』を買おうと決心し、本屋を捜すが見つからず、NVで手に入れたのは1月のことだった。星新一はなぜ買ったのかよく憶えていない。海外ばかりだったのでJAも少し集めようとしたんだと思う。レンズマンは一応買っただけ。読んでないし、2巻まで買ってやめてしまった。(水鏡子先生、すみません)
 ──こんな調子で書いていくときりがない。まだまだ日記は続くのだが、この辺で終わりにしよう。
 とにかく、76年は僕達にとってブラウンの年であり、ブラッドベリの年であり、バラードの年だった。ほとんど旧刊・再刊なので、1冊選んでも全く時代を反映しないのが苦しいけれど、しいてえらぶとすれば『結晶世界』『10月はたそがれの国』あたりになるだろうか。
 青背の数も少なく、読む本といえば創元しかなかった。今から思うと信じられない時代だが、しかし今までで一番幸福な時代だったとおもうのである。


 歳がかなり離れているのに、渡辺兄弟のような連中の感性が、なぜわれわれとそんなに変わらないのか疑問だった。しかし、これを読むと一目瞭然、この時代から10年前(正確には8年前)に編者が読んでいたのと、ほぼ同じ本を読んでいることが分る。まあ、中学生が同じ本を読めば、同じ感性にもなろうというものだ。創元推理文庫の偉大さであろう。個人の読書歴が、時代の新刊と同期するようになる頃には、だいたいの基礎は固まってしまう。そこに至るまでが意味を持つのである。
 渡辺兄弟は、名古屋SFファンダムの若手(になるのだろうなあ)重鎮。89年の名古屋SF大会を、成功させた功労者。そのかわり内部分裂も産んでしまった(が、これはよくあること)。山岸真、小浜徹也らとほぼ同世代である。読みくらべてみるとおもしろい。

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