1975年 菅浩江


 201号、というのが、私が初めて買ったSFマガジンである。
 おませさんだった私にとっても、その頃の小説はむつかしかった。ストーリーを読む、というよりは言葉の持つイメージを体感することが私にとってのセンス・オブ・ワンダーだった――。

 SFが1番だった頃、とは、そういう〈正しくないであろう〉読み方をしていた時代で、年齢的には小学校高学年から高校にかけて、ということになる。
 イメージを受けとめるにあたって最も衝撃的なのは、やはり山尾悠子だった。
 「仮面舞踏会」でデビューした同志社大学の美人学生の作品は、同人誌に寄稿した「菊〜」なんとかいう短篇と、手に入らなかった誌集以外は全て読んでいるつもりである。
 中でも好きなのは「夢の棲む街」と「遠近法」で、こんなに美しい日本語でSFが書けるんだなあ、という変な感動を覚えてしまった。
 たとえば、すりばち状の町を駈ける噂話や薔薇色の足を持つ踊り子たちに彩られた「夢の棲む街」ではこうだ。
 ――わずかに反りをうった純白の羽毛は、夜の空を垂直に、一糸の乱れもなく降りしきる――(夢の棲む街)
 「遠近法」では、人像柱のある回廊。狂気の月の運行。
 ――蒼ざめた光の拡散する回廊の中では無数の人影がひそやかに蠢めき、その脇では、老人たちが水気のない枯れた指を精妙に動かして死者の顔に化粧をする。(中略)ゆらめく影の群を踏んで老人たちの足音が子供たちの耳もとから遠ざかっていくと、降下していく月球めがけて投げ落とされる屍体の軌跡が空洞に交錯し、死者を悼む女たちの声が長い尾を曳いて奈落に響きわたる(遠近法)
 虚構世界を語る時に、これほどの美しさと不思議さを伴ってイメージを送りつけてくれる作家を、私は他に見ない。
 小松左京が彼女に「もっと語彙を減らしなさい」と冗談口で言ったのは有名な逸話だけれど、私は確かな雰囲気を持つむつかしい語句と長いセンテンスでもって、彼女にひきまわされるのが大好きだった。
 ありきたりすぎて恥ずかしいけれど――多感で現実逃避型だった私は、学校と家庭というリアルすぎる生活から、静謐な夢へと走りこむようにして山尾悠子を読んだ。
 なつかしいね。
 光瀬龍の「シンシア遊水池」「レイ子、クレオパトラね」という題名の響き(内容は忘れ果てている)も好きだった。
 最近では大原まり子に一時期ほれ込んだ。
 室住信子が訳したタニス・リー『冬物語』で“さみどり色の(水)”という語句に触れた時、本当に嬉しかった。
 かつて愛した山尾悠子は「眠れる美女」で復活するかに見えたが、その後名を見ない。
 そうして私の読みたい種類のSFはなくなってしまった。

 いまでは美麗な文章の代理として『楽園の泉』や『アルジャーノン』タイプの泣ける話を好むことで気を紛らわせている。
 こむつかしい(一人よがりの)語句を使って異世界観を出そうとした私のデビュー長編は、書き直しを命じられる度に変質し、あの形となって出版された。
 SFで文学をやれるのか?
 今のニーズの状況ではNOと言わざるを得ない。早く、軽く、楽しく読めることが一番求められている。だから、私が書いていけるSFの形は、あの敏感だった頃に植えつけられたものではなく、せめて“泣ける”ようにストーリーを組んでいくしかないと思っている。 SFが一番だったあの頃――あの時の私がいないように、あの時のゆるやかな出版状況もなくなってしまったようだ。
 私が常道をはずれた指向を持っている、と言われれば、悲しい顔してうなづくだけで反論の余地もないのだけれど……。

 これからまた、私の好みが変わって美しい死にゆく日本語に目を奪われなくなったり、新たな楽しみを見つけて「SFが一番!」と言う時が来るかもしれない。
 そうあってほしい、とも思う。

 あの時代、京都には山尾悠子が遍在していた。映画館の中、たばこをくゆらせ――喫茶店で、だれかとことばを交わし――飲み屋の喧噪のむこうで笑いさざめき――そして、「夢の棲む街」とは、実は京都なのだと、ささやかれていた。水鏡子がひとめ惚れしたのだと、まことしやかに語られもした。KSFAのすべての話題に、山尾悠子が潜んでいた。そして、80年代のなかば以降何冊かの作品とともに、山尾悠子は伝説となった。
 編者と菅浩江との出会いがいつだったのか、たしか、高校入試を控えた中学生のころだと思う。矢野徹さんに認められ『SF宝石』(1981年4月号)に掲載された「ブルー・フライト」は、当時の作品である。菅浩江もまた、伝説のような経歴をもっていた。星群から、ゼネプロ(SF大会)での活躍など、ファンダムの女闘士として注目を集めていた。その後、作家をめざしての東京転居ののち、最近京都にもどってきた。本文中で触れられている処女長篇『ゆらぎの森のシエラ』(朝日ソノラマ)は、89年の1月に出たものである。これからも書きつづけてもらいたい。
 あとでも触れるが、星群出身の作家は、それぞれに個性的である。宇宙塵と比較して云々する人もいるけれど、時代も状況もまったく違うのだ。複数の作家を産んだこと自体を、まず評価すべきだろう。結局、SFにこだわり、書きつづける実作者こそが、SFを創るのである。

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