第4章 怒涛編


●9月24日。大野万紀先生、久美子おかあさんから原稿拝受。ありがたいことである。ついに内堀も埋まり始まる。米村先生は来ない。ビデオの整理に忙しいのだという。毎晩飲んだくれているのだという。

●9月26日。阿部敏子さんから原稿拝受。ありがたいことである。

●9月27日。グループSNE(安田均社長)新社屋に移転とのこと。もうかってますねえ。

●9月30日。谷甲州さんから電話。まだ間に合いますかとのことですが、充分間に合います。東西(主に関西)KSFAのXXXXXX(以下前号に同じ)。
 大森望から原稿拝受。ありがたいことである。
 今日は佐脇家でゲーム大会をやっている。参加者は水鏡子、寺尾、菊池夫妻、SYなどなどの各氏。
 てんぷらなんたらのアンケートをファックスする。小浜家のやろうどもからは、何もいただいていない。

●10月1日。ついに10月になってしまった。朝、甲州さんから電話。今できたから、送るとのこと。プロはやっぱりちがう。バットマン明けの古沢は、半分まで書いている。ゲーム明けのかたがたはまだ。アマはこんなもの、といって、ゆるさんぞ。
 無敵のパフォーマー宮城が帰っている。シャイナーやギブスンに出したロック・ベストテンの返事を含めて、ノヴァに書くとのこと。
 大森望から菊池家に企画相談。終身実行委員長指名者だからという。ポスト・フェミニズムなんかおもろないぞ、シェパードがどうした、セミナーネタは、フェス向きではない、とかいう話。小浜一家は東京セミナーをやっていて、京都フェスはサポートしないのだという。
 マガジンSFワークショップの存在意義についての話なども出る。

●10月2日。巽夫妻から電話。あした送るとのこと。ベストSFを選ぶ意味について書いたという。

●10月3日。巽夫妻からファックス。ありがたいことである。内容はそーとーに異質。とはいえ、これもおもしろいだろう。

●10月5日。マンスリー到着。

●10月7日。小林祥郎さんに催促、忘れていた、あさってには送りますとのこと。渡辺兄弟にも電話、あさってには送りますとのこと。うーむ。ダイナコン8には、間違っても参加しないようにとのお達し。やっぱりね。
 古沢から、原稿できた送りますとのこと。ありがたいことである。

●10月9日。古沢原稿は「ブライト・ライタ、ビッグ・シット」である。

●10月10日。おかーさんが原稿ワープロ打ちを始める。

●ワープロを打つ。

●10月15日。渡辺兄弟から原稿拝受。水鏡子からも原稿拝受。連載ももらう。宮城博から、大会レポートをもらう。ありがたいことである。
 おかーさんが宮城博の大会写真をみて、どーみても顔がでかいという。なるほど、どーみてもシェパードよりエフィンジャーよりキャディガンよりダトロウより宮城の顔がでかい。

●ワープロを打つ。

●10月21日。小林祥郎さんから原稿拝受。ありがたいことである。
 夜、京都のNHに電話。その昔の京大SF研で、南山鳥27と論争した人物。今は印刷屋の若主人だが、ワープロ文書からの、写植出力サービスもやっている。ただ、やっぱり高いですねえ。1ページ1万円のコスト。Z's WORD JG を使っても、半分位にしかならない。今回は、ワープロオフが限度であろう。

●10月23日。小浜徹也から原稿拝受。ありがたいことである、が山岸、渡辺、小浜とこのあたりパターンは同じだなあ。原稿の書きかたなんだけど。まあ、読んでいただければわかりますが。

●10月24日。菊池のまこちゃんから原稿拝受。ありがたいことである。

●10月26日。マンスリーに原稿を送る。ざったマンスリー版みたいな原稿になってしまった。ざったからは転載ができないので(註:友の会募集要綱参照)オリジナル。
 大森望から電話。ファンジン編集者座談会に出ろという。菊池誠企画もあるらしい。いんぼーにまみれた企画は、こーして決まっていくのであった。

●10月27日。おかーさんは、マガジンの『上弦の月を……』の夢枕獏の広告をみて、どーみてもオウム真理教の教祖なのだという。なるほど、どーみてもそうだ。(註:そのためかSF大賞を受賞)

●10月29日。てらさんから原稿拝受。ありがたいことである。

●10月31日。宮城博から原稿拝受。ありがたいことである。
 これで、目標の30人、原稿枚数150枚(実際は180枚)を達成したので、締切とする。まーしかし、昔にくらべると、編集力が落ちたものである。50人くらい欲しかったがなあ。あと、これに解説(というか、まえがき)を40枚追加すれば完成である。

●11月1日。てらさんから電話。これから、パーティ参加者の人数を確認するとのこと。だいじょーぶかなあ。

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