第2章 疾風編


●今日から原稿日記をつける。

●8月14日。柴野さんから原稿拝受。ありがたいことである。

●8月17日。DAINA★CONスタッフのYKから電話。準備にもたつき、混乱しているとのこと。まあ、例年のことではあるね。
 おたく殺人の宮崎(勤)さんちの事件以来、スタッフが家族に意見される例が多いらしい。一度は説教したという実績を残しておかねば、世間が許さぬ。親の立場上、まあ、やむをえまいね。

●8月19日。DAINA★CON参加。家から、約三時間半。
オープニング(悪趣味な大広間でたくさんの人がうじゃうじゃごちゃごちゃ)、授業ライブ(マックスヘッドルームのうら、参加者たくさん。堀晃、石飛卓美先生出演。N先生やKTたちは、このまま一生演芸を続けて行くのだろうか)、ホラーの部屋(稀代のクズホラーも、キング級の傑作も、お話しで聞くと、みんな同じレベルにきこえる)、ファンダムの部屋(ファンダムの学問的研究は可能か。しかし、外を向いたファンジンは『宇宙塵』と『エクスプレス』だけ、という小浜の指摘は正しいのだろうか。後者の場合は、実は経済的要因が強かったのですがね)、ディーラーズルーム(どうして毎年彩りに乏しいのだろう、部屋の飾り付けなど、もっとデザイン面を考えましょう)と後ちらほら。数えてみれば、たいして行っていない。しかし、あの時間の組み方では、平均5つ(最大7つ)ぐらいしかみられないから、まあ、しかたない。
 大野先生は単独参加。子供の事情で参加できなかった奥様から、終ったらただちに帰ってくるよう、厳命されているとのこと。ちなみに、幼児参加者は五組、最年少は九ヵ月。家族部屋がもらえたので助かる。
 平均参加年齢は二十六、七歳。年々上昇の傾向あり。これは、DAICONのようなかつての大規模大会で、味をしめた参加者が、そののち毎年参加するため。
 来年は東京。浅草公会堂でやるらしい? マックスヘッドルームはやらないらしい? 再来年は、大阪。DAICON5当時高校生だった、H君が実行委員長をする。三十代後半のSKや、四十代のT氏もやるのだろうか。小浜先生、企画には協力してやってね。私は、あたたかく見守ります。

●8月20日。大会二日目、おかあさんが外耳炎(全治二週間)だとさわぐので、クロージングも見ずに帰宅。

●8月25日。里帰り中の、藤田雅也夫妻が来宅。長女は一ヵ月違いだが、長男より四キロも軽い。小柄で幼いが語彙は彼女の方が豊富である。長男は「しゃ」としかいわない。
「なんだらかんだら」
「しゃー」
「かんだらなんだら」
「しゃー」
「ふんだらこんだら」
「しゃー」

●同8月25日。大迫さんから原稿拝受(パソ通)。ありがたいことである。明日から、ワールドコンに立つとのこと。

●8月26日。石飛卓美さん、西秋生氏から原稿拝受。ありがたいことである。

●8月27日。台風。

●8月28日。新藤氏より住所変更の通知。ついに一戸建てを買ったようですね。原稿もよろしく。
 長男に、プリンタのペーパーホルダーをこわされる。困ったやつめ。

●8月31日。大宮信光さんから原稿拝受。ありがたいことである。
 YKから電話。なんとかかんとか大会は終る。多少の問題煙雨の中。まあ、めでたいことです。
 ファングループ名鑑は、別途発行するが、アフターレポートはどうなるかわからないらしい。まあしかし、大会は人間関係を作ると同時にぶっこわす。それはそれで面白いけどね。
 夜半、津田文夫から電話。原稿は来週中に送るとのこと。

●9月1日。寺さんから電話。原稿よこせだとー、そんなら引換えにしよーじゃねーか。今村徹結婚式(9月15日、仙台にて)までにざったを出したい旨。そーだ、今村にも電話しておかねば。

●9月2日。酒井昭伸さんから原稿拝受(フロッピー)。ありがたいことである。各種ユーティリティもいただいた。さすがK3UG、すべてが最新版でした。ありがとうございます。
 今日までで、集ったげんこーは全部で六篇、たいていの人は、私事に関連してベストを選んでくれている。結構面白い。みなさん、もうお書きになりましたか。まだのかたは、ただちに送って下さい!

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