ヒマラヤを越える転生の旅(週刊読書人94年8月12日)
谷甲州『天を越える旅人』


 山岳登山SFというジャンルは確かにある。登山による個人意識の変容は、SFではより広い時間・空間の超越にまで結び付くため、多くの作品でさまざまな形で取り上げられている。例えば、須弥山に登りつめる、夢枕獏『上弦の月を喰べる獅子』(一九八九)などはその典型だろう。さて、本書『天を越える旅人』(東京新聞社出版局・一九〇〇円)は、チベットの少年僧ミグマが、夢に現れる遭難と死の悪夢の謎を追い求めるうちに、自身の前生の記憶を蘇らせ、やがてはるかな時間の源流に至るという、壮大な構想で書かれている。探求の旅はチベットからネパール、インド、ヒマラヤの連峰へと続き、また同時にチベット仏教の曼茶羅に潜む宇宙創世までの時間流をたどる。同時期(本書のベースは登山専門誌「岳人」に過去二年間にわたって連載された)の宇宙SF『終わりなき索敵』(一九九三)と、実は同じテーマが追求されているのである。時間と空間が混交する宇宙のイメージは、「仏教的世界観を最新宇宙論で語り直す」(あとがき)ことでもあり、著者最大のテーマなのだ。ヒマラヤでの高所登山のエピソードや転生輪廻の描写も交え、『チベットの死者の書』の別解釈とも読めるところがユニークだろう。

 翻訳ではロイス・マクマスター・ビジョルド『無限の境界』(東京創元社・七五〇円)が出ている。昨年末に出た『親愛なるクローン』と、同じシリーズの連作集。傭兵艦隊提督マイルズ(実はバラヤー帝国の秘密工作員にして、国主貴族の跡とり息子)の冒険が三つのエピソードで描かれる。この設定からわかるように、いかにも楽天的で天真爛漫な(と書くと悪口に聞こえる)シリーズではあるが、適度な起伏と最新のアイデアが盛り込まれ、無理なく仕上がっている。アメリカでの人気の高さもわかる。未来史シリーズとしては、先の二作の他、二長編が既訳。

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