ジョン・ヴァーリイの復活なるか(週刊読書人94年9月16日)
「スチール・ビーチ」


 ジョン・ヴァーリイは、四月に『ウィザード』が訳出され、今回『スチール・ビーチ』(浅倉久志訳、早川書房・七〇〇円(上)六八〇円(下))が出たことで、再び注目が集まっている。実のところ、忘れられかけていた作家だった。七〇年代の代表作家といわれながら、アメリカでの活動も、六年間の空白があったからだ。本書『スチール・ビーチ』は、カムバックを飾る意欲作である。主人公は月世界の腕利き新聞記者。特種記事を探るうちに、セントラル・コンピュータから自身の記憶にない自殺未遂と、月世界全体を巻き込む異変を知らされる。おりしも地球がエイリアンに征服されて二〇〇年を迎え、生活をするだけなら何の不自由もない人類たちにも、新たな転機を望む者が現れはじめていた。性の自由、個性的なコンピュータ、地球の自然を模したディズニーランドと、まさにヴァーリイの魅力があふれている。男女の性差が自由な性転換によって消滅し、年齢がクローン技術による無制限の長命化で意味を失い、地球がエイリアンによって皆殺しになったことさえ、風景のようにさりげなく描かれる。あらゆる束縛が消滅した、おもちゃ箱のような奔放さである。ただ、気になるのは、モラルが現代のものと変らない次元まで後退したことだ。たとえば、男女の感性の相違、幼児虐待によるトラウマ等々に、現代社会の規範が反映されている。もともと作者は、単純な道徳感とは無縁だったはずである。描かれる舞台と、本書が書かれる九〇年代という時代の相違があるとはいえ、ちょっと残念だ。

 その他、ドラマ化などで話題のクトゥルー物、ジョージ・ヘイの『魔道書ネクロノミコン』(大瀧啓裕訳、学習研究社・一二〇〇円)が出た。コンピュータ分析で魔道書を解読するなど、なかなか面白いが、フィクションなのかノンフィクションにしたいのか、ずいぶん中途半端な印象を残す。

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