96/10/4

久しぶりに大森ページを見ると、9月の半ばまでサンフランシスコにいたわけね。

アメリカでも相変わらずの活躍で結構なことである。そういう意味ではこちらも同じともいえるが。

アメリカからだと、NiftyはCIS経由で簡単につなげて便利な反面、WWWの自分のホームページにつなぐのは、アクセスポイントの関係で難しい(WWWがパソコン通信に負けているわけで、矛盾してますな)。大森先生のように個人の電話経由なら今けっこう安いのに(1分35セント、ただしキャンペーン価格)、ホテルからではそういうメリットがない(大体3倍以上する)。従って、9月はhomepage開設準備がほとんど進まなかった(って言い訳)。

こういうケースならMSNが一番有利のようです。世界中どこでもアクセスポイントがあるマイクロソフトのネットだし。当地のジョークに、どんなむちゃくちゃな間違った航路を飛んでいても、ビル・ゲイツの邸宅さえ見えていれば安心って冗談があるくらいで(ちなみに、MSはシリコンバレーの企業ではない)。

96/10/22

帰国後、すでに2週間が経過。ドタバタと日がすぎていますね。

お土産に買ったのは、結局Jazドライブと一部の本だけ。JazはFry'sで外付けタイプ499ドルと、日本より100ドル程度は安い。本はBarnes&Nobleなどというメジャーな書店で買ったので、2割引とはいえそう安くはない。第一1ドル112円ですからね。

川上弘美『蛇を踏む』(文藝春秋) 最後のショートショートは、SF同人誌に載っても、ほとんど評判にならずに終わりそうな内容。芥川賞ともなると意味がでてくる。

ラッカー『ハッカーと蟻』(早川書房) サンノゼ近辺を舞台にしているのですが、まーラッカーに風景描写を期待してもしかたがないので、これでは実感が伴わないでしょう。その必要もないけど。

サンタクララのゴモーションは、細かい描写はないのでよく分かりませんが、高速101の北側にあるのでインテルの近所なのでしょう。もしかしたらインテルそのもの? サニーヴェイルのフライズ・エレクトロニクスは、フライズデンキまたはフライズムセンが正しい訳。書かれた当時はともかく、今年からサンノゼにできた店が最大店舗でしょう。主人公の家があるロスペロス、タングルウェイ、ポルボ・パラ・オルネアールというのがどこか不明。サンノゼカレッジの東端にあるヨン寿司あたりは、ジャパンタウンの近くですね。ウェストウェストのあるのは、101の反対湾の南端、16キロ、サラトガ・サニーヴェル(通りの名前)これもわからん。全長10マイルもない通りなのですが。ンヴァの家のある高速280(680?)の東ホワイトロード5778は、市街の東の外れですね。グレッチェンと出かけるサンタクルーズは半島の山を抜けた太平洋岸にあります。シリコン・バレーはサンフランシスコ湾に面していますが、この湾は太平洋とは北の涯でつながっているだけ。基本的に内陸の(盆地の)町です。

サンタクララ、サラトガ、サニーヴェイル、サンノゼ、パロアルト、マウンテンビユー、このあたりは全て隣接区域。ハイテク企業は、たいていなんらかの事務所を設けていて、求人広告の半分(新聞で数十ページに渡る)はこれらの熟練技術者を求めています。腕に自信のあるエンジニアにはまさにゴールドラッシュ。新入社員を1から育てよう、なんて企業はありません。前回も書きましたが、ジャパニーズな人(出張者、短期滞在者)とチャイニーズな人(タイワニーズ)、コリアンな人(ほぼ現地在住)がやたら多いのも特徴。他の州ではありえません。あーメキシカン(メイドや清掃サービス、ファーストフードの店員)な人やインディアな人(タクシードライバーはシーク教徒)も多いですな。あんまり書くと人種差別ですね。

96/10/26

キング『ランゴリアーズ』(文藝春秋) おー、いまごろこんなプリミティヴな時間SFを書く人がキング以外にいるでしょうか。こういう時間に対する考え方は確かにありますがね。玩具修理者もそうですが、時間論(事実上哲学)には最新の発見というのがなくて、ほんと便利だと思います。

約2ヶ月ぶりの大阪例会。古沢先生のMTG放出の瞬間を見る。

マガジンの編集姿勢(今年の翻訳SFについての放談会を叱る)と、公の例会を私物とみなした堺三保の性格に批判が集まる(といっても古沢先生のみ)。堺先生はいくつになったのでしょうか。こういう話は昔ファンダムがあったころよく聞いたので、驚きはしないけどね。彼もまだ若かったわけだ。

マガジンの放談会は、10月時点で年間ベストを語る云々の批判(古沢)もわかるけれど、これが12月になったところで、結果は同じだったと思われる。鏡、川又の視点からすれば、現状のSFはこのようなものなのであり、筆者の視点ともそれほど異なっているわけではない。ただし、それは過去指向であったり、(SFへの)愛情欠如とは、やや違うのではないか。かつて黒丸尚も愛情欠如と罵られた過去があるように、この世代の共通的特徴(言い方)といえるからである。

SF大賞は『ガメラ2』だったそうですが、えーと、わたしは『引き潮のとき』を推します。ガメ2が悪い映画とはいいません。しかし、本格的な大河SFが出ているのにガメラを大賞にするというのは、SFのプロが選ぶ唯一の賞である以上、まったくの不見識といえましょう。ケンカ別れの後遺症といえます。ただ、作者本人にはもはやSF大賞への執着はないでしょうが。

えー私の場合転居通知が通っていないようで、今年は投票用紙が届きませんでした。遅れて、授賞式の案内は届きましたがね。

目次へ戻る

次月を読む