96/4/6

フィニイ『時の旅人』(角川書店) 物語はほとんど添え物にすぎず、ひたすら過去の現出にこだわる。実際、最後のエピソードなどはSFでは腐ってしまったアイデアに近い。まーしかし、フイニイのこういったお話は短編集の方が無理なく読めてよい。さすがに長編となると矛盾なく一貫させられないようだ。

四月に入ってからばたばたと忙しくなって、なかなかHTML化が進まぬ。こまったことである。

さて、今回はインターネットアシスタント(WORD)を使って書いていますが、なんといってもβ版、バグバグでなかなかうまく書けない。MS偏重であるためか、ブラウザ間の互換性も取れない。まー、そのうちなんとかなるだろう。

関西在住ザッタ関係者情報(注:某SFカルト団体。フリーメーソンのようなものと思えばよろしい。詳細は別の年の日記にあります)

キング『マーティ』(学習研究社) キングの絵本。解説にあるとおり、前半は散漫、後半キング風となるが、全体の印象はやはりいまいち。イラストも含めて。

96/4/13

いまやカルト作家ともなった、大原まり子『オタクと三人の魔女』(徳間書店) を読む。いつもの独特のペースというか書き方。まあしかし、普通に考えるとこれだけむちゃくちゃなお話はないのだが、それが普通に読めてしまうところが不思議。たとえば、きわめて常識的な表現と異様な設定との同居といった落差で、処女作『機械神アスラ』以来の業を極めた、といったところか。初期では後者のみが目立っていましたが。

96/4/14

娘が学研都市フラワーセンターXX周年記念とかで、クス玉割りにかりだされる。知事と並んでひも引きをするが、当然退屈する。景品はチューリップ3本。会場の動物ふれあい広場では、子供の群れに放し飼いのひよこが踏み潰されて多数死亡、死屍累々。しょせん殺されるひよこ(卵を生まないオス、かつ育てるには小さすぎる)とはいえ、これでは子供にスプラッタ教育をしていることになる。

96/4/20

ステーヴン・ジョーンズ編『フランケンシュタイン伝説』(ジャストシステム) 最新のフランケンシュタインものとのことで、まー出版年から見るとそうかもしれない。しかし、あまりにも古色蒼然、(リメイク映画が公開されたのも去年なので)日本で出るタイミングもずれてしまっていて、存在意義が薄くなっている。SFプロパーの書き手も少ない。

ジョナサン・レセム『銃ときどき音楽』(早川書房) 近未来ハードボイルドSFミステリ。実のところ評者にハードボイルドを語る資格があるかどうかよくわからぬが、ドラッグ社会のハンフリー・ボガートというのもなかなかよい。このヴァート的というかサイベリア的世界を見るにつけ、今のアメリカがサイバーよりもドラッグ社会であることがわかる。

薫さんがNiftyで突如ザッタHP(ホームパーティ)を始めたらしい。

ポール・ディヴィス『宇宙最後の三分間』(草思社) を今ごろ読んだ。宇宙がビッグクランチに至るときに人類(?)はいかに生き残るか、という何というか無駄な議論をしているわけである。とはいえ、これをムダとおもうようではSFファンの初心忘れといわれてもしかたない。

96/4/30

ゴールデン・ウィークで帰った神戸は、いたるところで2×4住宅の建築工事が行われていて、まるでニュータウンのような様相を呈している。見えるのはプレハブ住宅と更地のみ。過去の町並みは急速に消えつつある。

ホールドストック&バクスターのイギリス特集から、アメリカの老舗情報誌『LOCUS』のロゴが変わっているのに一驚。安っぽくなったと見るか、ポップになったと見るか、まあ。

バーンズ『軌道通信』(早川書房) 主人公や登場人物がやたら泣くのがこまりもの。まあ、青春小説だしやむをえぬ、というにもちょっと気恥ずかしい。(水鏡子先生は誉めていたがなぜだろう)。

小林泰三『玩具修理者』(角川書店) 表題のホラー大賞短編部門受賞作は、まさに「あかずきんちゃん」。短編とはいえ、説得力を感じるにはちょっと短すぎる。さて、残りの中篇はというと、これが時間論そのもの。物理的裏があるともいえず、ちょっとプリミティヴではある。ただ、この神林風のくどさは、一般受けしないのでは。

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