2005/1/3

Amazon 『アジアの岸辺』(国書刊行会)

トマス・M・ディッシュ『アジアの岸辺』(国書刊行会)

The Asian Shore,2004 (若島正編)
装幀:下田法晴+大西裕二(s.f.d)

 ディッシュ初の翻訳短編集。しかも、本書は日本版オリジナルのベスト選集となっている。収録作品13篇中8編が初訳。
 現在、ディッシュの著作は何れも絶版状態であり、そもそもディッシュを読む機会が得られない(その点は、先のワトスンも同じだ)。
 かつて「リスの檻」(1966)が翻訳されたとき、シュールレアリズムの物まねという批判、新しいSFだと賞賛する声など、いわゆるニュー・ウェーヴ運動に伴う大きな論争が生まれた。ニュー・ウェーヴの象徴(SFを分からなくした運動)として毛嫌いする人がいる一方、ムーヴメントのホープが登場したと肯定的に読んだ人もいる。しかし、40年を経た「リスの檻」は、過去の路線論争の雑音がない分、「究極の牢獄に閉じ込められた作家の物語」として冷静に読むことができる。十分完成度が高く、純粋な一編の短編としての価値がある。
 表題作「アジアの岸辺」は、デーモン・ナイトのSFアンソロジイOrbitに収録された作品である。トルコのイスタンブールに滞在するアメリカ人が、次第にその土地に“同化”し取り込まれていく過程を、ファンタジイと現実のはざまの揺らめきとして描き出している。
 収録作は以下の13編(*:初訳)。

 降りる(1964) 無限のエスカレータを降りていく男の旅路の果て
 争いのホネ(1966)* 亡くなった家族を剥製にして残す女房と夫
 リスの檻(1966) タイプライタだけが置かれた、出口のない部屋に閉じ込められた作家
 リンダとダニエルとスパイク(1967) 彼女のお腹に宿った悪性腫瘍でできた赤ん坊は、やがて大人に成長する
 カサブランカ(1967)* アメリカが核攻撃で滅んだあと、モロッコに取り残された老夫婦の命運
 アジアの岸辺(1970)* 建築を学ぶ目的で、イスタンブールを訪れた男に付きまとう奇妙な女
 国旗掲揚(1973)* 革フェチだった男が次に目覚めたのはナショナリズムだった
 死神と独身女(1976) 死を望む女に死神が課した行為とは
 黒猫(1976)* 自殺者が使っていたアパートには、一匹の黒猫が住みついていた
 犯ルの惑星(1977)* 男と女が完全に分離された未来、女が子孫を残すためだけに送られる惑星があった
 話にならない男(1978)* 未来、会話を交わすためには免許が必要だった
 本を読んだ男(1994) 文字で書かれた書物が政府に保護された未来、読書家にも補助金が与えられる
 第1回パフォーマンス芸術祭、於スローターロック戦場跡(1997)* 戦場跡で繰り広げられるスプラッタ芸術

 本書はまるでメインストリーム文学のベスト選集のように読める。非常に密度が高い。日本で純文学がライトノベルに変容したように、海外主流文学もいつの間にかSFになっているかのように錯覚する。本書に収められた短編が、60年から70年代にかけて書かれたディッシュの断片に過ぎないとしても。かつてディッシュは“冷たい作家”とみなされたけれど、今ではそれも“クール”なのである。

bullet 著者のファンサイト
bullet 『M・D』評者のコメント

2005/1/9

 第5回小松左京賞受賞作。著者は(受賞時)59歳、受賞者として業界最年長ということでも話題になった。世代的には、堀晃、横田順彌らと同じ。ただ、特にファン活動をしてきたわけではないようだ。小松左京を知らない読者から見れば、オヤジ世代=意味不明の賞なのかもしれない。
 数年後の未来、バーチャル体感ゲームの新作「ダークキャッスル3」の開発チームに次々と異変が発生する。まずプロジェクトリーダの高速道路での事故死、テスト担当社員の不可解な自殺、そして主人公が好意を寄せる女性リーダまでが、自傷行為をためらわない。これは何を意味するのか。やがて、20世紀末に集団自殺を遂げた謎の宗教団体との関連が判明する…。
 基本は、終末医療(ターミナルケア)を絡めたミステリ。大元の「生命の生存本能と遺伝子」にまで言及している点でSFだろう。お話の大半が現実世界の真相究明に費やされ、大ネタ(の説明のみなの)がリアリティ面で少し問題かもしれない。バーチャルネタに逃げていない点はよい。作者の年齢は、作風の手堅さ(きわめてオーソドックスな展開。文体も普通)に反映されているように見えるが、顕著に感じ取れるわけではない。
 

bullet 第5回小松左京賞(角川春樹事務所)
bullet 第4回受賞作『火星ダーク・バラード』評者のレビュー

2005/1/16

Amazon 『ラス・マンチャス通信』(新潮社)

平山瑞穂『ラス・マンチャス通信』(新潮社)

装画:田中達之『CANNABIS WORKS』より、装幀:新潮社装幀室

 第16回 日本ファンタジーノベル大賞、大賞受賞作。「ラス・マンチャス」とは、「ラ・マンチャ」の複数形。そして、「ラ・マンチャ」とは、スペインの地名(アラビア語の「乾いた土地」に由来)であるとともに、染み/汚れ、「黒い染み」という意味になる。
 さて本書がどのようなお話かといえば、知恵遅れの兄を殺して施設に収容された少年が、出所後に勤め先でトラブルを起こして転々としたあげく、傷害事件に巻き込まれながら、ついに分かれた姉の猟奇的な運命を知る…という、あらすじから想像できる内容では、実はまったくない。
 たとえば、兄は実家を徘徊する汚らしい獣として表現され、勤め先の町には人を絡めとる蜘蛛の化物が存在し、姉と同居する夫の正体が明かされ、父が世話になった画家には不気味な人形趣味がある。そういった非現実(=黒い染み)と、精神的な病を負った(らしい)主人公の現実とが、シームレスに結合しているところが、本書の最大のポイントといえる。同時に、家族への感情、父への軽蔑心や、自身の行動への悔悟/罪悪感、姉への愛情などが複雑に顔をのぞかせ、物語に起伏を与えている。冒頭ファンタジーから入って、より現実に近づいていくスタイルも目新しい。
 

bullet 第16回日本ファンタジーノベル大賞(読売新聞社)
1月16日時点では、準備中のため内容表記なし。
bullet 第16回日本ファンタジーノベル大賞(新潮社)
1月16日時点では、準備中のため内容表記なし。
bullet 波2005年1月号(畠中恵)掲載のレビュー

 

Amazon 『ボ−ナス・トラック』(新潮社)

越谷オサム『ボ−ナス・トラック』(新潮社)

装画:木内達朗、装幀:新潮社装幀室

 第16回 日本ファンタジーノベル大賞、こちらは優秀賞。
 冒頭、主人公の乗る車の目の前で、大学生がひき逃げされる。大学生はゴースト(幽霊)になって、主人公の目の前に現われる。とはいえ、このゴーストには自分が死んだという悲壮感はなく、ただひき逃げの犯人探しを望むだけだ。他人には見えないゴーストと、主人公との不思議な共生生活が始まる。
 陽気な幽霊というコメディ的な設定。どちらかといえば、梶尾真治『黄泉がえり』(2000)の蘇った死者に似ていて、「死んでいるのに、生きているのと変わらない」存在で、深刻さは少しもない。とはいえ、ゴーストが自分の葬式に立会い、成仏できない他人の呪縛霊を解放しつつ、死ぬ前にはなかった“人間的”魅力/満足感を得ていく過程が妙に面白い。著者の経験を描いた、ハンバーガーショップの日常がリアルで、ゴーストと生者とのコミュニケーションにも違和感がない。そういう意味で、大賞よりファンタジー度は少ないものの、リーダビリティ(読みやすさ)は勝っているといえるだろう。
 成仏の瞬間の描写は、ハリウッド映画CG風。

bullet 著者の紹介記事(読売新聞)
2004年8月10日付け記事。地元雑誌での紹介記事はこちら
bullet 波2005年1月号(小谷真理)掲載のレビュー

2005/1/23

Amazon 『電脳娼婦』(徳間書店)

森奈津子『電脳娼婦』(徳間書店)

Cover Illustration:江川達也

 昨年11月に出た、官能SF短編集。著者としては、3冊目のSF短編集に相当する。先の、『からくりアンモラル』に比べると、より“性愛”面を強調したセレクトとなっている。

 「この世よりエロティック」(2002):あの世に逝った友人から届く、男が性奴隷となった世界のお話
 「シェヘラザードの首」(2002):ゴミあさりをする少年が拾ったアンドロイドの首との性愛
 「たったひとつの冴えたやりかた」(2003):究極のマゾプレイ「たったひとつの…」を探す主人公
 「電脳娼婦」(2003):刑罰として電脳空間で娼婦を演じる主人公は、訪れた被害者の弟に魅かれる
 「少女狩り」(2003):性奴隷たちを乱交させる遊びで、奴隷の少年は年上の女を見初めるが
 「黒猫という名の女」(2003):性が戒められた未来、性交時にのみ機能する超能力者は蔑まれていた

 性愛といっても、ホモセクシュアルであったりレズビアンであったり緊縛プレイであったり、また暴力的というより被虐的なお話が多い。“大人の話”である分、『からくり…』よりも単調な印象を受けてしまうが、そこは目的が異なるのでやむを得まい。最初の短編集『西城秀樹のおかげです』も復刊され、SF作家森奈津子の評価が進んでいる。バイセクシュアルである著者ならではの視点がもっとも発揮されるのが、SFの設定である点もポイントだろう。

bullet 著者の公式サイト
bullet 『からくりアンモラル』評者のレビュー

2005/1/30

Amazon 『パンドラ』(早川書房)Amazon 『パンドラ』(早川書房)

谷甲州『パンドラ(上下)』(早川書房)

Cover Direction & Desigh:岩郷重力+TA、Cover Photo Complex:L.O.S.164+WONDER WORKZ。

 SFマガジンに2001年から2004年までほぼ4年間連載され、計2500枚に及ぶ大作。SF不朽の“異種知性とのファーストコンタクト”をテーマとするが、作者の主要シリーズ軍事シミュレーション (覇者の戦塵)/宇宙SF(軌道傭兵)の切り口で、人類存亡の危機を描き出したところが最大の特徴になる。作者によれば、このようなコラボレーション(集大成、資源の集中?)を常に試みているのだという。
 今から30年の近未来、ヒマラヤの山嶺、ボルネオの密林の奥で何か異変が起こっている。野生の動物が知能を高め、人間の村落に襲撃を繰り返す。しかし、その動物たちには奇妙な寄生生物が憑いていた。折りしも、国際宇宙ステーションが流星雨で破壊される。寄生生物の起源は、流星雨をもたらした未知の彗星「パンドラ」にあるのではないか。やがて、パンドラの本体が地球生命全体の脅威となることが明らかにされる。人類は結束し、新造宇宙機による迎撃を決定する。しかし、国家/陣営間の主導権争いはさまざまな軋轢を生んでいく…。
 往年の東宝特撮映画(この映画でも国連主導で宇宙戦闘機が作られ、宇宙人と戦闘する)とは違って、危機においても世界は1つにはならない。危機を脱した後には再び利害関係が再燃する。少しでも有利な立場に立っておかなければ、戦後の競争に負けるからだ。傲岸不遜のアメリカ、羊頭狗肉のロシア、独断専行の中国と、今日の国際情勢を敷衍した図式は類型的に見えるものの(前半はアメリカの横暴ぶり、後半は中国のスタンドプレーが批判的に描かれる)、近未来の勢力図は、おそらくこうならざるを得ないのだろう。それは、宇宙機同士の戦闘シーンの根拠にもなる。前長100メートル余りの宇宙機は、既存のテクノロジーの延長線で設計されたもので、戦いはリアルかつ詳細に描かれている。
 冒頭部と最期に置かれた実体を持たないパンドラ生命の存在と、人間対人間の宇宙戦争という2つの局面の対照が面白い。4年の歳月のためか、さすがに、本書の中で重要な役割を担う、主人公と2人の女性との関係に不連続な印象を受けるが。

bullet 著者のファンサイト
bullet 『果てなき蒼氓』評者のレビュー

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