2005/11/6

Amazon『太陽レンズの彼方へ』(東京創元社)

チャールズ・シェフィールド『太陽レンズの彼方へ』(東京創元社)
The McAndrew Chronicles 2,2005(酒井昭伸訳)

カバーイラスト:加藤直之、カバーデザイン:矢島高光

 天才科学者(にして変人の)マッカンドルーと、その恋人である女船長ジーンの連作集『マッカンドルー航宙記』(1983)は、1991年に翻訳が出て以来、いまだに版を重ねている。本書は、その続編に相当する短編集である。ベースは2000年に出た“The Complete McAndrew”(9編収録)から、前作分を除いた4編を収録したもの。といっても、このままの原書はなく日本版オリジナルである。また詳細な訳者解説と、短編を含む書誌も付いている。
 
 1.影のダークマター(1992):太陽系の辺縁で発見された巨大な“質量だけ”を持つ物質と、人間的な陰謀の顛末
 2.新たなる保存則(1993):巨大なニュートリノ発生器が設置された地球の深海底で、2人を待ち受けていたもの
 3.太陽レンズの彼方へ(1999):太陽の重力レンズが恒星間移民船の救難信号を増幅していた。発信者の正体とは
 4.母来たる(1999):マッカンドルーのエキセントリックな母親が保管する、失踪した父親の遺産とは

 シェフィールドは80年代に4冊の長編、90年代ぎりぎりに上記が翻訳されて以来、紹介が途絶えていた。40冊以上の著作がある作者にしてはちょっと淋しい。理由はいくつかあるだろうが、アイデア/物語がともに小粒で印象に乏しい点が問題なのだろう。本書も、単純なアイデア小品集としか読めない。しかし、その背景を語った付録(著者自身による平易な科学解説)と併せれば面白さが増幅される。テクニックはともかく、やはり、シェフィールドはコアな「科学小説」の作家なのである。
 

bullet SFWA(米国SF・ファンタジイ作家協会)サイトに掲載された訃報(2002年)
本人の死後、作者のサイト等は閉じられて既にない。

 

2005/11/13

Amazon『どんがらがん』(河出書房新社)

アヴラム・デイヴィッドスン『どんがらがん』(河出書房新社)
Bumberboom and Other Stories,2005(殊能将之編)

装画:松尾たい子、装丁:阿部聡+吉岡秀典(コズフィッシュ)

 アヴラム・デイヴィッドスンは、(日本で)どれくらいポピュラーな作家なのか。たとえば、筒井康隆の「あるいは酒でいっぱいの海」(1976)は、デイヴィッドスンの「あるいは牡蠣でいっぱいの海」(1965年に翻訳、下記の「さもなくば…」に相当)のもじりだったし、短編だけならミステリマガジンを中心に結構翻訳紹介がされていたりする。しかし、単行本は唯一『10月3日の目撃者』(1962)が抄訳で、しかもソノラマ文庫から出たのみ(1984年。ソノラマはこの年から約2年間仁賀克雄監修の海外シリーズと称して、多数のアンソロジイや短編集を出版した。その最初の3冊のうち1冊がこれ)。ソノラマの読者が同書をどう読んだのか、できの悪いSFと思ったか/らしくないミステリと思ったか。
 本書は、日本オリジナルの作品集だ。経緯は編者ファンサイト(編者解説も読むことができる)を見て頂くとして、元妻グラニア・ディヴィス(SF作家)の序文も得た日本読者向けのベスト短編集であり、著者が評価されうる最初の機会といっていいだろう。
 
 1.ゴーレム(1955):誰にも相手にされないまぬけなゴーレム
 2物は証言できない(1957):奴隷商人が陥る皮肉な運命
 3.さあ、みんなで眠ろう(1957):未開惑星で狩られる原住民と、守ろうとする男が知る真相
 4.さもなくば海は牡蠣でいっぱいに(1958):安全ピンとハンガーと自転車の驚くべき関係とは
 5.ラホール駐屯地での出来事(1961):インド、ラホール駐屯地の兵士はなぜ同僚を射殺したのか
 6.クィーン・エステル、おうちはどこさ?(1961):西インド諸島出身のメイドが語る伝説の正体とは
 7.尾をつながれた王族(1962):尾をつながれ動けない支配種と、餌と水を運ぶ労働種の生態
 8.サシェヴラル(1964):サシェヴラルは知能を高められた猿なのか、それとも囚われの人間なのか
 9.眺めのいい静かな部屋(1964):老人ホームで従軍経験を話す一人の老人の隠していたもの
 10.グーバーども(1965):子供をさらうというおとぎ話の生き物グーバー
 11.パシャルーニー大尉(1967):少年が出会った見知らぬ父親は英雄だった
 12.そして赤い薔薇一輪を忘れずに(1975):主人公のアパートに開かれた奇妙な「書店」の商品とは
 13.ナポリ(1978):ナポリの奥底、誰も知らない通りに入り込んだ旅行者の探し出したもの
 14.すべての根っこに宿る力(1967):不調を訴え祈祷師にまで頼る警官が、でくわした首なし死体
 15.ナイルの水源(1961):商品の流行、未来の動向まで知ることができる秘密とは
 16.どんがらがん(1966):核戦争後のアメリカ、無数の封土に分割された国土を無視して移動する一党がいた

 以上16編も収録されている。いずれも短編としてレベルの高いものばかりだ。「どんがらがん」が翻訳されたのは1972年、評者はこれを読んで、いったい何が書かれているのかと相当悩んだ。古代の大砲を運ぶだけの一党を使って、一儲けを企んだ男がさんざんな目に遭うという、いわばそれだけのお話なのだが、SFマガジンの諸作と比べ、あまりに異なる風合いが理解できなかったのである。この異質さ、ユニークさは今でも変わりはない。奇想作家という枠組みで、ようやく「正当に」読むことができる。
 デイヴィッドスンは正統派ユダヤ教徒としてイスラエル建国にも参加、後にF&SF誌の編集長を務めたりしたが、独立後は売れず貧困に苦しんだ。40代後半になって天理教に改宗し、日本を訪問したこともある。1993年に70歳で死去。
 

bullet デイヴィッドスンのファンサイト
ピーター・S・ビーグルやグラニア・ディヴィスらによる「アヴラム・デイヴィッドスン協会」によるもの。
bullet 殊能将之によるファンサイト
来日時のSFマガジンインタビュー記事(1976年)も再録されている。
 

2005/11/20

Amazon『宇宙舟歌』(国書刊行会)

R・A・ラファティ『宇宙舟歌』(国書刊行会)
Space Chantey,1968(柳下毅一郎訳)

装幀:下田法晴+大西裕二(s.f.d)

 ラファティの長編デビューは3冊一挙書下ろしという、いささか破格の内容だった。その最初期長編のうち、翻訳の遅れていた最後の1冊が本書である(あと2冊は、『トマス・モアの大冒険』『地球礁』)。
 もともとラファティのお話のベースは法螺話といわれてきた。しかし、“法螺だけ”を純粋に楽しめる作品は意外に少なく、奇想性がまず評価されてきた。その点、本書は「オデュッセイア」のお話を借りて、アメリカ流Tall Tale風(19世紀起源、20世紀に現在の形式になったものでそれほど古いものではないようだ)にまとめられているため、まず第1に読みやすく難解さが感じられない。
 10年の宇宙戦争が終わり、英雄ロードストラム船長と宇宙船乗りたちは長い寄り道を経て、地球に帰還しようとする。

 第1章:立ち寄ると二度と出たくなくなる昼下がりの楽園惑星ロトパゴイ
 第2章:巨人との皆殺しの戦いを強いられる惑星ラモス
 第3章:生きている小惑星の住む異常空間
 第4章:宇宙を賭けたカジノ、世界を制御する一人の男、宇宙のセイレーンの正体
 第5章:惑星ポリュペモスでは全員が捕まり食われていく
 第6章:魔法使い=大科学者により獣に変容させられる
 第7章:秘密クラブに乱入した彼らは宇宙最悪の牢獄に送られる
 第8章:ついに地球に帰還した船長は再び仲間とめぐり合う

 よく読めば、従来のラファティ同様、さまざまなエッセンス(衒学的な引用や言及)がちりばめられている。ただ、お話は明快で、殺人や殺戮といった描写もさらりと無感動に描き出される。そういった点は、現代日本の小説とも共通していて、受け入れやすいだろう。
 さて、本書で国書刊行会版の「サンリオ文庫」が完結した(第1期)。なぜ「サンリオ」かというと、このラインアップが30年前に途絶したサンリオ文庫未完リストと重なり合うからである。当時は、文庫を支えるだけの十分な買い手がいなかった。今でも読者数の面で、状況が良くなったわけではないだろう。けれども、かつての読者にとって、(レアで名のみ高い作品ならば)価格/コストの問題はなくなった。この叢書が「未来の“文学”」と称され、買い手のステイタスをくすぐる渋い装幀で刊行されるのには、それなりの意味があるのである。
 

bullet ラファティのファンサイト(日本語)
その他のファンサイト関係は、上記『地球礁』のレビューを参照。

 

2005/11/27

Amazon『となり町戦争』(集英社)

三崎亜記『となり町戦争』(集英社)


カバー写真:横山孝一、ブックデザイン:鈴木成一デザイン室

 今年1月に出た本。第17回小説すばる新人賞受賞作で、すでの多くのメディアで取り上げられた作品である(直木賞候補にもなった)。
 ある日、主人公は自分の住んでいる町が、となり町と戦争を始めようとしていることを、役場の広報で知る。しばらくは、彼の日常に変化はなく、いつもどおりに過ぎていった。しかし、ある日戦争協力のための偵察業務が、次に「敵地」での拠点業務が命じられると、姿を見せない戦争が彼の背後に否応なく迫ってくる。役所の事務作業、広報に載るだけの戦死者数、銃声の音も聞こえないまま、戦争の影だけが見え隠れするのだ。
 さて、日本のSFは筒井康隆の時代から、「戦争」が普通の人々の感情の裏に潜んでいる、と説いてきた。単純な憎悪や差別意識が、簡単に人殺しや戦争に直結する。これが誇張でないことは、昨日まで善良な隣人同士だったイスラム教徒とキリスト教徒が、互いを殺しあったユーゴのボスニア紛争で実証された。同じように本書が主張するのは、役所(国家)によって規格化された戦争である。まるで公共工事のように、(地域限定の)局所的な戦争が日常化するというのは、ピンポイント爆撃/イスラム自爆テロという、新しいスタイル/現代の「戦争」を反映している。
 だが、こんなことはあるのか。町内で戦争があって、死人が出ても他の町民の日常は変わらないとは。不思議なことに、「戦争」を制度とみなすことは、人間にとって可能なことなのだ。内戦が続いたレバノンでは、爆撃される隣の地域で、当たり前の日常生活が行われてきた(たとえば、海岸で平然とビキニ姿で横たわる女性と、遠景でビルを爆撃する戦闘機の映像)。多数の死者が出た阪神大震災でも、生活に追われる人々が、「となり町」の死者を意識することはなかった(震災は非常に局所的な被害をもたらしたからだ)。そういう人間の意識は、決して“非”日常ではない。
 本書は、常識の狭間を描き出した佳作である。ただ、ここで戦争のリアリティが増す結末部分に関しては、役所仕事に対する皮肉とパロディ(ではなくて、これもリアリズムだという意見もある)として書きはじめられた冒頭と比較して、ちょっとバランスが悪いように思える。もっと本当らしく書くことも、もっとパロディらしく書くこともできたはずだから。
 

bullet 『となり町戦争』公式サイト
集英社の小説すばる関係賞のサイト内。

 

Amazon『沼地のある森を抜けて』(新潮社)

梨木香歩『沼地のある森を抜けて』(新潮社)


装画:牛島孝、装幀:新潮社装幀室

 著者はすでに多くの児童文学関係の賞を受賞し、10年のキャリアを持つ中堅作家。熱心なファンも得ている。最近は、大人向けのファンタジイも手がける(当欄ではあまり取り上げないが)。本書は8月に出た最新作である。
 独身で通した叔母が亡くなり、主人公は家宝の“ぬか床”を相続することになる。それは単なるぬか床のはずだったが、ある日そこに卵があることに気がつく。卵からは、1人の子供が生まれる。希薄な幽霊のように生まれたその子は、周りの思いを吸収して実在化していく。卵は1つにとどまらなかった。一体これは何か、そもそもこのぬか床にはどんな由来があるのか。主人公らは、孤島に残る祖先たちの足跡をたどろうとする。
 本書が単純なファンタジイ/ホラーと異なるのは、主人公が化学メーカーの研究室に勤めており、(ちょっと変わった)友人がぬか床に科学的な説明をつけようとするところだろう。それも、幅広く、命の起源にまで遡る生命科学をベースに、生物の意味を問う意欲的な解釈がこめられている(『パラサイト・イヴ』を思わせる部分もある)。「ぬか床の擬人化」部分はSFファン向きではないが、お話の構造から見て、そう気になる部分とは思えない。さすがに、登場人物の描写も手抜かりなく、魅力的に描かれている。
 

bullet 著者のファンサイト
著作のリストや各種リンクも完備。

 

Amazon『ブルースカイ』(早川書房)

桜庭一樹『ブルースカイ』(早川書房)


Cover Direction & Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 著者は第1回ファミ通えんため大賞(第1回は1999年、現在は「エンターブレインえんため大賞」と改称)の佳作入選後、ライトノベルに本格ミステリのアイデアを盛り込んだ作品を出し、注目を集めている。
 1627年、中世ドイツの城塞都市レンスに老婆と幼い少女が住み着く。折しも時代は魔女狩りの全盛期、火刑法廷が開かれ、罪なき人々が次々と裁かれていった。そこに奇妙な少女が空から降ってくる。黄色い肌の色、短すぎるスカート。2022年、シンガポール。世界展開するゲームソフト企業に勤める青年は、中世を舞台としたゲームの設定を製作している。人工知能を備えた幼い少女と詳細な設定を加えていく中で、仮想ではない存在が現れる。それは、極東の島国で生息した少女のようだったが。やがて物語は、「事件」の発端となる2007年の現場へと収束していく。
 著者お得意の中世ネタが適時組み合わされ、時間ものかヴァーチャル世界ものかという、絶妙なバランスの上にお話を構築している。ただ、最終章で謎がすべて解明されたとはいえない(たとえば、老婆とシステム、幼い少女と人工知能、実在の中世都市とゲーム都市の関係が不詳)ので、やや不満を残す。
 本書は「青本」であるが、各種カラーの続編/枝編(を予感させる結末になっている)も書かれる予定らしい。
 

bullet 著者の公式サイト

 

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