2006/12/3

Amazon『きつねのはなし』(新潮社)

森見登美彦『きつねのはなし』(新潮社)


装画:水口理恵子、装幀:新潮社装幀室


  『太陽の塔』(2003)、『四畳半神話体系』(2004)に続く、森見登美彦の京都マジック・リアリズム小説群の1作。

 「きつねのはなし」*:鷺森神社近くの得体の知れない顧客と、一乗寺の古道具屋である芳蓮堂との奇妙な関係
 「果実の中の龍」:正体の分からない大学の先輩が語る自身の経歴の秘密
 「魔」:家庭教師をしていた酒屋の界隈で巻き起こる、通り魔騒動の背景
 「水神」:酒豪の祖父が亡くなった葬儀の席に、誰も知らなかった遺品を古道具屋が返しにくるというが
 *2004年。これ以外は書き下ろし。

  著者の作品は、ほぼ同じ舞台(京都市左京区の北辺)と同じ設定(共通の登場人物)を中心にして回っている。しかし、最初の『太陽の塔』がほとんどファンタジイの領域で書かれていたのに対して、続く『四畳半神話体系』は一歩現実に接近しSF的な展開を見せ、本書に至るとさらに一歩引かれてホラーの様相を見せる。同じものを書きながら、ファンタジイ/SF/ホラーという非現実の3つの位相を描き分けているという点が注目のポイントだろう。この構造は本書でも同様だ。最初の短編「きつねのはなし」で現れた怪異が、後になるにつれ拡大され、現実を覆い隠してしまうのである。

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bullet 『四畳半神話体系』評者のレビュー
bullet 『太陽の塔』評者のレビュー
 

2006/12/10

Amazon『削除ボーイズ0326』(ポプラ社)

方波見大志『削除ボーイズ0326』(ポプラ社)


装丁:山田満明、装画:影山徹


  第1回ポプラ社小説大賞の受賞作。著者はこれまでも各種の新人賞に応募しており、その間にレベルを上げていったのだろう。
 主人公の少年(小学6年生)が、偶然フリーマーケットで手に入れたデジカメは、特定の時間を“削除”できる装置なのだった。消せる時間はわずかに3分26秒、しかし特定個人の指定時間が抹消できるのだ。少年の友人は1年前のある事件のために、下半身が麻痺してしまう。その事件は、やがて引きこもりの兄の運命も変えてしまう。もし、その瞬間を消すことができたら。
 「時間を部分的/個人的に消去する装置」という発想は面白い。登場人物は、小学生とそのクラスの仲間(転入してきた暗い雰囲気の少女や、株が趣味の少年、かつてはリーダー風を吹かせていた車椅子の少年)、4人家族(引きこもりの兄、母と妹、父親はいない)である。現代を反映するさまざまな出来事が起こり、“時間の削除”は事件の別の一面を明らかにしていく。プロパーSFではないので、装置の正体は不明なままだ。その点はやむを得ないとしても、もう少し時間削除に関する曖昧さ(記憶残存のルールが分かりにくい)/因果関係(特定個人の行動のみが削除された時、周囲にどのような影響が伝播するか)を明確にしておけば、お話の筋書きが分かりやすくなったように思える。

bullet ポプラ社小説大賞のサイト
bullet 著者の写真を含む記事
 

Amazon『雷の季節の終わりに』(角川書店)

恒川光太郎『雷の季節の終わりに』(角川書店)


装丁:片岡忠彦、写真:Tom Dietrich/Getty Images


 第12回日本ホラー小説大賞(2005年)受賞作家による受賞第1作である。昨年の受賞作は、現実の隣り合わせの異界というコンセプトで書かれていたが、本書はそれをさらに発展させ、異界社会そのものを描き出している。
 現実世界の裏側に“穏(おん)”という小さな村がある。その村には現代文明は及んでいない代わりに、平穏な暮らしが約束されていた。村に住む一人の少年は、ある日村外に廃墟があり、さらにその向こうに本当の外部世界があることを知る。行方不明になった姉や友人の事件から、村の忌まわしい秘密を知った少年は逃亡の旅に出るが…。
 第2作目は、よりファンタジイの骨格が要求されるお話になっている。物の怪に取り憑かれた少年、冥界と現実世界との境界を守る門番、冬と春との間で雷が続く季節(表題)など、道具立ては豊富にそろっているようだ。ただ、この異世界が単なる田舎町の分校のように見えたり、少年の逃避行であったはずが因縁ものになったりで、現実世界の戯画に見えてくる点がやや物足りない。

bullet 著者のインタビュー記事
受賞直後のインタビュー
bullet 『夜市』評者のレビュー
 

2006/12/17

Amazon『紗央里ちゃんの家』(角川書店)

矢部嵩『紗央里ちゃんの家』(角川書店)


装丁:大竹尚貴(角川書店装丁室)、装画:石正充


  今年の第13回日本ホラー小説大賞で長編賞を受賞した作品。著者は(受賞時)19歳の大学生で、歴代受賞者中最年少ということでも話題になった。
 小学5年生になる主人公は、今年も叔母の家を訪れる。しかし、去年までは祖母と紗央里ちゃん(従妹)がいたのだが、祖母は亡くなり、紗央里ちゃんは行方が分からないという。叔母の家には悪臭が籠り、家人の態度がおかしい。しかも人体の断片と思われるものが見つかる。いったいこの家で、何が起こったのだろうか。
 本書は、ある意味でコメディなのである。登場人物たちのちぐはぐな会話、読者には明らかなことが(間抜けな)登場人物には理解できない。起こる事件はどれも恐ろしくバカバカしい。ただ、すれ違う会話は狂気のせいかも知れず、異常な状況下でまともな判断力が働かないのかもしれない。そもそもの事件は、明らかに猟奇殺人なのである。喜劇と狂気の境界線を描いた点が評価されての受賞だが、小学生の一人称とした点が矛盾を感じさせないポイントだろう。

bullet 第13回日本ホラー小説大賞選考結果
 

Amazon『てのひらの中の宇宙』(角川書店)

川端裕人『てのひらの中の宇宙』(角川書店)


カバー写真:かくたみほ、題字:鈴木栖鳥、カバーデザイン:角川書店装丁室 大竹尚貴


 8月に出た、オムニバス風の短い長編小説だ。
 主人公はテクニカルライティングの傍ら、童話の構想を練るフリーランスのライター。5歳の長男と、2歳になる長女、妻は癌を患っており入退院を繰り返す。長男はあらゆることに興味を示す。身近な自然や太古の化石、宇宙の誕生までさまざまなことに説明を求める。主人公は、子供の好奇心をはぐらかさず、本当の科学を教えようとする。そんなある日、長男の周りに、見かけない少年の姿が現れるようになる。
 幼いころの科学的な興味は、たいてい大人になる間に失われてしまう。しかし、理科系の主人公は、なんとかそれを育てようと奮闘する。妻が入院し、家庭内に不安が渦巻くけれど、子供の行動はもやもやした童話の構想に火を灯す。やがて「見かけない少年」の正体が明らかになるが、読者にとってそれは意外ではないだろう。
 著者が得意とする、(少年時代を含む)未知のものへの探究心の物語と、若い夫婦の子育てを有機的に絡めた好編だ。

bullet 著者のblog
bullet 『せちやん』評者のレビュー
 

2006/12/24

Amazon『夜は短し歩けよ乙女』(角川書店)

森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』(角川書店)


装画:中村佑介、装丁:高柳雅人(角川書店装丁室)


  前作(といっても今月の初めに読んだのだが)で、“森見京都3部作は完結”と感じたけれど、本書を読んでますますそう思えてきた。というのも、この作品は『太陽の塔』と全く同じ位置にあるからだ。一周回って同じ場所に還ってきたのである。ただし、『太陽の塔』とテーマが同じでも、よりディープに掘り下げられている(つまり空間的には上の位置だ)。

 5月:先斗町で開かれた先輩の結婚パーティーの後、 乙女は不思議な仲間と出会い、伝説の老人と飲み比べする
 8月:下鴨神社の糺の森で開催される青空古本市で、古本の権利をかけて過酷な我慢大会が開かれる
 11月:大学祭で繰り広げられる神出鬼没のゲリラ演劇の顛末
 12月:クリスマスの声を聞く頃、京都は悪質な風邪の病に蹂躙されるが、その根源は糺の森に潜んでいた

 さて、本書は上記4つのエピソードからなる長編である(『きつねのはなし』と同様のオムニバス形式でもある)。主人公(私)=先輩、新入生で酒豪かつ天真爛漫な乙女、そして既存の作品ではお馴染みのメンバーも登場する。実在の地名と実在の行事、店名まで実在で出てくるものの、とても“事実”が書いてあるようには読めない。現実の京都の風景を、まるで完全なファンタジーのように見せかけている。深夜の先斗町に忽然と出現する、3階建ての京福電車という奇怪なイメージにも驚かされる。『太陽の塔』では単なるストーカーだった主人公は、本書ではよりナンセンスの度合いを深めている。つまり、本書の原理に従う完全なファンタジー=純愛を成就する男として、かえって存在感を増しているのである。

bullet 大森望との対談(角川書店のサイト内)
 

2006/12/31

Amazon『ひとりっ子』(早川書房)

グレッグ・イーガン『ひとりっ子』(早川書房)
Singleton and other stories,2006(山岸真編・訳)

Cover Illustration:田中光、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。


 イーガンの短編集はこれまでに3冊が出ているが、すべて山岸真によるオリジナル短編集となっている。これは極めて異例というか、類例のない紹介のされ方だろう。ほぼ3年ごとに1冊が出ており、本書は2000年に出た『祈りの海』に続く年末の刊行になる。

 行動原理(1990):妻を殺された男は、ある“行動原理”を脳に植え付けるインプラントを買うが
 真心(1991):お互いの愛情を永遠に固定しようとした夫婦の行動
 ルミナス(1995):宇宙開闢以来、密かに隠されていたもう一つの数学体系が明らかになったとき(『90年代SF傑作選(下)』にも収録)
 決断者(1995):男が奪い取ったアイパッチは予想もしなかったものを見せてくれた
 ふたりの距離(1992):人間の頭脳を人工物にスイッチする時代、ある実験に参加したカップルたち
 オラクル(2000):別の時間線で、1人の数学者と神学者が論争する人工知能の実現性
 ひとりっ子(2002):多世界解釈で生じる無数の人生を、たった1つにできる人工知能を備えた娘の運命

 イーガンの踏み込んだテーマ、人間の“心の奥底に対する科学的解釈”は、化学作用と感情の関係といった狭い分野を超えて、量子論と人間の運命という、ある種宗教的な領域に近づいている。だからこそ、「オラクル」のようなお話が書かれるのだろう。表題作「ひとりっ子」も、人工知能と人間の区別がつかなくなりつつある未来に、生物的な子供ではなく(夫婦の遺伝子情報を使った)人工知能を子供にしようとする男女を描いている。ここまでは初期のイーガンと変わらないが、そこにあらゆる可能性 の“網羅がされない装置”があったら、という究極のアイデアを付け加えているのだ(多世界解釈が成り立つならば、確率的に起こりうることは全てどこかで起こっている。つまり“人生の選択”は意味がない)。
 日本では人気絶大なイーガンも、英米ではマイナーな存在だ。ここまで来ると、エンタメとして誰もが理解できる内容から離れつつあるかもしれない。

bullet 作品リスト(創元サイト内)
bullet 『祈りの海』評者のレビュー
bullet 『しあわせの理由』評者のレビュー
 

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