2006/5/7

Amazon『アトモフィフィア1』(早川書房) Amazon『アトモフィフィア2』(早川書房)

西島大介『アトモスフィア1,2』(早川書房)


Cover Direction & Illustration:西島大介、Cover Layout:岩郷重力+Y.S


 著者のJコレクション・コミックとしては、『凹村戦争』(2004)以来の2作目にあたる。
 主人公は、面白みのない男友達と付き合う毎日を送っている。そんなある日、帰宅するともう一人の自分がいる。主人公はその存在を赦すが、もう一人は彼女自身に取って代わろうとする。分身は、しかし謎の組織“守る会”によって撲殺されてしまう。会は彼女を巻き込んで組織を広げていく。分身が続々と現われるからだ。もう一人の自分たちは、さまざまな場面で彼女の目の前に出現する。
 ドッペルゲンガーといえば、先月の『銀の弦』を思い出す。物理的に重なり合う世界から、“よく似たもの”が滲みだしてくる感覚的な不気味さが、そのまま宇宙論に連なる点は本書でも同様だ。人の持つ根源的な恐怖感、少数対多数派という社会的テーマ、偽物と本物の等価性というSFテーマをあえて融合させ、しかも結末で情報的な相似まで暗示させた点がミソだろう。

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bullet 『凹村戦争』評者のレビュー

2006/5/14

Amazon『グリフォンの卵』(早川書房)

マイクル・スワンウィック『グリュフォンの卵』(早川書房)
Griffin's Egg and Other Stories,2006(小川隆・金子浩・幹遙子訳)

Cover Illustration:瀬戸羽方、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKS


 スワンウィックの日本オリジナル短編集。著者の翻訳は『大潮の道』(1991)が1993年に出て以来13年ぶりとなる。アメリカでの人気も高く、SFマガジンには毎年のように短編の翻訳が載っている。単行本が待たれていた作家だろう。

 ギヌンガガップ(1980):蜘蛛に似た異星人の元に物質転送機で送られた主人公は本物か偽物か
 クロウ(2000):時間線をさまようトリックスターの冒険
 犬はワンワンと言った(2001)*1:ヴィクトリア朝を思わせる未来の英国宮廷で陰謀を企む犬の貴族
 グリフォンの卵(1991):月基地で起こった大規模な破壊工作で大半の住人は正気を失うが
 世界の縁にて(1989)*2:世界の縁に沿った階段をひたすら下っていった10代の男女の見たもの
 スロー・ライフ(2002)*1:土星の衛星タイタンの海で主人公が出会ったもの
 ウォールデン・スリー(1981):軌道植民ステーションで行われた感情コントロールの顛末
 ティラノサウルスのスケルツォ(1999)*1:恐竜時代に設けられた観光ステーションで起こるタイムパラドクス
 死者の声(1998)*1:木星の衛星イオで死んだ友を曳いて帰還しようとする主人公が聞く声の正体
 時の軍勢(2003)*1:遠い未来から攻め寄せる非人類と近未来人との戦いの帰趨
  *1:ヒューゴー賞受賞、*2:シオドア・スタージョン記念賞
 
 10作中6作がヒューゴー賞、スタージョン記念賞受賞作(最優秀短編に贈られる賞)という、ベスト作品集になっている。著作数はデビュー以来26年で14冊と多くはないが、そのうち8冊がコレクション。どちらかといえば短編作家(80篇余)だろう。プロフェッショナルな賞よりも、一般読者からの投票で人気を得ているのだから、難しいお話は含まれていない。しかし、ソウヤーのような単純明快さはなく、本書でも、最後の3作はリドル・ストーリー風に結末をぼかした書き方になっている。『大潮の道』は、(舞台設定が)『ゴーメンガスト』のようだと思ったのだが、短編でもまず設定の面白さに魅かれる。ちょっと文学的な匂い(作者はニューウェーヴ世代)があって、ハードSF的でもある。

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2006/5/21

Amazon『ひなのころ』(中央公論新社)

粕谷知世『ひなのころ』(中央公論新社)


装画:小林万希子、装幀:中央公論新社デザイン室


 第13回日本ファンタジーノベル大賞を取って以来3作目にあたる。前作までが、南米を舞台にした文明や価値観の衝突をテーマとしていたのに比べると、今回は日本の地方都市での近過去(といっても、ここに書かれているのは1970-80年代である)で主人公が出会う、日常の不思議が描かれる。
 主人公は旧家に住んでいる。父親は夜勤で生活がすれ違い、母親は病弱な弟に掛かりきり、祖母は口うるさく厳しい。そんなある日、彼女は雛人形たちの会話を耳にし、10代で亡くなった叔母の姿を見ることができることに気がつく。
 お話は4歳の春、11歳の夏、15歳の秋、17歳の冬と幼少から青春期までの4つのエピソードから成り立っている。家庭内での疎外感から、超常的な声を聞く(超能力が芽生える)という設定だけならありがちだろうが、本書の主眼はむしろ家族と主人公との関係にある。幼いうちに理解できなかった、家族の絆を再認識していく過程と、超常的な視点との重なり合いが新鮮だ。とはいえ、後者の比重は低く、ファンタジイを期待した読者にはちょっと物足りないかもしれない。

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bullet 『クロニカ』評者のレビュー
bullet 『アマゾニア』評者のレビュー
 

 著者の最新短編集である。2000年から2006年1月(掲載誌発行日)までの30編が収められており、そのうち10編はショートショートという、最近では珍しい構成になっている(併せても原稿用紙430枚余で大部ではない)。
 著者の作品集に『にぎやかな未来』(1968)がある。著作としては9作目、ショートショートを中心とした41編を収めたもので、デビューから3年間の初期作集成といった位置付けで出たものだ。本書からは、その『にぎやかな未来』と似た印象を受ける。若々しく破天荒だった初期作と、熟成を極めた最新作にどういう共通点があるのか。収録短編「稲荷の紋三郎」に、京極夏彦との対談で予定調和の結末は不要と合意した(「SF Japan」2000年秋季号掲載の対談のこと)とあって、実際本書の多くはそのように書かれている。オチはなく、結末が見えたところで打ち切られてしまう。小説の結構を崩してまで見せる不安定感から、ユニークだった初期作が連想されるのだ。一見目新しさはなくても、本書の表題“壊れかた”につながるテーマになっている。

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bullet 『銀齢の果て』評者のレビュー

2006/5/28

Amazon『わたしを離さないで』(早川書房)

カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』(早川書房)
Never Let Me Go,2005(土屋政雄訳)

装画:民野宏之、装幀:坂川栄治+田中久子(坂川事務所)


 単独の著作としてはデビュー23年にして6作目、その間にブッカー賞を含む16もの受賞(下記サイト)があるという、寡作で天才肌の作家である。本書も、昨年出たばかりなのに、タイムのオールタイムベスト100(ちなみに、純粋なSFからはスティーヴンスン『スノウ・クラッシュ』、ギブスン『ニューロマンサー』、ディック『ユービック』等が入っている)に選ばれるなど、各方面から絶賛を浴びた話題作。
 英国のヘールシャムに寄宿制の学校がある。男女の生徒たちは閉ざされた学園の中で、幼い頃から思春期まで一貫して育てられる。不思議なことに彼らには苗字がない。決められたイニシャルが与えられているだけ。そして、“提供者”となる自分たちの運命を知っている。
 この寄宿生たちがどのような存在かは、SFファンでなくとも気がつく。しかし、これは理不尽な社会に対する反抗や革命の物語ではない。強固に制度化された社会では(社会それ自体が自壊しない限り)、組み込まれた人間側から制度を踏み外そうという意思は生まれてこない(マーガレット・アトウッド『侍女の物語』(1985)を思わせる)。たとえば我々の社会でも、ただのルールであるはずの法を破るのは、一部の少数者だけである。だから、本書の主人公たちも、どこか閉塞感を感じ追詰められながら、枠組みの中で苦しみあがくだけである。本書は、ふつうの“学園もの+卒業生のその後”のように書かれている。舞台はとてもありえない、残酷な未来社会(あるいは、並行世界の現代)なのだが、そんな社会であっても彼らにはそれが守るべき規範なのである。


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