2006/9/2

Amazon『ニュートンズ・ウェイク』(早川書房)

ケン・マクラウド『ニュートンズ・ウェイク』(早川書房)
Newton's Wake,2004(嶋田洋一訳)

Cover Illustration:Lee Gibbons、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。


 またも登場、英国ニュー・スペース・オペラの長編である。8月のアレステア・レナルズ、7月のチャールズ・ストロスに続く作品だ。何となく似たような印象を受けるのは、シンギュラリティ(特異点)、人格のダウンロードとバックアップ、かつて隔絶された人類文明圏、特異な文明社会と、共通する設定が多いためでもある(英国SF界の狭いコミュニティの中だから、という事情もあるだろう)。
 AIの急激な進化に起因する“強制昇天”により、人類の多数が失われる。それから300年が過ぎ、生き残った人類は、宇宙の農夫アメリカ・オフライン(AO)、ストイックなインド・中国・日本文明から成る啓蒙騎士団(KE)、主体思想を信奉する共産主義者(DK)、星間をつなぐワームホール・ゲートの商人カーライル一族に別れて、互いを牽制しあいながら勢力を伸ばしていた。そこに、孤立した人類文明が再発見される。
 さて、マクラウドの特徴は“政治性”にあるといわれる。見ての通り、登場する各文明は現代社会のカリカチュアなのであるが、偏在する共産主義(主体思想は金日成の思想)が1つの味付けとなって、お話にちりばめられているからだ。お話は、復活したフォーク・シンガーまでを交え、諸世界を巻き込んだゲートを巡る攻防へと展開していく。
 ちょっと物足りないのは、これら英国作家たちの作品が、ガジェットの新鮮さを除けば、結局のところ“スペース・オペラ”の範疇を超えない点だろう。

bullet 著者インタビュー等を収めたサイト
bullet 著者のblog
 

2006/9/10

Amazon『文学賞メッタ斬り! リターンズ』(PARCO出版)

大森望・豊崎由美『文学賞メッタ斬り! リターンズ』(PARCO出版)


装画:天命屋尚、ブックデザイン:鈴木成一デザイン室


 芥川賞や直木賞は、賞自体が一大イベントである。小説を読まない人でも、名前くらいは(報道されるから)知っている。前著『メッタ斬り!』(2004)は、選考委員や選考過程までをエンタメ風イベントとして描くことで、一般大衆(関係者以外)にその面白さを伝えた功績が大きい。さて、本書は2年後のフォロー版。
 新聞記事では対立したように書かれた島田雅彦と鼎談、04〜06年の選考過程、芥川・直木賞予想対談、30歳以下新人作家では誰が注目か、最後は(ワルノリ)サッカー・ワールドカップ方式「文学賞メッタ斬り!」大賞。
 内容を見ると、Webやトークショーの内容が収録されているなど、前作に比べて項目としての新鮮さは少ない。各賞の受賞作が分かるし、内容も(ある程度は)分かるので、むしろ年鑑的な意味がある。本書の評価がどれくらい確からしいのか知りたい人は、巻末の採点表を見たほうがいいだろう。全部の文学賞受賞作ごとに付けられた「採点表」は、本来の読者ガイドに加えて、メッタ斬り的評価基準を「定量的」に表しているからだ。ちなみに、大森(95作)、豊崎(59作)の採点結果は下記の通り。大森の最高得点(75点)は、2004年谷崎賞の堀江敏幸『雪沼とその周辺』(新潮社)、豊崎の最高得点(92点)は、2005年谷崎賞の町田康『告白』(中央公論新社)である。

bullet 『文学賞メッタ斬り!』評者のレビュー
bullet 日経のメッタ斬りサイト
 

Amazon『進化論』(光文社)

井上雅彦監修『進化論』(光文社)


cover art:江本創、カバーデザイン:泉沢光雄


 異形コレクションの通巻36冊目にあたる。このアンソロジーは第19回日本SF大賞(1998)を受賞し、SF作家も多くが寄稿している。ただし、内容的にはやはりホラー色が強く、SF的テーマは少なかった。本書は久々のSFテーマでもあり、半数程度はSFなのでその部分を紹介する。他にもファンタジー色の強い西崎憲、竹本健治、平山夢明や、ホラーの牧野修など10作が収められている。

 藤崎慎吾「神の右手」:光学異性体からできた生命を追って、深海底に乗り込んだ科学者が出会うもの
 上田早夕里「魚舟・獣舟」:水没した未来の地球、異形の兄弟との再会を果した幼なじみが起こす行動
 平谷美樹「量子感染」:遺伝子に致命的な変容を起こす装置を武器に、テロリストたちの目指すものとは
 八杉将司「娘の望み」:言葉を話せない娘は、父親の近づけないコミュニケーション手段を持っていた
 谷口裕貴「貂の女伯爵、万年城を攻略す」:動物の知能が増し人類が奴隷に堕ちた遠未来、動物同士の抗争が勃発する
 野尻抱介「楽園の杭」:未知の恒星系で発見された地球型惑星には、軌道エレベータらしきものがあったが
 堀晃「逆行進化」:開発の進む密林の奥地で発見された、生命の有り様とは
 梶尾真治「おもかげレガシー」:他人の記憶を共有してしまう能力を持った少女が、出会った一人の老人

 中では、アイデアの平谷美樹と、設定の谷口裕貴や上田早夕里が面白い。監修者が述べているように、堀晃は(アンソロジイの性格を意識したのか)怪談風に書いている。藤崎慎吾も、短編のスタイルとしては怪談だろう。野尻抱介だけは、トラディショナルなSF短編といえる。

bullet 異形コレクションの紹介サイト(2001年当時)
bullet 『恐怖症』評者のレビュー
 

2006/9/17

Amazon『月光とアムネジア』(早川書房)

牧野修『月光とアムネジア』(早川書房)


カバーイラスト:ヒロモト森一、カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン


 冥界の川レーテは、過去を忘れ去る忘却の川である。日本と似てはいるが奇妙にゆがんだ某世界。不定期に現われる<レーテ>現象のため、ゾーン(愚空間)内の人間は3時間ごとに記憶を抹消されてしまう。しかし、直径数キロの忘却地帯に、重要な殺人犯が逃げ込んだ。警察は特殊部隊を結成して犯人を追うが、そこで一人の少女と遭遇する。
 解説の風野春樹によると、牧野修は「精神病理学」小説を体現する作家であるらしい。言葉の魔性を伝える作家は、SF界ではかんべむさし、神林長平らが先駆者として存在する。彼らは、言葉自体を異化していく結果として、ついには理解不能の領域に達することを示唆してきた。誰も理解できない言葉は、精神を病んだ人たちの言葉 (電波語)と似ている。現代の病理学では、電波語は(脳の疾患という病気の)単なる結果でしかなく、つまり意味を追求する価値もない。けれど、もしそこに意味があったとしたら、牧野の描く異界/陥穽が開く可能性がある。
 本書は、設定の奇怪さと殺人者の正体、警察内の陰謀が絡み合う展開となる。著者特有の不幸ネタも健在(幸せな人は気分が悪くなります)。ただ、今回は予測された結末を超える内容ではなかった。

bullet 『蝿の女』評者のレビュー
bullet 風野解説を巡る「精神病理学」の意味
コメント欄を参照
 

Amazon『天涯の砦』(早川書房)

小川一水『天涯の砦』(早川書房)


Cover Illustration:撫荒武吉、Cover Direction & Design:岩郷重力+Y.S


 (古すぎますが)ジョン・W・キャンベル『月は地獄だ!』(1950)のようなサバイバル小説か、災害救助SFのアーサー・C・クラーク『渇きの海』(1961)かと思ったが、ちょっと違った。
 日本の軌道ステーション<望天>は、地球と月とを結ぶ往還宇宙船の中継基地で、観光施設もかねる大規模な拠点である。そこで重大な事故が発生する。擬似重力を発生するリング部と回転軸との接続が破壊される。多数の観光客や乗組員もろとも、リングはばらばらに分解されてしまうのだ。その1つの破片(表紙のイラスト)に10名が生き残っていた。
 両親と生き別れた幼い兄妹、堕ちこぼれの乗務員、目的を無くした元オペレータ、汚名を負った医師、世間知らずのティーンエイジャーたち3人、そしてコックピットと機関室に1人づつ。彼らの間は気密の破れた空間によって隔てられている。救助隊は生存者を優先するが、それを知らせる通信手段はない。いかにして生き残るか、漂流を食い止める手段はあるのか。
 これだけならピュアなサバイバル小説だが、ミステリ風の一捻りや、近未来の政治情勢(新機軸?)まで背景には見えて奥行きがある。設定は精密でクラークを思わせる。という結果から、やはり評価のポイントは結末になる。伏線の回収は完璧なのに不自然な感じが残るのは、例えばティーンエイジャーの心境の変化や、生存者たちのその後が楽観的過ぎるからだろう。

bullet 著者のblog
bullet 『老ヴォールの惑星』評者のレビュー
 

2006/9/24

Amazon『遺す言葉、その他の短編』(早川書房)

アイリーン・ガン『遺す言葉、その他の短編』(早川書房)
Stables Strategies and Others,2004(幹遙子訳)

装画:七戸優、Book Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。


 1978年に最初の短編を売って以来、26年目にして初の短編集を出版(本書)。それだけなら単なる超寡作な作家だが、著者の場合クラリオン・ワークショップ(ウェスト)での作家養成にかかわる活動や、アヴラム・デイヴィッドスンの研究者、マニアックな雑誌の編集者として知られており、プロ作家たちからの信望が厚い。そういうローカルな有名人なので、作品を通してしか知らない我々にとって、知名度が低いのはやむを得まい。

 中間管理職への出世戦略(1988):会社で出世するために遺伝子改変を受けた主人公の変容
 アメリカ国民の皆さん(1991):ニクソンがコメディアンになった並行世界のアメリカ
 コンピュータ・フレンドリー(1989):子供たちを選別するプログラムの秘密を知った少女
 ソックス物語(1989):片方のソックスが自分の魂の一部だったら
 遺す言葉*:父親の遺品である膨大な書物の部屋で、娘は見知らぬ少年を目にするが
 ライカンと岩(1991):コイのような目をした生き物に支配された世界
 コンタクト(1981):廃墟を目指して飛来する鳥型の異星人と、一人の男との出会い
 スロポ日和(1978):奇妙な宇宙人たちが地球を調査している理由
 イデオロギー的に中立公正なフルーツ・クリスプ(1991):思想信条を考慮に入れた料理の方法
 春の悪夢(1983):冬の湖の奥底に潜んでいる何者か(ホラー短編)
 ニルヴァーナ・ハイ*(レズリー・ホワットとの共著):超能力を持った生徒たちが通う学校のできごと
 緑の炎(1999):フィラデルフィア実験に関わったアシモフ、ハインラインが遭遇する恐るべき事件とは
 *:未発表作品

 この中では、「中間管理職…」の不気味な変容、「遺す言葉」の哀感がベストか。「緑の炎」はリレー小説(マイクル・スワンウィック、パット・マーフィー、アンディ・ダンカンとの共著)で趣向は面白いが、この形式でお遊び以上の作品は難しい。全般的に、ユーモアに満ちた文章で書かれている。30年来の“成果の集大成”といった大上段なものはなく、印象はずいぶんソフトだ。

bullet 著者の公式サイト
インタビュー記事(Locus誌)
bullet 著者の編集するWebマガジンThe Infinite Matrix
 

Back to Home Back to Index