2007/2/4

Amazon『アイアン・サンライズ』(早川書房)

チャールズ・ストロス『アイアン・サンライズ』(早川書房)
Iron Sunrise,2004(金子浩訳)

Cover Illustration:Fred Gambino、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 昨年出た『シンギュラリティ・スカイ』の続編にあたる作品。著者ストロス(43歳)の作品は、アレステア・レナルズ(53歳)やケン・マクラウド(41歳)ら、英国系ニュー・スペースオペラの諸作の中では、たぶん最も読みやすい部類に入る。
 辺境の小国家だったモスコウの主星が超新星爆発を起こし、2億人の住人とともに惑星系ごと消滅する。しかし、それは自然現象ではなく、人為的なテロ攻撃だった。何者がそれを引き起こしたのか。一方、モスコウの報復兵器が、仮想敵に向かって発進するが、命令を解除しない限り無辜の数億人が犠牲になる。それを止められるキーを握るのは、一人の少女。豪華観光宇宙船を舞台に、謎の暗殺者、全体主義国家のエージェント、国連査察官(前作でも登場)が入り乱れての駆け引きが行われる。
 説明抜きに大量のガジェット(SF的道具立て/架空の専門用語)を投入するニュー・スペースオペラ・スタイルは踏襲されているものの、本書の筋立ては極めてシンプルである。そもそも、このスタイルを成立させるためには、読者がSF用語を違和感なく受け入れられる(少なくともコアなSFファンである)という前提が必要だ。ただ、登場するSF小道具/設定(太陽破壊兵器、人類を凌駕する人工知能、人間を操り人形とする技術)は、SF映画やアニメ文化に親しんでさえいればそれほど奇異には感じない。コアであるほど、かえって一般的と言い換えることもできる。お話自体に複雑な仕掛けはないので、誰が読んでもそこそこ楽しめるだろう。分厚さも手ごろ。

bullet 著者のblog
bullet 『シンギュラリティ・スカイ』評者のレビュー
 

2007/2/11

Amazon『失われた町』(集英社)

三崎亜記『失われた町』(集英社)


装画:野田あい、装丁:大久保伸子

 一昨年来(本書を含め)直木賞候補に挙げられたり、映画化(『となり町戦争』)されるなど話題を呼んだ著者の第2長編(06年11月刊)。
 月ヶ瀬の町が消滅する。建物は残されているのだが、住民が一切失われてしまうのだ。いつ起こるとも知れず、各所で消滅が起こっている。それを防ぐ手段はただ一つ、町の記録を一切除去することである。情報を全て消し去らなければ、消滅が再発する。リアルな記録が消え去ることで、消滅汚染は防止できると信じられている。
 説明抜きの不条理小説だったデビュー作とは異なり、本書には異常な世界なりの設定がある。不定期に失われる町の住人、汚染拡大を防止する政府の部局、消滅耐性という特殊な能力を持つ人々の葛藤や、失われる(街や住人の)記憶に対する渇望など、読みどころは多い。
 さて、本書の舞台は日本のようで今現在の日本ではない。町の中央には、(目的の定かではない)高射砲塔が立ち、汚染防止を名目とした強権を持つ管理局が暗躍する。リアルですらない設定もあって、人格だけでなく文字通り心と体を分離させる人々がいたりする(エピソードの中で、分離した片方が町の消失で失われたらどうなるか、という使われ方をする)。失われる町の住人は消滅の徴に気づくが、外部に知らせることができない(町が妨害する)。人が消えることより、超自然的で不可思議な現象と思える。「時間順序保護仮説(41頁参照)」に似た「人間消失保護規則」があるかのようだ。確かに、現象を人間側だけに止めず、物理世界にまで拡張した作者の野心的試みは評価できる。しかし、SF読者から物足りないと指摘される理由は、その部分が感覚的なままで“(全体を統べる)世界観”に至っていない点だろう。同じ人間消滅を扱っても、例えば小松左京「お召し」にはそれがあるからだ。

bullet 著者インタビュー
bullet 『となり町戦争』評者のレビュー
  

2007/2/18

Amazon『僕僕先生』(新潮社) Amazon『闇鏡』(新潮社)

仁木英之『僕僕先生』(新潮社)
装画:三木謙次、装幀:新潮社装幀室


堀川アサコ『闇鏡』(新潮社)
装幀:新潮社装幀室

 どちらも昨年11月に出た、ファンタジーノベル大賞受賞作(『僕僕先生』)と優秀賞受賞作品(『闇鏡』)である。

 『僕僕先生』:中国は唐の時代、楊貴妃に溺れる以前の玄宗皇帝の治世は、儒教に基づく合理的な施策で全盛期を迎えようとしている。そんな時、大陸東部の淮水に近い穀倉地帯の村に一人の仙人が現れる。引退した役人の息子で職にも付かずぐうたらしていた(ニートの)青年は、偶然その仙人に弟子入りすることになる。変幻自在の姿をとる仙人は、彼の眼にはお転婆な美少女に映るのだが。

 『闇鏡』:南北朝終焉後の室町時代初期、京の都には新興幕府の侍に対抗して、朝廷の警察機構である検非違使たちも活動していた。ある日彼らの前で、廓一の遊女が首を切り落され殺されるという、凄惨な殺人事件が発生する。しかも、有力な容疑者だった女は半月も前に亡くなっていた。

 前者は、酒見賢一『後宮小説』(1989)以来、ファンタジーノベル大賞受賞作では17年ぶりとなった中国ファンタジイである。ユーモアを感じさせる作風で、ファンタジイとして馴染みやすい。無職の青年と美少女仙人とのプラトニックな関係は今風でもあり、個性の薄い主人公に対する感情移入を誘うポイントとなっている。ただし、緊迫感はないので、波乱万丈を求める読者には向かない。
 後者は、室町時代の検非違使を江戸の岡っ引き風に描いたもの。妖異が日常だった平安時代ものとはちょっと違って、事件の真相をミステリタッチで描きだしている。文章は室町を感じさせる重厚なもの。気になるのは、表現の重さと物語の内容や事件の真相がアンバランスな点だろう。

bullet 第18回日本ファンタジーノベル大賞のサイト
bullet 著者のblog(仁木英之)
bullet 著者の記事(堀川アサコ)
  

2007/2/25

Amazon『マルドゥック・ヴェロシティ1』(早川書房) Amazon『マルドゥック・ヴェロシティ2』(早川書房) Amazon『マルドゥック・ヴェロシティ3』(早川書房)

冲方丁『マルドゥック・ヴェロシティ1・2・3』(早川書房)
Cover Direction & Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。
Cover Illustration:寺田克也

 昨年11月に3分冊が週刊で刊行された、日本SF大賞『マルドゥク・スクランブル』(2003)の前日譚。

 戦争のために開発された兵士たちは、平和な時代にはそぐわない存在だった。彼らはある種のサイボーグだったが、研究施設とともに封印されようとする寸前に、大都市の犯罪から証人を守るため、超法規的組織マルドゥク・スクランブル09として活動を認可される。おりしも、マルドゥク市では財閥企業、法曹界、政治組織の暗闘が巻き起こっていた。そして彼らと同等の力を持つ恐るべき敵が立塞がる。残虐な拷問や殺戮の裏に秘められた真相とは何か。

 『スクランブル』で登場する知能を持つ変幻自在のネズミ・ウフコックと、やがて敵となるボイルドが本書の中ではペアとして活躍する。事件が進展する中でボイルドは暗黒面へと堕ちていく。仲間を残らず失っていった本書の凄惨な戦いの帰結としては、それもやむを得ないのかもしれない。
 前作もそうだが、本書で描かれた世界は極めて人工的なものだ。作者が独自の設定を設け、同じように独自の人間関係から、人のあり方に対する規範を提示している。文体も特殊で、アクションシーンをスナップショットのように切り取ることで(断片的に)表現する。その“特殊性”をどう見るかが評価の基準となるだろう。

bullet 『マルドゥク・スクランブル』評者のレビュー
bullet 著者の公式サイト(4年前に比べて“普通”のサイトになっている)
  

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