2007/7/1

Amazon『鯨の王』(文藝春秋)

藤崎慎吾『鯨の王』(文藝春秋)


装幀:関口信介、装画:刈谷太

 大作『ハイドゥナン』が刊行されたのが2005年7月だから、2年ぶりの長編ということになる。ただし、2005年1月から2006年11月まで雑誌連載(別冊文藝春秋)されていたものなので、『ハイドゥナン』と同時期の作品である。

 潜行中のアメリカ海軍原子力潜水艦が原因不明の“攻撃”を受ける。多数の犠牲者を出しながら辛うじて脱出した潜水艦は、正体不明の物体に取り巻かれていた。一方、日本の鯨類学者は、小笠原沖4000メートルの深海底で巨大な鯨の骨を確認する。やがて、北マリアナ諸島の熱水孔付近に設けられた海底資源探査基地で、群れを成す未知の鯨たちが発見される。
 
 家族から見放されている大酒飲みの鯨類学者、母親を海でなくした民間潜水船女性パイロット、思い込みの激しい謎のテロリスト、弟を失い復讐を誓う米海軍の艦長、海底基地で鯨の動きを追う科学者と、未知の鯨(ダイマッコウ)を巡る人物も明快に描き分けられている。テロリストや企業、軍隊の動きはちょっと類型的だが、目的が“鯨”に絞られているのだから許容範囲といえるだろう。深海底海洋動物とのファースト・コンタクト小説といった趣。

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2007/7/8

Amazon『虐殺器官』(早川書房)

伊藤計劃『虐殺器官』(早川書房)


Cover Illustration:佐伯経多&新問大悟、Cover Direction & Design:岩郷重力+Y.S

 『Self-Reference ENGINE』と並ぶ、もう1つの小松左京賞最終候補作。

 世界中でテロが蔓延している。第3世界に巻き起こった大量虐殺の連鎖は、とどまるところを知らず拡大を続けている。主人公は米国情報軍の特殊部隊に所属する。彼の任務は、虐殺行為の首謀者/各国の要人を暗殺することだ。しかし、その途上で奇妙な人物が浮かび上がる。要人の傍らには必ず一人の米国人が控えている。無害なポジションにあるように見えて、その男は複数回の襲撃を逃れ、常に紛争国に姿を現すのだ。
 
 「9.11をリニアに敷衍した悪夢の近未来社会」であり、小松左京の理念とは異なるという理由から受賞は逃したのだが、本書の完成度は予想したよりも高かった(感覚的な印象だが、発足当初から日本SF新人賞より小松左京賞の作品の方が小説的な錬度は上だった)。圧倒的な火力と情報力で、幼少兵からなる途上国の軍隊を蹂躙して任務を遂行する米兵は、まさに今の対テロ戦争そのもの。その上“虐殺器官”というネタ=表題になっていながら、読者を飽かさずに読ませる。曖昧な結末はなく、SF的な解決も書かれている。本書は、最近復刊された川又千秋の長編を、現代に語り直した内容とも言える。

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2007/7/15

Amazon『ゴーレム100』(国書刊行会)

アルフレッド・ベスター『ゴーレム100』(国書刊行会)
GOLEM 100,1980(渡辺佐智江訳)

装訂:下田法晴+大西裕二(s.f.d)

 ベスターの経歴や短編については3年前に出た『願い星、叶い星』に詳しいが、そもそも傑作『虎よ、虎よ!』(1956)以降の長編について正当な評価が下されたことはない。20年ぶりの長編第3作『コンピュータ・コネクション』(1975)がサンリオ文庫(野口幸夫訳)で翻訳されたのが1980年、ちょうど同じ年に出たのが第4作となる本書『ゴーレム100』(ゴーレム100乗と読む)である。

 22世紀、悪魔を召喚しようとした蜜蜂レディ(資産家の女たち)のもとに百手の怪物ゴーレムが降臨する。折しも再構築されたニューヨーク地帯では不可解な残虐殺人が繰り返されていた。有力な容疑者は香水企業に勤める調香師。容疑者を追う精神医(精神工学者)と警察の追求の中で、怪物の意外な正体が明らかになるが、それは精神の奥底ファズマ界にまで至る追跡を必要とする。
 
 山形浩生が珍しく褒めているので騙される人も(ネットを眺め渡すと)多そうだが、もともと本書を傑作だと持ち上げる論者は少ない。実際、ガラクタのように撒き散らされたタイポグラフィやイラストレーションは悪趣味なままだし、お話も猥雑の域を出ない(翻訳が超絶だという点は認める)。とはいえ、本能で書いているようで、実は計算されているのがベスターの特徴だから、大半は意識して書かれたものだろう。とするとその意図は何かだが、従来のSF的規範を離れ、自身の文藝的趣味を(いささか無責任に)横溢させた本といえるのではないか。当然、SFの読者からは理解されず、文学の読者には知られないままだった。今、原文の雰囲気のまま蘇った本書を誰が読むべきかは、相変わらず不確かではあるが。

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2007/7/22

Amazon『夜は一緒に散歩しよ』(メディアファクトリー) Amazon『七面坂心中』(メディアファクトリー)

黒史郎『夜は一緒に散歩しよ』(メディアファクトリー)
カバー撮影:高橋和海、題字:鈴木圭一、ブックデザイン:鈴木成一デザイン室

水沫流人『七面坂心中』(メディアファクトリー)
装画:最上佐知子、ブックデザイン:日下潤一+長田年伸、デジタル印字:飯塚隆士

 『幽』はメディアファクトリーが発行する“怪談”雑誌である。この怪談というのが微妙で、純粋なフィクションを狙うホラーとは異なり、半分ノンフィクションである点がミソだ。それも、歴史的な民間伝承だけではなく、今ある体験実話(幽霊目撃談など)までが範疇に含まれるのだから、オカルトとも被る一面がある。ニセ科学以前の問題として、幽霊の存在を信じている人は一定数以上必ずいる。そういった根源的なオカルト嗜好は人間の本質(心の問題)とも関係しているため、明らかにフィクションとして書かれる怪談であっても、読者はリアリティを感じとれるのである。今回紹介する2冊は『幽』主催の第1回怪談文学賞・長編部門の受賞作と優秀賞受賞作である。

 受賞作『夜は…』は、幼稚園に通う一人の少女にまつわる物語。少女は母を亡くし、ホラー作家の父親と二人暮らしをしている。しかし、少女は常軌を逸する執拗さで、不気味な顔を描き続けるようになる。青白いその顔は死んだ母親のようでもあったが、やがてその絵を巡って自殺者が続出する。
 優秀賞『七面坂…』は、会社をリストラされた青年が体験する奇妙な体験を描いたもの。売春クラブでチラシ配りをしていた青年は、クラブの女の子に魅かれている。ある日、マンションの管理人から暴行を受けて逃出した彼は、墓場で燃え上がる塔の幻覚を見ることになる。それは過去にあった心中事件の再演だった。

 少女の異常さを描く受賞作(作者は33歳)は、冒頭から暗いイメージで占められている。小説としてみた場合、不幸から不幸の理由の判明に至る展開なので、やや単調な印象を受ける。一方、優秀賞の作者は50歳で、泉鏡花に影響を受けたといういかにも怪談風の文体だ(現代を舞台にしながら、まるで明治のような雰囲気が出ている)。お話はファンタジイ混じりの展開となり、混沌とした印象を残す(ここがマイナスと見られたのだろう)。残念ながら、この2作でホラー/ファンタジイと怪談との明確な差異が見えるところまでは行かない。ちょっとした嘘(フィクション)に対しても不寛容になった現代人にとって、“怪談の存在価値”とは何かを注目したいところだ。

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2007/7/29

Amazon『スペースプローブ』(早川書房)

機本伸司『スペースプローブ』(早川書房)


Cover Illustration:緒方剛志、Cover Direction & Design:岩郷重力+Y.S

 機本伸司の長編としては、2年前に出た『僕たちの終末』以来になる。今回のテーマは“神”の探索。

 2031年、日本は初の有人飛行による月面着陸を目指していた。しかし、本来の目的とは裏腹に宇宙開発は実利的な民間委託に動きつつあり、将来の展望は全く拓けていなかった。そんな中で、無人彗星探査機が奇妙なメッセージを残して消息を絶つ。同じ頃、半径50万キロで地球を回る未知の存在から、ニュートリノ通信らしきものが観測される。しかも、その存在と彗星の軌道は交わるのだ。彗星は4000年前に地球に近づいたことがある。月着陸のクルーたちは目的地を変えようと画策するが。
 
 前作は「企画部署」の物語だった。本書は現場担当者(宇宙飛行士)が主人公になる。破格なのは、お話の大半が彼らのカラオケボックスでの会話で進むことだろう。未知の存在(宇宙人か神か)とのファーストコンタクトであるはずなのに、国家規模のプロジェクトにはならず、宇宙人/神の視点もなく、ひたすら個人的な葛藤が描かれる。ただ、今の日本が世界で通用するのは、組織力ではなく個人のすり合わせ技能によるものだから、本書のような展開がリアルなのかも知れない。とはいえ、結末の解決法はちょっと他力本願過ぎるのでは。

bullet 『僕たちの終末』評者のレビュー