2007/9/2

 日本SF作家クラブが2003年に40周年を迎え、来年になれば『世界SF全集』も同じく40周年になる。「SFマガジン」創刊、作家クラブ創設、SF全集刊行開始という歳月は、長かったように思えるが実際は10年経っていない。だから、今になってみると、これらは“幼年期”という一くくりの過去に収められてしまう。

 本書は、SF全集の月報を単純に寄せ集めたものではない。月報は全巻に付属していたので、全35巻×3人づつ収録されたエッセイ(SF情報的なコラムは、伊藤典夫や福島正実が複数書いている)から34編を抜粋し、内容に応じて再編集したものである。大別すれば、SFについて(SF論や個人的なSFに対する姿勢)、作家論(作家との人間関係や作品論)、海外SFの状況(当時の英米独仏、ポーランド、ソ連)に分類されている。SF論や未来論ではミステリ作家による論及が面白いが、まだSF論が成熟する前の時代なのでプリミティヴな論議が多い。状況論は、当時の事情を知る資料的な価値があるものの、このエッセイだけで何かが分かるわけではない。その後翻訳された作品についての注釈もないからだ。

 それでは、何に一番価値があるかというと、やはり作家のエッセイになる。SF作家にならなかったらという不安を書いた筒井康隆や、自分の中にあるSFの表現を反芻する眉村卓、自身のSF観を淡々と述べる光瀬龍、独自の人類公害説を主張する平井和正、自虐的表題ながら小説の芸を極めたいと表明する半村良らは、後の活動に対するある種の決意表明のようにエッセイを綴っている。それに比べて今書かれた、森優(福島正実から全集の編集を引き継いだ2代目編集長)の序文、石川喬司のあとがきが(今日的意義を書くのではなく)懐旧で占められているのは、年齢(71歳、76歳)に依存する立ち位置のせいかも知れない。

bullet SF幼年期の、終わりに
2007年10月に放映予定のNHK特集で日本SF40周年がとりあげられる。ここはそのプロデューサのblogだが、実に詳細なレポートが挙がっていて、本書と併せ読むのに最適だろう。
bullet 評者の関連記事
 


2007/9/9

Amazon『株式会社ハピネス計画』(小学館)

平山瑞穂『株式会社ハピネス計画』(小学館)


装画:大槻香奈、装幀:セキネシンイチ制作室

 本書は8月に出た著者の5冊目の著作にあたる。2作目以降ファンタジイ色を薄めてきた関係で、本欄では採り上げてこなかったが、本書は「『ラス・マンチャス通信』のテイストを意識的に採り入れたつもり」(著者)とあるので読んでみた。

 リストラされ故郷に帰ってきた主人公は、ロックスターになり成功したと称する中学時代の同級生と出会う。同級生は詐欺まがいの訪問販売会社「パピネス計画」の社長に納まっており、彼を社員に雇うと、おかしな仕事(愛人の世話や通販の苦情係)を与える。しかし、主人公の前にはもう一人のクラスメートだった女性の姿が見え隠れし始める。夢なのか現実なのか定かではない逢瀬の果てに、やがて真実が明らかになる。

 本書で幻想味が色濃いのは、中学時代いじめの対象だった女性と、それに無関心だった主人公のストイックな恋愛関係(夢の中でのデート)を描写した部分だろう。その一方、「幸運を売る」というチープな零細企業の詐欺商法と、取り巻く怪しげな人物たちの騒動がどうしようもない(しかしユーモラスな)現実として描かれる。『ラス・マンチャス』と同様に最後は幻想が現実に収斂して終わるが、ダークなイメージがほとんどなく青春の思い出といった雰囲気が残るのは、著者の最近の傾向と一致するものなのだろう。ディープなファンタジイを求めると、ちょっと違うかもしれない。

bullet 著者の表blog
bullet 『ラス・マンチャス通信』評者のレビュー
bullet 『忘れないと誓ったぼくがいた』評者のレビュー
 


2007/9/16

Amazon『悪魔の薔薇』(河出書房新社)

タニス・リー『悪魔の薔薇』(河出書房新社)
The Devil's Rose and other stories,2007(安野玲、市田泉訳)

カバー装画:松尾たいこ、シリーズ造本設計:阿倍聡、ブック・デザイン:祖父江慎+安藤智良(コズフィッシュ)

 最近長編シリーズの翻訳が多く、人気もあるタニス・リーの日本オリジナル短編集である(中村融編)。

 「別離」(1983):後継者の若者を探す、吸血鬼の侍従が抱える苦悩と解放
 「悪魔の薔薇」(1988):田舎駅に偶然降り立った男は礼拝堂から出てくる一人の娘を篭絡しようとする
 「彼女は三(死の女神)」(1983):幼いころ現われた幻の少女が、貧乏な芸術家となった主人公の前に再び見える
 「美女は野獣」(1986):反逆者が占拠した都に独裁者を倒そうとする女が忍び込む
 「魔女のふたりの恋人」(1979):太陽と影の2人の騎士を見初めた女は、思わず嘘を口にする
 「黄金変成」(1986):辺境の小さな都市に隊商の一行が訪れる。都市の王は黄金を生み出すという隊商の娘を娶る
 「愚者、悪者、やさしい賢人」(1988):バグダッドの貴人に死神が訪れた後、3人の兄弟は奇妙な運命に翻弄される
 「蜃気楼と女呪者」(1982):辺鄙な町にある女呪者の館で、呪いを解く戦いが巻き起こる
 「青い壷の幽霊」(1983):魔道師の元で物売りが語る、魂を閉じ込めた青い壷の話の顛末

 編者の考え方もあり、主に中篇クラスの粒がそろった80年代作で、かつ“SF以外”の作品を選択した中・短編集となってる。ダークだが血みどろではない、絢爛豪華で退廃的だが乾いていてウエットさがないなど、タニス・リーの特長が良く出ている。ほとんど現実とはリンクがなく、寓話的な教訓すらファンタジイとなっているのが、この作家の面白いところだろう。

bullet 『バインティング・ザ・サン』評者のレビュー
 


2007/9/23

Amazon『海神記(上)』(光文社) Amazon『海神記(下)』(光文社)

諸星大二郎『海神記(上下)』(光文社)


企画・ディレクション・コンセプトデザイン:高橋聡、装丁・デザイン:竹村久司

 本書が「週刊ヤングジャンプ」に連載されたのが1981年、「月刊コミックトム」に連載されたのが1990年から91年だった(ちなみに「コミックトム」は1998年に、その後継誌「コミックトムプラス」も2001年に休刊している)。本書は、以前に刊行された3巻本(1992-94)を再編集したもので、物語は未完のままである(当面完結の見込みもない)。

 邪馬台国が滅び大和朝廷が成立する前の4世紀後半、現在の九州に起こった天変地異(度重なる噴火と大津波)により故郷を追われた海人たちは北に向かって移動を始める。しかし、北には無数の国々が既にあり、大移動は即ち争いの火種となった。しかし、彼らには海童(わだつみ)と呼ばれる救世主がいた。ある日海を漂う小舟とともに現れたその少年は、聖なる剣「七枝刀」を手に行く手の神々を次々と打ち破っていく。

 邪馬台国前後の時代は、記紀神話以前の時代であるためか、想像力に負うところが大きい。先進地域だった朝鮮半島からの移住者と、呪術的性格を残す原始の日本人(彼らも南方系などの移民だった)との対立も、文字を持たない文化であるが故に文書として裏付けがない。諸星大二郎の諸作は、『孔子暗黒伝』(1978)『西遊妖猿伝』(1984-)など、そのベースとなる常識的な史実を逸脱して、異様な様相を見せるのがむしろ普通である。本書の場合、“怪異”は比較的少ないものの、誰も見たことのない日本史となっていることは間違いない。

bullet 『諸葛孔明対卑弥呼』評者のレビュー
記紀以前の黎明期を想像力豊かに描いた点は類似している。
 


2007/9/30

Amazon『James Tiptree, Jr.: The Double Life of Alice B. Sheldon 』(St.Martin's Press)

Julie Phillips  'James Tiptree, Jr.: The Double Life of Alice B. Sheldon' (St. Martin's Press)


Book Design: Jonathan Bennett

左掲は2007年6月に出たペーパーバック版

 2006年に出版されたジェームズ・ティプトリー・ジュニアの評伝である。つい最近、横浜で開催されたワールドコンでもヒューゴー賞の関連書籍部門を受賞したので、注目している人も多いだろう。ヒューゴー賞を取るまでもなく、本書は全米批評家協会賞(伝記部門)を受賞しており、2006年のベストブックには9つの雑誌/新聞/団体から選ばれるなど、一般読書界からも大変評価の高い作品となっている。

 ティプトリー=アリス・シェルダンは1915年にシカゴに生まれた。父親は弁護士、母親は著名な作家である(20冊余の著作には、旅行記やミステリも含まれる)。6歳で両親とアフリカ探検に同行。教養学校や寄宿学校、カレッジに在学。母親の作家としての絶頂期に、反抗の意味もこめて1度目の結婚を強行(19歳)、相手は有名な画家の子供で、作家志願のウィリアム・ディヴィーだった。結婚生活は、仲違いをしながらも6年間続く。途中、画家を目指してコーコラン・ギャラリー(全米最大級の民間美術館)で自画像を販売することも。やがて、第2次大戦で米国が参戦すると組織されたばかりの女性師団(WAAC)に志願、後に写真解析を手がける。そのとき、終生の良人となるハンティントン・シェルダンと出会い半年で結婚する。その後の人生もめまぐるしい。戦後は軍隊を辞して、ジャーナリストや養鶏業(!)まで営むものの巧くいかず、CIAに再就職。しかし、自身は重要な仕事には就けずに3年後(失踪事件を経て)辞め、かつて興味のあった心理学の勉強を始める。2つの大学で学部学生からやり直し、7年目に博士号を取得。これを自信にして、作家を目指すことになる。
 ペンネームのティプトリーはジャムの名前から取られたというのは有名な逸話だが、そのときはまだこの男性名が後に重大な影響を与えることまでは認識されていない。架空の人格は新しい性格を産み出す。幼いころにSFを知り、50年代から黄金期のSFを読んできたため、デビューはSF雑誌からだった。謎めいた経歴とそれに裏打ちされた深い洞察力から、彼/彼女はたちまち注目を集め、多作ではないものの各作品で大きな反響を引き起こしていく。

 著者のジュリー・フィリップスはSF畑の人間ではない。本や映画、スポーツなどのインタビューや評論を書いてきたノンフィクション作家である。最相葉月の例もあるように、その業界の真実を書くには、むしろ第3者の方が公正なのだろう。ティプトリーというSF界以外ではマイナーな作家の伝記がこれだけ多くの評価を得ているのは、ティプトリー=アリスの数奇な人生だけが原因ではない。19世紀の色濃い教育を受けたアリスと60年代反戦運動に揺れる大学で学んだアリス、父親をイメージした男性ティプトリーとフェミニズムに共鳴するアリス、若い作家と文通しながら老いていく母親や良人を見つめるアリス、そういった無数の相克がない交ぜとなって“Double Life”の奥底を見せてくれる点にあるのだろう。良人を撃った直後に、アリスからの電話を受けた息子(前妻の子供)の証言が痛々しい。その直後に彼女も拳銃で自殺するのである。

bullet 著者の公式サイト
本書に含まれない一部の写真等を収録している。
bullet 『輝くもの天より墜ち』評者のレビュー
bullet 京都SFフェスティバル2007『ティプトリー再考』の概要