2008/10/5

Amazon『マーブル・アーチの風』(早川書房)

コニー・ウィリス『マーブル・アーチの風』(早川書房)
The Winds of Marble Arch and Other Stories,2008(大森望訳)

装画:松尾たいこ、Book Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 2006年に出た『最後のウィネベーゴ』も大森望編のオリジナル中編集だったが、本書も同様の中短編集となっている。著者の短編集は、本国でもベスト選集といった形にはなっていない。日本での人気の高さを反映した出版である。

 「白亜紀後期にて」(1991):経営危機にさらされる地方大学の古生物学部と、恐竜絶滅の関連性
 「ニュースレター」(1997):この頃なぜか好い人が増えている…その裏に潜む驚くべき“侵略“とは
 「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」(2001):近未来、クリスマスの飾り付けを受注する主人公が陥るトラブルの数々
 「マーブル・アーチの風」(1999)*:20年ぶりに訪れたロンドンで、主人公は地下鉄を吹き抜ける不吉な風に翻弄される
 「インサイダー疑惑」(2005)*:チャネリング商法の欺瞞を摘発する主人公が目撃した“霊”の正体は
  *…初訳

 今回の短編集でも著者特有のユーモアが冴える。恐竜と古生物学者、侵略者と礼儀正しい人、インチキなはずの憑依霊の正体…などは、自己矛盾そのもので、ウィリス的な視点の面白さが楽しめる。一方の表題作は、生死の問題(この意味は本書をお読みください)をまったく別の観点で問い直した秀作。ロンドンの地下鉄と、地下鉄特有の吹き下ろしてくる風だけから、こういう意外な結びつきが生まれるのがいかにもウィリスらしい。「ひいらぎ飾ろう…」だけは、オチの(あまり)ないストレートなラブコメで、著者のもう一つの得意技といえる。

bullet 『最後のウィネベーゴ』評者のレビュー
bullet 『犬は勘定に入れません』評者のレビュー
 

2008/10/13

Amazon『サイエンス・イマジネーション』(NTT出版)

瀬名秀明編『サイエンス・イマジネーション 科学とSFの最前線、そして未来』(NTT出版)


装画:木本圭子『イマジナリー・ナンバーズ』《工作舎2003年》より

 2007年の世界SF大会Nippon2007で5時間に渡って行われた破格の講演・座談会に、新たに小説5編、エッセイ1編を追加した野心的な大著(このうち小説/エッセイだけは、下記のトルネードベースで読める)。出演者はロボット研究/人工知能研究の第1人者ばかりである。といっても、ハードカバー440ページという内容を読み通すのは、思ったほど大変な作業ではない。

 ヒューマノイド・ロボット研究の現場より(梶田秀司):人間型ロボットHRP、人型で作る意義とは
 マッドサイエンティスト、SF、神経倫理(川人光男):脳とつなぐロボット/インターフェース、意識や情動制御の是非
 ロボットボディ・ロボットマインド(國吉康夫):知能を理解するためのロボット研究、逆に身体から生まれる意識とは
 究極のサイバーインタフェースのつくり方(前田太郎):自分の分身として動くパラサイトヒューマン、錯覚による制御
 
 「火星のコッペリア」(山田正紀):火星から帰還する宇宙船の中で、バーチャルな恋人と会話する主人公

 panel discussion 1 ロボットはどこまで人間なのか、私はどこまでロボットか

 「笑う闇」(堀 晃):亡くなった漫才の相方を、ロボットで再現した男がのめり込む究極の笑いとは

 テレイグジスタンス/テレプレゼンス・ロボット(大山英明):ポスターセッションでの発表内容(掲題の年表)

 意識と情報の進化論鳴き声から意識へ(岡ノ谷一夫):発声学習(言語による会話)が可能な唯一の霊長類の意味
 構成的リアリティの社会へのグラウンディング(橋本 敬):言語進化と世界にリアリティを与える手段に対する考察
 想像力の勝負――SF対研究(中島秀之):これまでの想像物と現実との比較、そして社会を変える次の仕組みは何か
 他に知能は存在するのか(松原 仁):人工知能研究に対する考察と、次の研究目標に対する問いかけ

 「さかしま」(円城 塔):二人称で語られる、宇宙/時間/空間の構造に対する意味/無意味な無数の問いかけ

 panel discussion 2 イリュージョンの覆いから私たち人間は真理を見つけ出す

 「はるかな響き Ein leiser Tone」(飛 浩隆):モノリスがヒトザルたちに与えた“響き”の真の意味とは
 「鶫(つぐみ)と鷚(ひばり)」(瀬名秀明):1920年代、アフリカと南米を結ぶ郵便空路を切り開く男たちの聞く声
 「宇宙と文学」序論(小松左京):宇宙を語るための文学ついて

 本書は、ロボット研究に始まって、知能の意味や世界認識の解釈にまで幅広い議論がなされる。そもそもなぜ本書のような試みがなされるかについては、編者による冒頭の言及、「科学とSFとの交点を求めるのがSFの伝統であるから」という説明が明快だろう。しかし、過去、日本SFと科学とが積極的な交流を持った経緯はない。SFで育った世代が科学を担うようになり、逆に科学側から理念としてのSFへの接点が求められるようになった、と言うほうが自然に思える。SF側では、山田正紀、堀晃が直球の返歌を書き、円城塔、飛浩隆が抽象性(知性の意図するものを考察)を高めた答えを、瀬名秀明は普遍性(人間の探究心に対する考察)を強調した物語を書いた。本書だけでは、もちろん結論は何もない。SFが拡散し、かつ科学技術に対する関心が薄れる一方、依存性は却って増している。科学に対する思想的な裏付けのない不安定な世界となりつつある。ここで投じられた素材から、新しい概念が生まれる可能性に期待したい。

bullet トルネードベースの関係サイト(2008年8月で休止したバンダイビジュアルのサイト)
bullet 本書の冒頭で一部が言及されたショートムービー
 

2008/10/19

Amazon『20世紀の幽霊たち』(小学館)

ジョー・ヒル『20世紀の幽霊たち』(小学館)
20th Century Ghosts, A Collection of Stories,2005 2007(白石朗他訳)

カバーイラスト:ヴィンセント・チョン、カバーデザイン:泉沢光雄

 ジョー・ヒルは1972年生まれのホラー界の新鋭。昨年処女長編が紹介され、本書はほぼ短編の全容を収録した初作品集だが、実のところ著作はまだこの2冊だけだ(これ以外はコミック原作や小冊子のみである)。

 「年間ホラー傑作選」(2005):大量の原稿に埋もれながら年間アンソロジーを編む男に、衝撃的な新人の作品が届くが
 「二十世紀の幽霊」(2002):古びた映画館に出現する女の幽霊を見るものには、ある共通項があった
 「ポップ・アート」(2001):(文字通り)風船でできた友人との少年の頃の思い出
 「蝗の歌をきくがよい」(2004):爆弾後の世界、ある朝、主人公が目覚めると、自身が巨大な昆虫と化していた
 「アブラハムの息子たち」(2004):アメリカに密かに渡ってきたヴァン・ヘルシング教授と息子たち
 「うちよりここのほうが」(1999):退場常習犯の野球監督と、神経を病んだ息子の巻き起こす騒動
 「黒電話」(2004):連続誘拐魔につかまった主人公は、閉じ込められた地下室で古い黒電話を見つける
 「挟殺」(2005):勤め先のビデオ店を首になった主人公が見た子殺しの現場
 「マント」(2005):大人になってから再び手に入れた汚い手作りのマントは、子供の頃空を飛ぶことができたものだったが
 「末期の吐息」(2005):静寂の博物館と呼ばれる施設には、無数の“末期の息”が収集されていた
 「死樹」(2005):切り倒され木々は、幽霊となって人々の前に現れる
 「寡婦の朝食」(2002):貨物列車に無賃乗車し旅する主人公は、足を痛め、寡婦の住む家に助けを求める
 「ボビー・コンロイ、死者の国より帰る」(2005):挫折した主人公がゾンビ映画のエキストラで出会うかつての恋人
 「おとうさんの仮面」(2005):湖の別荘に向かう親子3人は、仮面を付けることで奇妙な世界に迷い込む
 「自発的入院」(2005):サヴァン症の弟は、地下室にダンボールを組み合わせて別世界への入り口を作ることができた
 「救われしもの」(2001):雪の降り積もる中、トラックを走らせる男は一人のヒッチハイカーを拾う
 「黒電話〈削除部分〉」(2005):短編「黒電話」(上記)で削除された結末部分

 著者はスティーヴン・キングの次男(長男も作家)。デビュー後定評を得るまで、その事実は隠されていた。今ではオープンになっている。とはいえ、A・E・コッパード賞「うちよりもここのほうが」、国際幻想文学賞「自発的入院」、ブラム・ストーカー賞、英国幻想文学大賞、ブラッドベリ奨励金「二十世紀の幽霊」、ブラム・ストーカー賞、英国幻想文学大賞「年間ホラー傑作選」、「ポップ・アート」は映画化、この作品集自体は国際ホラー作家協会賞を受賞するなど、巨匠の息子という範疇を超えた活躍をしているので、あまり意識する必要もない。下品なユーモアのセンスが似ていなくもないが、全般的に全く異なる作品集といえる。第一、親父キングは短編の名手とはいえなかった。 特に日常と交錯するファンタジーの要素(風船でできた友人、空中を飛ぶマント、迷宮を作るダンボール)には、誰にも書けなかった新鮮さがある。

bullet 著者の公式サイト
bullet 『リーシーの物語』評者のレビュー
 

2008/10/26

Amazon『宇宙細胞』(徳間書店)

黒場雅人『宇宙細胞』(徳間書店)


Photo:アラベール・ファイレックス、Book Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 中里友香の『黒十字サナトリウム』と併せて、第9回日本SF新人賞を受賞した作品である。

 南極大陸で掘削された古代の氷柱には、未知の単細胞生物潜んでいた。それは恐るべき感染力で基地の隊員を怪物に変貌させる。厳重な隔離を破り東京へと侵入した怪物は、瞬く間に首都を制圧、やがて世界へと蔓延する。宇宙的な始原を持つこの単細胞生物の正体とは一体何か。

 Amazonの紹介文にもある「新人賞だから商業出版ができた世界にも類がない作品」(「本の雑誌」のレビュー)は、果たして褒め言葉なのかどうなのか。宇宙細胞という異生物/病原体/モンスターが古代から蘇り、地球を壊滅させてしまうという古典的なB級怪獣映画風のアイデアを、宇宙誕生にまで遡る大仕掛けのSFに発展させたところが評価のポイントだろう。馬鹿馬鹿しいアイデアを大真面目に語る(だから読み手に驚きを感じさせる)という、「バカSF」の伝統を重視したわけだ。新人賞の選考委員中、本書を積極的に推したのは小林泰三、田中啓文である。梶尾真治(選考委員長)も、この破天荒さに期待する推奨内容となっている。ただし、アイデアを中心とした「バカSF」を持続可能な作家はそれほど多くない。次回作の題材に注意が必要だろう。

bullet 日本SF新人賞の公式サイト
bullet 第8回受賞作『ジャン=ジャックの自意識の問題』評者のレビュー