2008/11/2

Amazon『神獣聖戦(上)』(徳間書店) Amazon『神獣聖戦(下)』(徳間書店)

山田正紀『神獣聖戦 Perfect Edition(上下)』(徳間書店)


装画:山田日南子、装丁:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 本書のベースとなる『神獣聖戦』は、今から20数年前、1984年から1986年にかけて3分冊の連作短編集として刊行されたものだ。従って、本書もまた短編集の収録作をコアにして作られている。しかし、1冊の長編として完成させるため、多数の改訂が行われた結果、事実上別の作品に仕上がったといわれている。プロローグとエピローグを除く収録作品は下記のとおり。

 「ネコと蜘蛛のゲーム」(書下ろし):渋谷駅前の交差点で主人公は猫と出会い、同時に運命的な時間を迎える
 「怪物の消えた海」(1983/4):衰退した世界を彷徨う若者は、クレタ島で死の牡牛と遭遇する
 「聖ニーチェ病院」(書下ろし):納沙布岬、永劫市の海岸にある病院での主人公と猫との生活
 「心理検査士」(書下ろし):病院には、チェルノブイリで事故を負ったある重要な物理学者が収容されるという
 「幻想の誕生」(1983/6):永劫市の目の前にある荒涼島で生じる幻想の只中で、翻弄される男女
 「チェルノブイリ解釈」(書下ろし):収容された物理学者を巡り、チェルノブイリを起因とした時空を混乱させる異変
 「円空大奔走」(1984/2):江戸時代、蝦夷地にわたった円空は時を越えた女と出会う
 「神獣聖崩壊病」(書下ろし):病院で起こる殺人未遂事件と、別の現実の侵入
 「交差点の恋人」(1983/2):交差点で出会う猫と主人公が迷い込んだ異世界
 「ころがせ、樽」(1983/8):非対称航法の出発基地“樽”、長い間休止されていたそこに向かう調査隊の見たものは
 「渚の恋人」(1983/11):鎌倉のとある地域には、誰も見たことがないはずの“火星”が再現されている
 「時間牢に繫がれて」(1984/4):虚空間戦争の中立地帯で起こる殺人事件の真相とは
 「鶫」(1984/6):私鉄の沿線に隠された無人駅がある。ある偶然でたどり着いた主人公は鶫(つぐみ)を見かける
 「硫黄の底」(1984/10):夢に見た想像が現出した世界に置き去りにされた男女は、世界の意味を教えられる
 「鯨夢!鯨夢!」(1985/9):水没した新宿、幻想世界に絡めとられた湘南地帯で何が起こっているのか
 「落日の恋人」(1985/5):精神を病んだ一人の若者を閉じ込めた庭園に潜入した男女
 「ディープ・サウンド・チャンネル」(2005/11):荒涼島を巡る探査の末、登場人物たちと世界の成り立ちが説明される
 
 未来、人類は宇宙船を使わない航法を行うことのできる“鏡人=狂人”と、対抗する“悪魔憑き”の2陣営に別れ、戦争を続けている。戦いは時空を超え、人類の遍く世界を荒廃させていた。その時間的起点に2人の男女がいた。本書は、2人に関係する人物の物語が、さまざまに語りなおされるというスタイルで作られている(同じ名前の登場人物なのに、経歴や性格が微妙に異なる)。およそ25年前の作品、当時の精神医学や認知論がそのまま現代に敷衍されている。これには、ちょっと不思議な印象を受ける。しかし、本書のベース(鏡人=狂人、非対称航法、背面世界、悪魔憑き、聖崩壊病)はもっと古いところ(コードウェイナー・スミス、ニーチェ、バラード)にあって、そういった根源的な異世界の概念と80年代の社会(チェルノブイリ原発事故スペースシャトル爆発、ソビエト崩壊前夜)とが混交して出来上がったのが本書なのである。新作なのに“再発見”のように感じるのは、そういう理由があるのだろう。

bullet 『神狩り2』評者のレビュー
 

2008/11/9

Amazon『テンペスト(上)』(角川書店) Amazon『テンペスト(下)』(角川書店)

池上永一『テンペスト(上下)』(角川書店)


装丁:大久保伸子、カバー写真:「黒漆雲龍螺鈿丸盆」より

 さて、『テンペスト』はシェイクスピアの戯曲である。孤島に流れ着いた魔術師プロスペローの復讐譚に、妖精エアリアル/怪物キャリバンが絡むなど、波乱万丈のファンタジーになっている。SFではダン・シモンズ『イリアム』『オリュンポス』映画『禁断の惑星』が『テンペスト』をベースにしていることでも有名。
 本書は、8月に出た池上永一がもっとも得意とする沖縄ファンタジーの最新刊である。前作『シャングリ・ラ』(2005)は近未来の超高層都市を舞台にしたSFだった。では、本書が歴史フィクションかというとそうでもない。史実(日本と異なる文化、歴史を持つ沖縄)に基づくとはいえ、一部(琉球王、宣教師の実名など)を除けば、主人公をはじめとする多くが架空の人物だからである。当然ながら、表題に意味がないわけではない。

 19世紀末の琉球、東アジアに迫る列強の圧力の下、清国と日本の狭間で400年間続いた均衡が崩れようとしていた。そんな激動の時代、科試(中国の科挙に似た高級官僚登用試験)を史上最年少で突破した少年がいた。しかし、少年の正体は女、天才的な才能を発揮して、女子が許されない官僚に宦官と偽って登用される。やがて、小国である琉球の培ってきた巧みな外交術でも裁ききれない難題が振りかかってくる。ヨーロッパの難破船の処遇、密貿易の摘発、宮廷を支配しようとする清の妖怪官僚との激闘、突出した活躍は嫉妬を招き、離島への流刑の後、今度は側室=女として後宮に返り咲く…。

 上巻で天才官僚として活躍、失脚後、下巻では側室兼復活官僚としてペリー総督と渡り合う(琉球はアメリカと独自の和親条約を結び、しかも、より条件が有利だった)。相変わらずの過剰な人物とエピソードの集積で眩暈がする。そもそも男装の麗人(しかも絶世の美女)が、琉球の宮廷で働けるわけがないのであるが、そんなことは本書のリアリティ上重要ではないのだろう。清と薩摩、女の後宮(御内原)と男の宮廷、主人公自身の中の男と女、薩摩と宮廷の恋人、伝統と改革、さまざまな二律背反(このあたりが『テンペスト』風)が、絶えず衝突して物語をドライブしていくのが面白い。さんざんな目にあうライバルの王族神(宮廷の巫女)がちょっと可哀相。

bullet 『テンペスト』公式サイト(角川書店)
bullet 『シャングリ・ラ』評者のレビュー
 

2008/11/16

Amazon『時間封鎖(上)』(東京創元社) Amazon『時間封鎖(下)』(東京創元社)

ロバート・チャールズ・ウィルスン『時間封鎖(上下)』(東京創元社)
SPIN,2005(茂木健訳)

Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。 Cover Photo Complex:L.O.S.164

 著者の翻訳としては3作目、前回が2000年に翻訳された『時に架ける橋』(1991)だったので8年ぶりになる。本書は、2006年のヒューゴー賞(長編賞)を受賞した代表作。この著者の特徴として、SFをメインに据えながら、基本はオーソドックスな人間ドラマという点がある。

 あるとき、地球は不可視の膜で大気圏の上空を覆いつくされる。それは、宇宙空間と地球とを“時間的に隔絶する”膜=スピンなのだった。スピンの外と内との時間差は1億倍、地球で1年が経る間に宇宙では1億年が過ぎてしまうのだ。一体この現象を仕組んだものは何者か。状態を打開するために、地球では時間差を利用した壮大な計画がたてられる。スピンのない火星でテラフォーミング(地球化)を図り、外部から真相を解明するのだ。やがて、火星からの使者(人類の子孫)が地球に帰還するが…

 …というSF的なアイデアがベースにある。イーガン『宇宙消失』(1992)を思わせる壮大なスケールだが、ウィルスンの関心はそこには注がれず、スピン出現の瞬間を目撃した幼い兄妹と少年の運命に焦点が当たる。スピンを契機に事業拡大に奔走する傲慢な父親、反発しながらも従う長男、新興宗教に走る長女、医者になり長女への思いを捨てきれない主人公が、火星からの使者の到来により人生を大きく歪めていく様が描かれている。ただ、ウィルスンの小説は人間関係がよくまとまっており読み易い反面、後々まで残るインパクトに欠けるきらいがある。本書も、SFと普通小説とが適度に交じり合ってバランスは良いが、マスターピースとなるほどの際立ったユニークさはあまり感じられない。

bullet 著者の公式サイト
bullet 『時に架ける橋』評者のレビュー
 

2008/11/23

Amazon『探索者』(早川書房)

ジャック・マクデヴィット『探索者』(早川書房)
Seeker,2005(金子浩訳)

装画:John Harris、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 著者は1935年生まれ、長編デビューが51歳(1986年)という遅咲きの作家である。本書は1991年に翻訳された『ハリダンの紋章』(1989)に始まる、宇宙の骨董屋アレックス&チェイスの最新刊(第2作は2004年、本書は第3作)。といっても、翻訳で17年、原著でも19年隔たったシリーズなので、独立した作品として読んで問題はないだろう。著者にとって、初のネビュラ賞受賞長編でもある。

 今から100世紀以上も未来。古美術商アレックスは偶然入手したカップが、9000年前行方不明となった伝説の宇宙船「探索者」のものであることに気づく。地球政府の迫害を逃れた移民船の目的地が分かれば、失われた植民星まで辿り着けるかもしれない。出自を巡る過程は、まさに犯人探しの探偵そのもの。さまざまな意図が絡み合い、しかも活動を妨害する何者かの影が見え隠れる。ついに姿を現す植民星の運命は…。

 ちょっと『タフの方舟』(1986)を思い出す。骨董屋といっても、アレックスが狙うのは宇宙に散らばる忘れられた遺跡である。人類が宇宙に進出してから膨大な歳月が過ぎており、見棄てられた植民星や文明の多くは所在さえ不明なのだ。このシリーズでは、遺跡に至るまでの謎解きと、競争相手であるトレジャーハンターや文化財保護を掲げる調査局との駆け引きがテーマになっている。アレックスとチェイス(女性)はシャーロック・ホームズとワトスンの関係。ワトスンの視点で物語は書かれている。ただし、本書の場合、常にアレックス/ホームズが上位には描かれておらず、チェイス/ワトスンの立場が主導的に見える。「探索者」の正体を解明する過程は理詰めで納得がいくが、一方お話の展開に苛立つ読者もいるかも知れない。結末はクラーク風。

bullet 著者の公式サイト
 

2008/11/30

Amazon『庵堂三兄弟の聖職』(角川書店) Amazon『粘膜人間』(角川書店)

真藤順丈『庵堂三兄弟の聖職』(角川書店)

カバーイラスト:遠藤拓人、カバーデザイン:高柳雅人

飴村行『粘膜人間』(角川書店)

カバーデザイン:片岡忠彦、(C)RUICHI OKANO/orion/amanaimages

 2008年第15回ホラー小説大賞の大賞と長編賞受賞作。特に真藤順丈(1977年生まれ)は、今年の第3回ダ・ヴィンチ文学大賞第3回ポプラ社小説大賞優秀賞第15回電撃小説大賞銀賞を次々と受賞した異色の新人。下記のインタビューでもあるように、毎月1つの新人賞に応募した成果なのだという。一方の飴村行(1969年生まれ)は、自身の夢の内容を具現化したものである。

 大賞『庵堂三兄弟の聖職』:庵堂の家は、死体を記念となる遺品に加工する「遺工師」を家業としている。長男は凄腕の職人、次男は家を出てサラリーマンをしていたが、その生活に疲れて戻ってくる。三男は汚言症を病んでおり、暴走気味な性格を持て余している。そこに事故で最愛の娘を失った組織の組長からの依頼が舞い込む。
 長編賞『粘膜人間』:戦前の日本に似た異世界。体格の違う弟から暴行を受けてきた兄弟は、ある日沼に棲む河童に殺人を依頼する。しかし、周到なはずの殺人計画は、予想しない展開へと至る。

 どちらも(わけ有りの)三兄弟のお話というのは面白い。前者は死体の解体業を描くので、そういう意味でグロテスクではあるが血腥さは少ない。後者も河童の存在するもうひとつの日本を舞台に、ユーモラスではあるが獣じみた河童というキャラクタと、同じくらい化け物じみた主人公を配することで、ありふれたスプラッタホラーから脱することができている。審査員の選評を見ても、暴力のみの類型的なホラーに対する辟易が読み取れる。どちらの作品も、人物の造型や世界の成り立ちが重視されている。当たり前のことながら、ホラーであってもファンタジー並みの要件は必要なのだ。

bullet 角川書店のキャンペーンサイト