2009/1/4

Amazon『草祭』(新潮社)

恒川光太郎『草祭』(新潮社)


装画:影山徹、装幀:新潮社装幀室

 毎年1冊を着実に出版する著者の、本書は4作目の単行本となる。日本ホラー小説大賞出身ということもあり、これまで角川書店中心に活動していたが、本書は「小説新潮」に2007年から08年にかけて掲載された5作のオムニバス短編から成っている。

 けものはら(2007/6):行方不明になった友人を追って、主人公は見知らぬ土地「けものはら」へと迷い込む
 屋根猩猩(2007/9):主人公は、屋根の上を自在に渡り歩き、町のあらゆる秘密に通じる少年と知り合う
 くさのゆめがたり(2007/12):美奥の名前の起源。薬草を知り尽くした主人公と、山賊に怯える村人との交歓
 天化の宿(2008/3):町を抜けるトロッコの線路の果てにある民家で、少女はクトキの療法を受ける
 朝の朧町(2008/6):都会から逃れた主人公は、50代の男性の下、美奥の伝承を聞き取っていく

 「美奥」という架空の土地が舞台で、世界の成り立ちや、そこに住む男女の関わりが淡々と描かれている。登場人物は緩やかに関連しあうが、必ずしも共通しない。評者は過去の恒川作品を批判的に読んできた。読み取れる言葉/表現力(イメージ喚起力)と、描かれる異世界との乖離が大きく感じられ、ファンタジーとしての完成度に納得がいかないことが大きな理由だった。しかし、そういう問題点は、4年目の本書の中で大半解消されているようだ。例えば「朝の朧町」では、主人公や同居する男性の生々しい現実と、夢に似た仮想の存在との対比が自然に読めるようになっている。そのうち風景描写だけで物語になってしまう、スティーヴン・ミルハウザーのような世界が現出するのかもしれない。

 

2009/1/11

Amazon『TAP』(河出書房新社)

グレッグ・イーガン『TAP』(河出書房新社)
TAP,2008(山岸真編訳)

カバー装画:松尾たいこ、ブック・デザイン:祖父江慎+安藤智良(コズフィッシュ)

 主に1990年代に書かれた未訳の作品から選ばれた、編者によるオリジナル短編集である。『ひとりっ子』(2006)からちょうど2年ぶりの単行本だ。奇想コレクションの1冊として編まれた関係で、ハードSFよりも「異色作品」重視で選ばれているという。

 新・口笛テスト(1998):一度聞くと、二度と忘れられない音楽が引き起こす騒動
 視覚(1995):ある手術を受けた後、主人公はまるで体外離脱したような視界を持ってしまう
 ユージーン(1990):偶然大金を手にした夫婦は、生まれてくる子供に最高の遺伝子を持たせようとする
 悪魔の移住(1991):実験室で、人知れず実験動物を使って培養されるものとは
 散骨(1988):失踪した子供を攫う犯人と、それを偏執的に追うカメラマン
 銀炎(1995):罹患者の皮膚を溶かしてしまう致死の奇病は、ある法則にしたがって蔓延していた
 自警団(1986):契約の下、夜間の警備をする怪物と、少年との駆け引き
 要塞(1991):難民を擁護する弁護士が知る、奇妙な遺伝情報の存在
 森の奥(1992):今にも殺されようとする男が強いられる、ある「哲学」の意味
 TAP(1995):超高速で通信可能な新しい言語TAP、そのインプラントを装備した老女を殺した「死の言語」とは

 大脳に何らかのナノテクを介在させることで、精神そのものを変容させること(ここまでは他でもある)、延いては「自由」意志の本質に迫ること…イーガンをユニークにするのは、ナノテクを「人の心」にフォーカスするところにある。例えば、心の病と自由意志が如何に親近性を持つかが、文学的表現ではなくハードサイエンスとして描写されるのである。科学は客観的であるが、それを解釈する人間は主観的/恣意的なものだ。その主観もまた、イーガンによって客観視できるようになる。「森の奥」のようなお話は、普通の作家が書けば、単なる落とし噺にしかならない。
 本書の中では、イーガン版「読者罵倒」(筒井康隆)ともいえる「悪魔の移住」や、「ユージーン」の結末がいかにもイーガン風の皮肉で面白い。「新・口笛テスト」「TAP」は、作者にしては、ちょっとノーマルな展開かもしれない。

 

2009/1/18

Amazon『ハーモニー』(早川書房)

伊藤計劃『ハーモニー』(早川書房)


Cover Illustration:シライシユウコ、Cover Design:岩郷重力+Y.S

 伊藤計劃の『虐殺器官』(2007)に続く最新SF長編。昨年6月に出たノヴェライゼーション『METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS』(2008)も、単純な小説化ではない点が高く評価されている。硬質な文体で、暗いテロの前線を描いた『虐殺器官』から一転して、本書の舞台は「福祉社会」である。

 21世紀後半、大災禍と呼ばれる大規模な核テロの時代を経て、世界は高度な生命至上主義社会へと変貌している。国家は複数の「生府」から成り、ナノテク WatchMeにより傷病や不健康なものを一切排除していた。主人公は、未開地域で活動する世界保健機構の査察官である。だが、ある日、世界同時多発の自殺が発生、健康社会の基盤を揺るがす騒乱へとつながっていく。それは、13年前にシステムを出し抜いて自殺を図った少女たちの事件と似ていた。主人公は事件の生き残りなのだった。

 物語の最後はイーガン的(このアイデア自体は、別の作家も使っている)に終る。著者インタビュー(SFマガジン09年2月号)では、よりサイエンス寄りのイーガンに比べて、社会的インパクトに対する興味が強いことが語られている。本書では、誰もが死なない理想社会と、その矛盾(肉体を改変することによる、極度な均一社会)が明快に描き出されている点が一つのポイントになる。もう一つは、主人公の感情が、そのまま文中にマークアップランゲージとして書き込まれていること(例えば、<anger>怒っている</anger>など)。これは、実は物語(の結末)と密接に関係する重要なもう一つのポイントである。文体実験と、仮想社会の描写という両者を試みた注目作といえる。

 

2009/1/25

Amazon『レモン月夜の宇宙船』(東京創元社)

野田昌宏『レモン月夜の宇宙船』(東京創元社)


カバーイラスト:加藤直之、カバーデザイン:東京創元社装幀室

 著者の野田昌宏は昨年6月に亡くなっており、同年11月に出た本書は、いわば追悼特集のような位置付けになっている。前半は小説、後半はエッセイで、単行本未収録作3編を含む内容である。

 レモン月夜の宇宙船(1968):富士山麓の壮大なお屋敷に住む、大金持ち/SFコレクター老人の目的とは
 ラプラスの鬼(1969):ニューヨークの古本屋で仕入れた中世の本に、ある女優の絵が描かれていたのだが
 ステファン・ラドクリフの薔薇(1969):ニューヨーク、百年前に亡くなった作家の旧家を訪ねた作者が出会った女性
 真っ赤な雨靴(1969):フロリダで出会った元宇宙飛行士が語る宇宙船から見えたもの
 東京未来計画(1971):東京の未来の都市計画を企画した映像に、たまたま写った少女の正体
 OH! WHEN THE MARTIANS GO MARCHIN'IN(1969):落ち目の番組を起死回生させるための円盤騒動顛末
 五号回線始末記(1972):豪華ホテルの外国人観光客向けCATVに迷い込む奇妙なメッセージ
 学術研究助成金(1976):ノンフィクション映像を撮影中に見つかった奇妙な集団とは
 火星を見た尼僧(1995)*:火星表面の写真が初めて送られてくる日、主人公はかつての天体観測家を再訪する

 古本への異常な愛情(1967):SFを買いすぎてSF本に部屋中を占拠され、文字通り溺れる日々
 コレクター無惨!(1974):コレクションの行方に守銭奴のように心を悩ませる日々
 ある老コレクターの死(1974):フランク・リード・ライブラリ入手のために取引した老古書商/コレクターの死
 謎の美人姉妹(1974):古いアメージング・ストーリーズを持っていた女性を巡るエピソード
 バローズに憑かれた人々(1974):E・R・バローズの病的ファンの生態を紹介
 お墓に青い花を(1974)*:「SFってなァ、結局のところ絵だねェ」と語った友人と、アシスタント女性のエピソード
 SFのぞき眼鏡・当世即未来(1968):現代を明治風旧かな使いで描写したらこうなる
 ビバ!スペース・オペラ(1966):スペース・オペラの歴史背景を紹介した記事
 キャプテンたずねて三光年(1973)*:うらぶれたかつてのスペースヒーローを、野田大元帥が探し出す
 *単行本未収録作

 著者の短編はもともと少なく、本書の収録作も、大半は60年代後半から70年代半ばにかけてのものだ(野田昌宏の主な著作というと、やはり、長編『銀河乞食軍団』(1982-95)と翻訳書が圧倒的だろう)。もう40年も前のものなのに、評者は大半を憶えていた。(当時)それだけの新鮮さがあったからだ。しかし今読むと、著者やその周辺を思わせる登場人物を配し、時事風俗を描いた関係で、どの作品も恐ろしくクラシックな印象を残す。東京創元社の再発見叢書には、時代を超越したニュートラルな雰囲気の作品が多いので、これだけ時代性を反映するというのも
際立っている。エッセイ編は同じエピソードが多い。「SFってなァ、結局のところ絵だねェ」は、実は友人の言葉だったことになっているけれど、半分嘘のようなエッセイなので、(一部の紹介記事を除けば)小説と思って読むこともできる。1933年福岡の裕福な家庭(父は発明狂のような大学教授、母は社長令嬢、オール電化された3階建ての邸宅)で生まれ、戦争中に焼け出された後、テレビの盛衰に直に携わった野田昌宏の全貌を知るには、あとちょっと何かが欲しいようにも思う。