2009/12/6

Amazon『カフェ・コッペリア』(早川書房)

菅浩江『カフェ・コッペリア』(早川書房)



装画:中川悠京、装幀:ハヤカワ・デザイン

 昨年11月に出た菅浩江の作品集で、小川一水『煙突の上にハイヒール』と同様、「小説宝石」に掲載された作品が中心となっている。

 「カフェ・コッペリア」(2002/6):人工知能の研究のため、人間とAIのスタッフが交りあって接客するカフェ
 「モモコの日記」(2002/9):閉鎖された人工空間で、仮想の家族を演じる子供の行動
 「リラランラビラン」(2004/5):高価なアロマペットのブリーダーとなったOLが体験する騒動
 「エクステ効果」(2006/8):ナノテク技術が売りもののビューティー・サロンを訪れる不思議なお客たち
 「言葉のない海」(2002/3):その恋人とは、何の言葉も交わさずともなぜか全てが分かりあえた
 「笑い袋」(2003/3):老父と、亡くなった息子の妻と娘は、お互い会話も少ないまま生活を続けてきた
 「千鳥の道行」(2007/7):舞踏家の師匠が、自らを傷つけてまで公演を降りる理由とは

 「いい人」たちの物語である。それが典型的に表れるのは「リラランラビラン」のようなお話で、普通ならば悪質な詐欺事件となる展開も、菅浩江の観点からはハッピーエンドに収まってしまう。仮の家族の中でわだかまりを抱えていそうな子供や、孤立している老人、後ろめたい秘密を持つ師匠でも、彼らを動かしているのは実は善意なのだと分かる。著者はチューリングテスト(ブラックボックス化された相手が、人間か機械かを見分ける手法)の考え方を逆説的に使っている。本書の人々にとって、話相手がAIなのか本物の人間なのかは重要ではない。その時々で、人の心に的確に応えてくれる存在こそを真の友だと思うからである。

 

2009/12/13

 SFマガジンは2010年2月号で50周年を迎える(1959年12月に出版された2月号が第1号にあたる)。それを記念して、海外編1月号、国内編2月号の特大号を組む。本誌は新訳12編、再録5編(初出時と翻訳者が異なるものを含むディック、ヴォネガット、ラファティ、ティプトリー、ギブスン)を併せ、500頁を超える翻訳編である。寡作なテッド・チャンの新作や、スタージョンの埋もれた短編、スターリングの皮肉なファンタジー、シモンズの蘊蓄溢れる中編など読みどころは多い。

 テッド・チャン「息吹」(2008):閉鎖された世界に住む、機械のような人々の生活と破滅の予感
 グレッグ・イーガン「クリスタルの夜」(2008):シミュレーションが生み出した知的生命たちの進化
 テリー・ビッスン「スカウトの名誉」(2004):古人類学の学者に届く、過去からのメールメッセージ
 ジーン・ウルフ「風来」(2002):中世に退行した社会で、少年は風来人の友と付き合うようになる
 シオドア・スタージョン「カクタス・ダンス」(1954):砂漠の奥で行方不明になった教授を探す男の見つけたもの
 ブルース・スターリング「秘境の都」(2009):死者を蘇らせた男は奇妙な地獄に連れ去られる
 コニー・ウィリス「ポータルズ・ノンストップ」(1996):何の変哲もない、寂れた田舎町を訪れる観光バスツアーの目的
 ラリイ・ニーヴン《ドラコ亭夜話》(1977):異星人が常連のドラコ亭を巡る5編のショートショート
 アレステア・レナルズ「フューリー」(2007):皇帝の護衛が探し出した暗殺犯の正体とは
 ジョン・スコルジー「ウィケッドの物語」(2009):異星人と交戦中の宇宙船が起こした反乱の顛末
 パオロ・バチガルピ「第六ポンプ」(2008):環境破壊が進み、技術も失われた未来のニューヨーク
 ダン・シモンズ「炎のミューズ」(2007):支配種族にシェイクスピアを演じる移動劇団一座が得たものとは

 50周年を振り返る場合、さまざまな形式が考えられる。回顧風に特集を編むこともできるし、未来への展望を語る形式もあるだろう。本誌の場合、新作はイーガン、ウィリス、レナルズ、スコルジー、シモンズら長編作家と、「奇想コレクション」等の翻訳アンソロジーで話題を呼んだ作家が中心である。再録作品も、ヴォネガットを除けば1980年以降の掲載作だ。その結果、翻訳の今は確かに見えているのだが、50周年の歴史的意義が分かり難くなった。早川書房は、今でも翻訳SFのリーダーなのだから、ビジョンを示す論評が欲しいところだ。

 

2009/12/20

Amazon『未踏の時代』(早川書房)

福島正実『未踏の時代 日本SFを築いた男の回想録』(早川書房)



カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン、カバー写真:(C)早川書房

 1959年12月「SFマガジン」(正確には「S-Fマガジン」)が創刊される。終戦後14年が経過していたが、サンフランシスコ講和条約が発効し日本の占領が解かれてから、わずか7年後のことである。福島正実は、その2年前、現在のハヤカワ文庫の前身となるハヤカワ・SF・シリーズに関わり、“商業的に成り立ち持続可能な”SF出版の立ち上げに成功していた。同誌スタート時、福島は30歳だった。本書は1975年から同誌に連載されたもの。1960年から67年までの8年間が記録されているが、完結を待たず77年に著者は亡くなった。

 「SFマガジン」の場合、編集長は管理職ではない。若い現場の主任クラスが任命されるのであって、社内的に強力な権限を持っていないのだ。理想だけで仕事ができるわけでもなく、かといってサラリーマンで成り立つ商売でもない(作家や翻訳家との兼業を認めている例が多いが、純粋な社員ではできない職務だったことに由来する)。怒りっぽい人だ、という印象がある。SFの守り手として、意識的に過剰な反応をしてきた。無理解な作家やマスコミに対して容赦がなかった。読者も若く、その攻撃的な編集姿勢は概ね支持されていた。しかし9年が過ぎ、日本SF界が自律的に動き始めると、福島流の強引さはSF界内部から嫌われるようになる。1969年5月、著者の突然の辞職は、まだ老獪になれない40歳という年齢とも関係するのだろう。思いと異なる方向に流れていく、SF出版の現場に耐えられなくなったのだ。実際、福島以降の早川SFはスペース・オペラやヒロイック・ファンタジー、日本作家重点掲載の方向へと切り替わり、さらにマーケットを広げていく。

 この回想録は福島のほんの一面を見せてくれるにすぎない。早川書房を辞める前後の本当の気持ちは、連載途上であったことや、そもそも早川書房の「SFマガジン」掲載だった関係で、まったく何も書かれていない。商売に失敗した親の借金取りと渡り合ったり、バイクを駆っていた20代や、自身の家族の記述もほとんどない。息子の加藤喬(福島はこの名前をペンネームにして、別雑誌にレビューを書いていたことがある)は、父親とはまったく別の生き方をする(『名誉除隊』の冒頭に、父親である福島正実の記述がある)。しかし、今でも、作家福島に注目する人がいる。古くからの読者(多くは著者の享年を越えた)にとって、福島正実は導師のような存在だった。そういう、ある種のオーラを本書で垣間見ることができる。

 

2009/12/27

Amazon『日本SF精神史』(河出書房新社)

長山靖生『日本SF精神史』(河出書房新社)



装丁:天野誠、装画:小杉未醒筆/押川春浪「鉄車王国」口絵

 幕末から昭和50年(1975年頃)までの150年を、400枚余りにコンパクトにまとめた本。著者は古典SF研究会に所属し、古くから日本SFの古書を中心とした研究を続けてきた。一般的には、『奇想科学の冒険』など、近代史に関連するノンフィクションの作者と言ったほうが知られているだろう。

 儒学的思想を根底においた、幕末の『西征快心編』(1857)は、西欧に侵略されるアジアを逆転させた作品。本書はここから説き起こされる。やがて明治に至るとヴェルヌ・ブームが巻き起こる。本国での原書発表から間を置かず、次々と新作が紹介されるのである。政治主張と表裏一体だった明治期の政治小説は、ある種のユートピア小説(未来社会、理想社会を描く)だった。これは、やがて国際政治を反映したもの(例えば、南進/北進論)へと変化していく。押川春浪の冒険小説(3誌が競うほど良く売れた)の後、大正に入るとより洗練されたファンタジイが多く書かれるようになる。チャペックの『R・U・R』も翻訳された。「冒険世界」が「新青年」(1920)へと変わり、探偵小説が人気を呼ぶ。ここにもSF作品が載ったが、ラジオ放送開始とともに創刊された科学雑誌には、海野十三らのSFが多く出るようになる。当時、小酒井不木らは「アメージング・ストーリーズ」(1926創刊)を見て、実現はしなかったものの、具体的にSF雑誌を計画していた。戦前、「SFマガジン」創刊の30年も前の話だ。探偵小説、戦時下の軍事小説を経て、やがて戦争が終わると、「宇宙と哲学」(1946)、「星雲」(1954)などが消長する中で、「宇宙塵」(1957年5月)「科学小説」(同年12月)と、SFマガジン以降のSF作家たちを生み出した同人誌/作家クラブが続々と生まれてくる。

 著者は、英米SFをベースとした日本現代SFも、その根底には明治期から培われてきた科学小説の伝統があるとする。実際、手塚治虫らの世代は海野十三の強い影響を受けているし、その漫画を見て育った世代は間接的に科学小説のスタイルを学んだといえるだろう。「SFマガジン」以前を、手軽に知ることができる好著。