2009/7/5

Amazon『スパイダー・スター(上)』(早川書房)Amazon『スパイダー・スター(下)』(早川書房)

マイク・ブラザートン『スパイダー・スター(上下)』(早川書房)
Spider Star,2008(中原尚哉訳)


Cover Illustration:鈴木康士、Cover Design:Hayakawa Design

 著者は1968年生まれ。現在はワイオミング大学で天文学を教えている。こちらが本業になる。著作は2冊のみで、最初の長編Star Dragon,2003はオンラインからダウンロードすることもできる。

 凡そ500年後の未来、双子座のポルックス星系。アルゴノート族の知的文明が栄えた遺跡惑星は、今では人類の植民星となっている。しかし、偶然の事故により太陽に隠された皆殺し兵器が目覚め、彼らは攻撃を受けることになる。人々を助ける手段は、アルゴノートの伝説にあるスパイダー・スターにあるはずだった。17光年彼方にあるその星に向け、緊急部隊が派遣される。そこは惑星1つ分の重力が空間全体に作用し、呼吸可能な大気が満ちていた。しかも、複数の知的種族が棲みついているのだ。

 宇宙空間に空気があり、その間を(宇宙船なしで)自由に渡ることができる世界は、ラリイ・ニーヴンの『インテグラル・ツリー』(1983)や、最近ではカール・シュレイダー『太陽の中の太陽』(2006)でも描かれている。惑星表面の狭い空間に押し込められず、無限(に近い)の空を飛べる/空の中に住めるという、壮大な空想を楽しめる設定だ。本書では、超古代の知性が作り上げた恒星でも惑星でもない星、8つの腕を持つスパイダー・スターが舞台となる。(滅びた)超古代の技術文明が作り上げた巨大建造物というのも、SFの定番アイデアだろう。家族と別れて任務に赴くベテラン司令官、野心家の若手リーダーなど、対立する人間関係も書かれている。しかし、本書の魅力は、やはり舞台装置そのものにある。その点で言えば、残念ながら類作を超えるほどの新機軸は盛り込めていない。

 

2009/7/12

Amazon『光瀬龍 SF作家の曳航』(ラピュータ)

大橋博之編『光瀬龍 SF作家の曳航』(ラピュータ)



装丁・デザイン:中村高之(コムデザイン)

 光瀬龍は1928年(昭和3年)生まれなので、年齢で言えば、大正生まれの星新一/矢野徹/柴野拓美らと、昭和6年以降の小松左京/筒井康隆/眉村卓らとの中間になる(といっても、事実上同世代になるだろう)。第2次大戦を挟んだ時代に青春を生きた経験もほぼ共通するし、同人誌「宇宙塵」(1957年創刊)や「SFマガジン」(1960年創刊、正確には59年12月)との出会いも同じ時期になる。

 少年時代の光瀬の記憶は、東京空襲に始まる。東京に生まれ、私立中学に通う光瀬は、突発的な空襲で級友が亡くなって行くという理不尽な体験をする。やがて焼夷弾による大空襲後に岩手県(母親の実家)に疎開。終戦を経て、3年後に東京に帰り、大学の入退学を繰り返した後、旧制最後の高校生活を送る。その後、東京教育大学で生物、哲学を学び、女子高の教師となる。同時に狂騒的な昭和20年代の時代の中で、このままの生活に疑問を感じはじめる。SFとの出会いはそのころになる。

 本書は、光瀬龍のエッセイを、発表年ではなく書かれた内容によって編年的にまとめたものだ。加えて、重要(かつ、単行本に収められていないもの中心に)短篇13作を、同様の方針で収録している。光瀬の自伝/伝記というものはこれまでなく、断片的に知られてきた経歴だけでは、曖昧な印象しか残らなかった。しかし、本書を読めば、なぜ光瀬が“東洋的無常観”(平家物語の盛者必衰のように、すべてのものは滅び去る運命を内在している、とする考え方)と呼ばれる観点で宇宙ものを書き始めたのか、なぜ生物や時代物に興味を惹かれるのか、そういった背景を理解することができる。
 編者大橋博之には、昭和を代表するSF作家/画家に新たな視点を与えてくれる著作が多い。本書は、同人誌に掲載されたエッセイや小説までを幅広く渉猟した労作であり、光瀬龍を読み解く上で重要な研究書でもある。

 

2009/7/19

Amazon『SF本の雑誌』(本の雑誌社)

別冊本の雑誌『SF本の雑誌』(本の雑誌社)



装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。、表紙オブジェ制作:倉田タカシ

 さまざまな内容が雑多に詰めこまれたものを、“おもちゃ箱”と表現することがある。宝の山である。けれど、子供の頃もっていたおもちゃ箱は、大半が本人以外にとって意味のないがらくたの集合に過ぎない。そんなアンビヴァレンスな感情を呼び起こす内容の本といえる。本書は、「本の雑誌」(1976〜)の創刊以来掲載されてきたレビューや対談を抜粋し、さらに書下ろしを加えた、まさにおもちゃ箱/工作マニアの道具箱のようなムックである。

 編年順ではないので、順不同の並びとなるが、内容的には、
 1)オールタイムベスト(書下ろし
 2)テーマ別/ジャンル別SFベスト
 3)SFクズ論争(経過はこちらの『SFが読みたい!』レビューから辿れる)を含む歴代の座談会
 4)時代背景を伝える過去のレビュー記事
 5)とり・みき、円城塔の書下ろし、椎名誠の『アド・バード』原型短篇(同人誌収録作)

 などからなる。70〜80年代のレビューは、当時多かった無責任な状況批判記事(評者も同じようなものを書いていた)が多い。やがて90年代になると、上記の“SFクズ論争”で鏡明、高橋良平というベテランが「最近のSFにクズが多いのは何故か」という主張をして、「SFマガジン」を巻き込んだ大論争に発展する。そもそも「本の雑誌」におけるSFは、マイナーSFを標榜する鏡明(40年代生まれの世代)のカラーでスタートし、(比較的)最近でも大森望、山岸真、牧眞司ら(60年代生まれ)のマニアックな視点で紹介されてきた。初期を除けば、SFに渦を起こしてきたのは、中心で動きの取れない「SFマガジン」ではなく、アナーキーな本書のような存在なのである。従って、この本を楽しめるのは、(自分がマニアでなくとも)マニアックを嫌わない人ということになる。

 

2009/7/26

 創元版年刊SF傑作選の第2弾、2008年のベスト集成である。第1集『虚構機関』(2007年傑作選)は2008年暮れに出たので、わずか半年後の出版になる。そのためか、本書のカラーは前作をより補強したものになっており、メリル傑作選のオマージュという位置付けを早くも脱却しつつある。収録された作品のうち専門誌掲載作は4分の1になって(前作は2分の1)、出典もさらに広範囲になった。

 法月綸太郎「ノックス・マシン」:文学を数理的に解析するオーバードクターが取り組む国家プロジェクトの顛末
 林巧「エイミーの敗北」:犯罪や嘘をつくことさえ絶えた社会で、一人の男の奥底に潜んでいたもの
 樺山三英「ONE PIECES」:小説フランケンシュタインを巡る、さまざまな怪物のイメージ
 小林泰三「時空争奪」:川下から川上へと至る、時間の逆転が生み出す世界の変容
 津原泰水「土の枕」:小作人の身代わりで、日露戦争に従軍した男の流転する半生
 藤野可織「胡蝶蘭」:偶然手に入れた胡蝶蘭に魅せられた女が見たもの
 岸本佐知子「分数アパート」:分数の原理が働くアパートの怪その他を書いた、フィクション風エッセイ
 石川美南「眠り課」:ふつうの会社のふつうでない課を描く一連の短歌
 最相葉月「幻の絵の先生」:星新一が習っていたという絵の先生の正体を探訪するノンフィクション
 Boichi「全てはマグロのためだった」(コミック):マグロの再生に賭ける科学者が生み出す副産物の数々
 倉田英之「アキバ忍法帖」:山田風太郎の忍法帖を、現代の秋葉原にラノベ調で甦らせたら
 堀晃「笑う闇」:亡くなった相方を究極まで再生させようとした漫才師の執念
 小川一水「青い星まで飛んでいけ」:人類滅亡後、宇宙を探索する集団機械知性たちの目指したもの
 円城塔「ムーンシャイン」(書下ろし):群論の一種、モンスター群を擬人化した奇妙な恋愛小説
 伊藤計劃「From the Nothing, With Love」:女王陛下に仕える“転写された”スパイの独白

 今回は長めの作品も多く、より個性が明瞭に感じられる(総ページ数も若干増えた)。中では、法月綸太郎の非常にロジカルなSF、円城塔の数学SFがもっとも先鋭的な印象を与え、小林泰三、藤野可織のホラーSFや堀晃、小川一水、伊藤計劃らのトラディショナルなSFが中核をなしている。しかし、これ以外の境界領域の諸作品が半数を占めたことで、全体に落差が生じ、読み手を飽かせない点を注目すべきだろう。