2010/1/3

 SFマガジンの50周年記念特大号の2冊目、日本SF編である。海外編と同様のページ数(536頁)ながら新作が多く、連載(3作)/コミック(6作)を除いて、まだ18編もある。

 山田正紀(1950)「フェイス・ゼロ」:文楽の人形遣いが作らせた人形の首が引き起こす殺人事件
 椎名誠(1944)「問題食堂」:駅前の大衆食堂で起こる流血の騒動は、ある未来世界の闘争と連動している
 瀬名秀明(1968)「ロボ」:かつてロボットを愛した自然史家は、カナダの荒原で狼の王と対峙する
 上田早夕里(1964)「マグネフィオ」:事故が原因で深刻な脳障害を負った男と、友人の妻との葛藤
 谷甲州(1951)「ザナドゥ高地」:隠された目的を持つタイタンの基地に赴く政府査察官(《航空宇宙軍史》新作)
 牧野修(1958)「小指の思い出」:パーツ交換で長命化した老人たちが住む島を訪れる主人公の目的
 神林長平(1953)「確かな自己、固定・変換・解放」:ある惑星で発見された〈国家〉を探索する2人の学者
 林譲治(1962)「古の軛」:異星人ストリンガーと接触した主人公は、相手の意外な行動で窮地に追い込まれる
 北野勇作(1962)「路面電車で行く王宮と温泉の旅一泊二日」:王宮の地下へと繋がる路面電車による幻想旅行
 小林泰三(1962)「囚人の両刀論法」:異星文明と接触した男は、文明間の“囚人のジレンマ”解決を提案する
 田中啓文(1962)「カッパの王」:深海底の研究者である主人公は、超常現象を頻繁に目撃するようになる
 冲方丁(1977)「メトセラとプラスチックと太陽の臓器」:産まれる全ての子に不死の遺伝子が与えられた社会の寓話
 小川一水(1975)「アリスマ王の愛した魔物」:人力計算器により世界を征服した王を動かしたもの
 円城塔(1972)「エデン逆行」:時計塔を中心とした町で、祖母からの記憶を受け継ぐわたし
 山本弘(1956)「地球から来た男」:地球から恒星間宇宙船に密航した男の正体とは
 森岡浩之(1962)「気まぐれな宇宙にて」:カイパーベルトで発見された異星文明から得られたもの
 菅浩江(1963)「夢」:外惑星系からもたらされた通信を解析する異能者たち
 野尻抱介(1961)「コンビニエンスなピアピア動画」:コンビニから産まれた小さなものが世界を変えていくありさま

 全作書き下ろしとなるので、今回は各著者の生年を入れてみた。大半は「SFマガジン」創刊後の世代で、第1世代と呼ばれる草創期のメンバーは一人もいない(記念エッセイに石川喬司、眉村卓の名前が辛うじて見られる)。60年代前後生まれ、40代が多くを占める。このうち、瀬名秀明、上田早夕里は本誌(小説)初登場となる。この構成は、1月号と同じで、SFの“今現在”を俯瞰したものといえるだろう。SFコアに近い作家を集めた内容だが、なぜか寓話的なお話(上田、神林、小林、冲方、小川、円城、菅)が目立つ。中堅作家となった彼らが、そのSF的な表現方法を模索する、ある種の実験なのかもしれない。
 

 

2010/1/10

Amazon『増大派に告ぐ』(新潮社) Amazon『月桃夜』(新潮社)

小田雅久仁『増大派に告ぐ』(新潮社)
装画:西川真以子、装幀:新潮社装幀室

遠田潤子『月桃夜』(新潮社)
装画:ミヤギユカリ、装幀:新潮社装幀室

 第21回日本ファンタジーノベル大賞の大賞受賞作(2作同時)である。この賞の場合2作同時受賞は大変珍しく、1994年の第6回(池上永一、銀林みのる)以来2回目となる。

『増大派に告ぐ』
 古い団地に一人のホームレスが帰ってくる。男はかつてこの団地に母親とともに住んでいた。しかし、男はラジオから流れる指令に従って、増大派の侵攻を妨害しようとしている。団地には父親の暴力に反発する中学生と、小さな弟の兄弟がおり、偶然出会った男をめぐって、それぞれの家族を背景にした過去が甦ってくる。

『月桃夜』
 深夜、一艘のカヤックが奄美の沖を流されていると、そこに巨大な鷲が降り立ち、古い江戸時代の奄美の物語を語り始める。それは砂糖黍の収穫のため、事実上の奴隷階級として扱われた少年と、幼い少女とのお話である。血の繋がりのない彼らは、お互いを兄、妹と呼び合い育っていくが、やがてその間を引き裂く悲惨な運命が待っていた。

 “増大派”とは奇妙な言葉だが、これは本書の中ほどで説明がされる。SFファンならよく知っている概念だろう(男は、ある意味でエルリックのような存在なのだ)。とはいえ、これは謎解きのネタではない。過去の屈折した家族関係に悩み、今では狂気に取り憑かれた男と、深刻な家庭内暴力の中で、半ば虚無的な諦観を覚えている主人公の絡みが本書の中核をなす。そこから、男の過去が明らかにされ、結末の事件へと物語は一気に収斂していく。
 一方の『月桃夜』でも、奄美の兄妹の運命にハッピーエンドはない。過酷で容赦のない労働(奄美は島津藩の植民地として搾取された)、登場する神々も自然のままの荒ぶる神であり、癒しの神ではない。御伽噺は悲劇に終わるものが多く、死によってしか希望は成就されない(アニメでさえ半世紀前はそうだった)。過去を描くうえでは、この形が正当とも思える。2作ともファンタジイ性よりリアリティが強調されており、テーマも重いが、それを補うだけの文章力/構成力を感じさせる。

 

2010/1/17

 全作書き下ろしのアンソロジイは、井上雅彦監修の《異形コレクション》を始め、日本でも珍しいものではない。しかし、英米でポピュラーなSF専門のシリーズ・アンソロジイ(デーモン・ナイトのORBIT等、テーマを持たず定期的に刊行される)はなく、本書が最初の試みとなる。

 北野勇作(1962)「社員たち」: 泥の中に深く沈んだ会社を掘り出そうとする社員たち
 小林泰三(1962)「忘却の侵略」:姿なき侵略者と戦う主人公の、絶え間のない奇妙な論理の独り言
 藤田雅矢(1961)「エンゼルフレンチ」:意識を深宇宙探査機に転写して旅立ったあなたとわたし
 山本弘(1956)「七歩跳んだ男」: 初の月面殺人事件と思われる事件の謎解きを迫られる基地の保安要員
 田中啓文(1962)「ガラスの地球を救え!」: 謎の宇宙船団から地球を守るため、SFテーマパークの兵器が稼働する
 田中哲弥(1963)「隣人」: 田舎生活に憧れた家庭を襲う隣家の悪臭攻撃
 斉藤直子(1966)「ゴルコンダ」:なぜか複数に分裂してしまった先輩の奥さん
 牧野修(1958)「黎明コンビニ血祭り実話SP」:既知外生命体を殲滅するため特殊戦隊が出動する
 円城塔(1972)「Beaver Weaver」: ビーバーの言葉が紡ぎ出す無限の宇宙
 飛浩隆(1960)「自生の夢」: ある大量殺人者の意識が、テキスト破壊者を滅ぼすために再現される。
 伊藤計劃(1974-2009)「屍者の帝国」:死者再生が当たり前となった並行宇宙のロンドン(未完の遺作)

 伊藤計劃(長編の一部だったもの)以外は書き下ろしとなる。責任編集者の大森望が書くように「日本SFの中軸を担う作家の新作」のため、SFマガジンの2月号とよく似たメンバー構成となった(11篇中6作家は同じ)。今回も各著者の生年を入れてみたが、ほとんど差がないことが分かる。唯一の制約条件である「本人たちの判断による、“これぞSF”たるもの」というくくりは、むしろ、独特のユーモアと幻想味の深さに反映されている。メンバーの顔ぶれからも予想されるように、サイエンス・フィクションの方向ではないだろう。中では、牧野、円城、飛らが、世界の本質はハードなモノではなく、抽象化された“テキスト”なのだと描いている点が興味深い。

 

2010/1/23

Amazon『へリックスの孤児』(早川書房)

ダン・シモンズ『へリックスの孤児』(早川書房)
Worlds Enough & Time,2002(酒井昭伸・嶋田洋一訳)

カバー・イラスト:加藤直之、カバー・デザイン:ハヤカワ・デザイン

 8年前に出たダン・シモンズの最新作品集。日本オリジナル版『夜更けのエントロピー』(2003)も出ているが、それを除いた短編集はそもそも4冊だけしかない(90年代後半以降、短編をほとんど書いていないのである)。

 「ケリー・ダールを探して」(1995):さまざまな時代の中で教師だった主人公は教え子の行方を捜す
 「ヘリックスの孤児」(1999):恒星間移民船ヘリックスがたどり着いた恒星系で助けを求める人々(ハイペリオン)
 「アヴの月、九日」(2000):1000年後の未来、古典人類が迎える最後のファックスの瞬間とは(イリアム)
 「カナカレデスとK2に登る」(2001):昆虫型の異星人が望んだのは古典的な装備によるK2登攀だった
 「重力の終わり」(2002)*:米国人作家が見る、旧ソ連の栄光が消えたロシアの宇宙開発現場(映画シナリオ)
  *…初訳

 《ハイぺリオン》や《イリアム》など著名な長編の後日譚/前日譚だったり、シナリオ(映像化はされていないが)だったりと、独立した作品集としてはやや中途半端である。しかし、全作に著者自身の長い序文が付いていて、各作品の背景を説明してくれる(あくまで“背景”であって、作品解説ではない)。読み手を飽きさせないサービスが本書の特徴である。著者のユダヤ人としての感情(「アヴの月」)、山に対する思い入れ(「ケリー・ダール」「カナカレダス」)は、エッセイとフィクションとの融合が感じられる。「ヘリックス」のアイデアが、もともとスタートレックのシナリオ用だったことや、「重力の終わり」でハリウッド映画産業と、作家との関係が書かれている点も面白い。

 

2010/1/30

Amazon『ポジティヴシンキングの末裔』(早川書房)

木下古栗『ポジティヴシンキングの末裔』(早川書房)


装幀・フォーマットデザイン:水戸部功、装画:今津景「COSMOPOLITAN」(2009)

 《想像力の文学》第5回配本。第49回群像新人文学賞(2006)を受賞した、著者(1981年生まれ)の初作品集である。収録作品は以下の通りになる。

 犯罪捜査 選挙運動廃絶運動 ある未明、有閑マダムたちの 夕方になって当座の必要から 病んだマーライオン ミドルエイジ・クライシス 糧 近所には* 爽やかなマグロ漁* 場末のテレビっ子 そのとき突然、画面が デーモン日暮 この冬…ひとりじゃない* 虎と戦いたい* 突然、自分が動物が 清潔感のある猥談 決死の夜這い 大人のけんか術 拳でしかわかり合えないのか 真夜中にアパートに帰り着くと* 私の中の壊れている部分 ラビアコントロール 自分−抱いてやりたい− ある日、駅に向かっていると どこから入ってきたのか うららかな日和の昼下がり インテリジェンス廃人論 興奮塾 蛇頭
 *…これ以外はすべて書き下ろし

 それぞれ、短編のようなショートショートのようなごく短い作品ばかり。紹介文では、全29編とも約30編とも書かれていて、短編集というには曖昧だ。というのも、各作品は自由連想のように関連し合い、前後で共鳴したり(「犯罪捜査」の結末で書かれたテレビに映る乳房が、次の作品の始まりになる)、遠く離れた作品と(不規則に)繋がっているように読めるからだ(「この冬…ひとりじゃない」と、「うららかな日和の昼下がり」とに登場する黒人ジャクソン)。この構成は1つの短編の中でも採られている(「 選挙運動廃絶運動」では、乳房に対する興味→アナーキストのラーメン屋→街頭演説と暴力→乳房に対する興味、という円環構造の連想となっている)。著者の特徴は、不連続な連想を支える執拗な文体にある(「興奮塾」では17ページ17行(原稿用紙40枚)にわたって、一切改行のない緊密な文章が続く)。そこに没入できるか否かで、本書の評価も変わるだろう。