2010/10/3

Amazon『ペンギン・ハイウェイ』(角川書店)

森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』(角川書店)


装画:くまおり純、装丁:鈴木久美(角川書店装丁室)

 5月に出た本。著者の新境地と評判になった。実際本書の滑り出しは、まるで(最近の)村上春樹のようで、ユーモラスというより、茫洋として得体のしれない登場人物が目立つのである。

 都心から離れた郊外の新興住宅街。主人公は小学校四年生で、常にノートを携行し、物事の観察に勤しむ論理的な少年だった。どんな疑問も書きとめ、読み返して意味を考える。最近のテーマは、住宅街を流れる川の源流はどこか、町の詳細な地図作りだった。しかし、春が深まった5月、空き地に現れたペンギンの群れを見たときから、小さな世界はまったく別の様相を見せ始める。

 主人公はえらい科学者を夢見ていて、感情的にならず冷静に物事を見ようとする。けれど、子供なのであるから、行動は大人のように鼻持ちならない高慢さとは無縁だ。喫茶店のお姉さんに憧れる気持ちも、それが実はどういう意味なのかが分かっていない。実際、お姉さんは謎の存在なのである。ペンギンはどこから生まれてくるのか、森の中で徘徊する生き物は一体何か、野原に出現した“海”はどういう理屈で存在できるのか。それらとお姉さんとは関係があるのか。夏休みの中で、謎が無数に渦巻きながら、彼らを飲み込んでいく。
 これまでの森見作品でも、お話に明快な結末はなかったのだが、本書の場合は主人公が「科学者」であるところがポイントだろう。巨大な(しかし、人類を揺るがすわけではない)謎に挑む、小学生の科学者という設定が面白い。

 

2010/10/10

Amazon『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』(早川書房)

大森望編『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』(早川書房)
If this is Winnetka, You must be Judy and Other Stories,2010(大森望編)

Jacket Art:瀬戸羽方、Jacket Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 SFマガジン50周年アンソロジーの第2巻目。今回のテーマは時間であるが、編者の大森望は既に『不思議の扉』などの時間アンソロジイを編んでいる。これらと、中村融『時の娘』などの既存アンソロジーと被らないために、あえてロマンス色を薄めたという。ただ、本書には23年前に新潮文庫から出た『タイム・トラベラー』(1987)から、表題作とスチャリトクル「しばし天の祝福より遠ざかり…」が転載されている(編者は浅倉久志、伊藤典夫らと編集に携わった)。過去に対するオマージュである点で、これも1つの“時間テーマ”となっている。

 テッド・チャン「商人と錬金術師の門」(2007):バグダッドの商人が秘匿する時の門にまつわる物語
 クリストファー・プリースト「限りなき夏」(1976):時間凍結された恋人を見守る男の運命
 イアン・ワトスン&ロベルト・クアリア「彼らの生涯の最愛の時」(2009)*:最愛の女性を知った男の逆転する旅
 ボブ・ショウ「去りにし日々の光」(1966):光が通過するのに、10年余りの時間差を生じるガラスが写したもの
 ジョージ・アレック・エフィンジャー「時の鳥」(1985):時間旅行者の見た過去の名所のありさま
 ロバート・シルヴァーバーグ「世界の終わりを見にいったとき」(1972):世界の終末を見る時間ツアーの顛末
 シオドア・スタージョン「昨日は月曜日だった」(1941):月曜日が終わった後に何が行われているのか
 デイヴィッド・I.マッスン「旅人の憩い」(1965):戦争の最前線から遠ざかるほど、時間は早く流れるようになる
 H.ビーム・パイパー「いまひとたびの」(1947)*:戦死したはずの自分が若い自分の中で蘇える
 リチャード・A.ルポフ「12:01PM」(1973)*:1時間の時間ループに閉じ込められた男
 ソムトウ・スチャリトクル「しばし天の祝福より遠ざかり…」(1981):異星人の閉鎖した時間を逃れようとする人々
 イアン・ワトスン「夕方、はやく」(1996):一日が人類の進化した時間と同じだったら
 F.M.バズビイ「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」(1974):人生が連続ではなくランダムに流れたら
 *:本邦初訳(パイパーのリンク先は1950年代のNBCラジオSFドラマのサイトで、34回に本作が収録されている)

 本書の場合、時間物の“オールラウンド”を目指した(重層的な)構成がなされている。チャン/プリースト/ワトスン&クアリア/ショウまでは、時間に翻弄される人間のありさまを描き(時間の無謬性、凍結した時間、逆転する時間、遅延・蓄積する時間)、エフィンジャー/シルヴァーバーグ/スタージョン/マッスンまでは、時間の持つ特異性を際立たせ(史実と異なる過去、お互い矛盾した未来、孤立した時間、時間流の不均一性)、一転、後半は書誌的な時間物の原点を探る、パイパー/ルポフ(同じ人生を生きなおすリプレイもの、時間ループものの最初の作品)を挟み、さらに複雑化したスチャリトクル/ワトスン/バズビイ(集団時間ループ、人類史そのものがループ、シャッフルされた時間)と続く。比較的シンプルなものから、複雑なものへと展開していく並びになっていて、やはり最初から順番に読むのが正解だろう。

 

2010/10/17

Amazon『スワロウテイル人工少女販売処』(早川書房) Amazon『不動カリンは一切動ぜず』(早川書房)

藤真千歳『スワロウテイル人工少女販売処』(早川書房)
Cover Illustration:竹岡美穂、Cover Design:電光肋骨団

森田季節『不動カリンは一切動ぜず』(早川書房)
Cover Illustration:吉田ヨシツギ、Cover Design:電光肋骨団

 それぞれ6月、9月に発売になった作品。世代的には、前回6月に取り上げた木本雅彦(1972生)、大西科学(1971)、今回の藤真千歳(1976)と、森田季節(1984)らでは10年程度のギャップがある。同じゼロ年代(デビュー)作家と言っても、前者のグループはライトノベル前の時代を知っているが、後者はその時代とともに生きてきたという違いがある。

『スワロウステイル人工少女販売処』:関東が水没するくらいの未来、接触すると死に至る病に感染した男女を隔離した人工島が舞台。男女の代替として有機的に合成された人工妖精は、ロボット三原則に加えて情緒的な二原則により行動を規制されている。しかし、そこでありえない連続殺人事件が発生する。

『不動カリンは一切動ぜず』:セックスが致死性の病の原因となって、子供が人工授精でしか生まれなくなった未来。ネットワークで個人が管理された社会でもある。そこで、過去に起こったバス事故を調べていた二人の少女は、事件と行方不明となった宗教団体の教祖との関係にたどり着く。

 今回の2作は、(文字通りの)セックスレス社会を描いている点が共通している。我々は実は異性を憎んでいるのではないか(藤真:SFマガジン2010年8月号)、中性的なもの書くために性を排除した(森田:同2010年11月号)と著者は述べている。人間の本能に根差す類型化した性の存在を、リセットするための仕掛け/装置なのである。
 『スワロウステイル…』は複雑な設定になっている。隔離された島、自警団(自治警察)、日本本土から派遣された治安部隊、人工妖精を管理する治安組織が絡み合い、妖精(有機アンドロイド)の造形師、できそこないの妖精と、殺人鬼となった妖精が登場して、お互いの意味を確かめ合う展開になる。気になるのは、ここで述べられている内容である。確かに設定内では正しいのだが、共感するにはあまりに作られすぎているように感じる。
 一方の『不動カリン…』は、現在の延長と思えるネットワーク社会の中で、成り立たなくなった親子関係の葛藤をテーマとしている。そこに超人少女ものや、中世の仏教思想と新興宗教など、著者の専門知識を加えて、他にない印象を与えている。ライトノベルの制約がない分、詰め込まれたアイデアの量は非常に多い。本来相容れない要素が、十分に融合できているかが課題だろう。

 

2010/10/24

Amazon『ランジーン×コード』(宝島社)

大泉貴『ランジーン×コード』(宝島社)


カバーイラスト:しばの番茶、カバーイラスト:門田耕持(Spray)

 第1回『このライトノベルがすごい!』大賞の受賞作。752編の応募があり入選は5作、本書は大賞を得ている。著者は1987年生まれ。ランジーンとは、言詞(言葉)Language+遺伝子geneから作られた造語である。

 物語の27年前、遺言詞という概念が明らかになる。それはある種のコトバ/呪文なのだが、コトバを得た人間の脳は変質し、ヴァーチャルな世界に生きる新しい人種“コトモノ”を生み出す。そんなコトモノとの共存社会で、彼らを襲い、遺言が食い散らされるという事件が発生する。追いかける主人公が出会った犯人とは。
 
 “遺言詞”は最近ブームになっている、“テクストによる世界変容”のアイデアに基づくものだ。これがどういうものかというと、人間の意識を制御するものは言語/言葉であり、人間が世界を理解する/読解するツールも言語>さらに進めて文章=テクストなのだという考え方による。つまり、抽象的なテクストが変容すれば、物理世界もテクストと同様に変貌するのである。ファンタジイでは、例えばル・ヴィンの《ゲド戦記》などで、人の“真の名前”を知ることが相手を支配する手段となっている。名前=テクストなので、同じ考えに基づくものといえる(魔法的な“呪文”とは違うので注意が必要)。本年度の星雲賞を受賞した飛浩隆「自生の夢」が、このテーマの代表的作品だ(リンク先では「2009年」となっているが「2010年」の間違い)。本書では、さまざまなテクスト変容種族が、まるで妖怪のように登場する。殺戮者とその背後の陰謀/政治の存在などを匂わせながら、ミステリタッチで物語は進む。リアルに感じさせるには難しいテーマを、妖怪話風にまとめた点が新趣向。

 

2010/10/31

アーシュラ・K・ル=グウィン『ラウィーニア』(河出書房新社)
Lavinia,2008(谷垣暁美訳)

装画:丹地陽子、装幀:原路子

 昨年11月に出たル=グウィンの最新長編である(2008年刊)。今年で81歳になったル=グウィンだが、《西のはての年代記》完結編『パワー』(2007年)が2009年度ネビュラ賞(米国SF作家協会賞)を受賞、本書は同年のLOCUS賞(同誌はプロフェッショナルな読者のための情報誌)を受賞、今年もエッセイ集『Cheek by Jowl』が同賞を取るなど旺盛な活動を続けている。どちらかと言えば、ヒューゴー賞などによる大衆人気よりも、プロの評価が高いのが著者の特徴だろう。

 ローマ建国の前、紀元前8世紀のイタリア半島。ラテン人やエトルリア人など、複数の民族が交じり合って暮らす土地に、トロイア戦争の生き残りであるトロイの英雄アエネーアス(アエネーイス)らが、地中海遍歴の後上陸する。彼らを迎えたラティウムの王は、予言に従って彼の娘ラウィーニアを結婚相手として差し出すが、それを快く思わない王女と従弟にあたるトゥルヌスとの戦争へと事態は動いていく。

 ローマ時代の詩人ウェルギリウスによる叙事詩『アエネーイス』(紀元前19年)の、後半6巻に基づく物語。ローマ建国前のイタリア史は、正確な歴史が残されていない時代である。ウェルギリウスも大半を空想で書いたとされる(ローマ建国とトロイの貴族を結び付け、権威付ける意図があった)。本書の主人公は、しかし英雄アエネーイスではなく、予言者の能力を持つ少女ラウィーニアである。原詩ではほとんど言及されることのなかった少女の視点で物語は描かれている。冒頭、河口を整然と溯っていくトロイの軍船を目撃するシーンで始まるこのお話は、死すべき運命にあるアエネーイスと主人公との対話を交えながら、独特の静謐さに満ちた展開を見せる。次第に気を病んでいく勝気な王女(母親)、無理強いされた婚約から解放され、英雄との出会いにときめく少女、予言と女王との狭間で揺れ動く王など、人物の心の動きも鮮やかだ。まさに過不足がない出来で、これ以上足しても引いてもバランスが崩れるという絶妙な作品。