2010/11/7

Amazon『華竜の宮』(早川書房)

上田早夕里『華竜の宮』(早川書房)


Cover Illustration:山本ゆり繪、Cover Direction & Design:岩郷重力+S.I

 本書の表題である“華竜”は著者の造語である。地球深く、マントル層を吹き上がるプルームを象徴する言葉なのだという。1300枚600頁弱、著者最大の書き下ろし長編になる。

 “リ・クリティシャス/白亜紀に戻る”、太洋で生じた大規模な海底隆起により、海面は白亜紀の時代がそうであったように、260メートルも一気に上昇する。人類の秩序はいったん崩壊し、厖大な犠牲を払いながら、しかし遺伝子改変と生き残った科学の結集により立ち直りを見せる。25世紀、巨大な浮上都市と残された陸地からなる複数の国家連合と、海に特化し魚舟に乗って洋上生活をする海洋民は、資源をめぐって対立を深めつつあった。そこに、また新たな危機を予感させる驚くべきシミュレーションが提示される。

 わずか500年後の未来なのだが、そこには異形の人類が生存している。クジラのように巨大化した魚舟・獣舟、手足のない植物のような人類、しかし、一方で現存の人類は21世紀の政治体制を半ば引き摺ったまま存続している。そういう矛盾を、本書はいくつかの仕掛けで読者に説明している。まずプロローグで、激変する地球環境を最新地球科学理論を敷衍する形で提示する(科学に興味のない読者には厳しいかもしれない)。次に、人類の変化を遺伝子改変技術で説明し、最後に政治体制や技術レベルの沈滞(現在のクラウド技術に近い)については、資源が著しく制約される未来の状況から納得させようとする。何れも本格SFの多くが踏襲する“説明責任”を果たしていて、背景にある世界構築の緻密さを十分感じさせるものだ。SFでは“荒唐無稽”な設定で読者を白けさせないため、論理的整合性が重要なファクターになる。逆に言えば、現実から遠いほど書くのが難しくなる。その点は、異世界の成り立ちが基盤となるハイ・ファンタジイ(トールキン『指輪物語』など)も同様だ。
 お話の上でもいくつかの工夫が見られる。例えば本書は人工知性の一人称で語られているのだが、それと登場人物の三人称での描写がシームレスにつながっている。暴走気味の主人公が人工知性により客観視されるため、著者の特徴である抑え気味の展開とバランスする。またもう1つの特徴として、本書と眉村卓『司政官』との関係が挙げられるだろう。インサイダー/はみ出し官僚、主人公が単独で挑む危機、人工知性=SQ1(著者もtwitterで言及、SQ1とは司政官を補佐する最高位のロボット官僚)、異星人(=異形の人類)はむしろ敵ではなく、既存の人類/体制が障害となって立ちはだかるなど、多くの共通点がある。

 

2010/11/14

Amazon『時の地図(上)』(早川書房)Amazon『時の地図(下)』(早川書房)

フェリクス・J・パルマ『時の地図(上下)』(早川書房)
El mapa del tiempo,2008(宮崎真紀訳)

カバーイラスト:影山徹、カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン

 1968年生まれのスペインの作家、フェリクス・J・パルマのベストセラー小説で、2008年のセビリア学芸協会文学賞(新人賞)を受賞した作品。スペイン語圏の作家はラテンアメリカの幻想文学で良く知られているが、本家スペインの現代作家は馴染みがない。本書はヨーロッパをはじめ各国で翻訳された話題作でもある。

 19世紀末、切り裂きジャックに娼婦の恋人を殺された一人の青年が、時間旅行による事件の解決を思いつく。その頃ロンドンではウェルズの『タイムマシン』が話題になり、さらには西暦2000年を実際に訪問できるツアーが人々の関心を呼んでいた。はたして過去は変えられるのか、タイムマシンは実在するのか。

 本書は、時間理論を正面から捉えたストレートなSF小説ではない。しかし、既存のSF的要素を巧妙に取り込み、19世紀末の史実と、フィクション(時間旅行)との境界を曖昧にすることで、従来にない印象を与えてくれる作品だ。重要な登場人物はH・G・ウェルズその人。哲学者然とした肖像からはなかなか分からないが、ウェルズは貧民階級から名を挙げた作家であり、波乱に富んだ経歴は本書のとおりである。科学技術を手放しに称賛する20世紀直前の時代、その文明の究極の姿に警鐘を発した『タイムマシン』(1895)がなぜ書かれたか、意義/史実も良く分かるようになっている。一方のフィクション第1部では切り裂きジャック事件の解決が、第2部では時間旅行社が生まれた経緯が描かれ、第3部では表題「時の地図」の意味が明らかになる。とはいえ、本書は“重い”お話ではない。皮肉っぽいウェルズの心情を交えながら、ユーモラスに展開する。確かに、こういう書かれ方の時間物は初めてだ。

 

2010/11/21

Amazon『ぼくの、マシン』(東京創元社)Amazon『逃げゆく物語の話』(東京創元社)

大森望編『ぼくの、マシン』 『逃げゆく物語の話』(東京創元社)


Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。Objet:HignBISS/VANne

 大森望のアンソロジイ・シリーズの中で、これは再録アンソロジイになる。2000年代に発表された作品を、大きく《宇宙・未来編》(S)と、《世界・奇想編》(F)に分け、計23編を収録したもの。過去の筒井康隆アンソロジイ『’60年代日本SFベスト集成』に準えて『ゼロ年代日本SFベスト集成』としている。収録範囲が直近10年ながら、新陳代謝の激しい出版界ではこれらを書籍から見つけ出すのは容易ではない。その点に本書の意義はある。

ゼロ年代日本SFベスト集成<S>
野尻抱介「大風呂敷と蜘蛛の糸」(2006):蜘蛛をヒントに、高度80キロの中間圏で有効な凧を思いついた女子大生
小川一水「幸せになる箱庭」(2004):地球の危機を救うため、異星人とコンタクトを試みたチームの視たもの
上遠野浩平「鉄仮面をめぐる論議」(2001):宇宙から襲いかかる謎の敵に対する究極の兵器
田中啓文「嘔吐した宇宙飛行士」(2000):宇宙飛行遊泳中に吐き気を感じた訓練生の運命
菅浩江「五人姉妹」(2000):臓器提供用に作られた4人のクローンと、オリジナルとの出会い
上田早夕里「魚舟・獣舟」(2006):陸地の大半が水没した世界、異形と化した生物“舟”と人類との結びつきとは
桜庭一樹「A」(2005)*:かつてスキャンダルで消えたバーチャル・アイドルが復活するとき
飛浩隆「ラギッド・ガール」(2004):数値海岸を開発する研究所で出会ったラギッド・ガールと呼ばれる醜い女性
円城塔「Yedo」(2007):異星から来た超越知性体に対抗するため開発された“喜劇知性体”の行動
伊藤計劃+新間大悟「A.T.D Automatic Death」(2002)**:『虐殺機関』と設定を共通する未収録コミック
神林長平「ぼくの、マシン」(2002)***:子供のころ深井零が手に入れた、世界で最後のパーソナルコンピュータ
*単行本未収録、**本作解説で言及された同人誌コミック、***戦闘妖精・雪風シリーズ

ゼロ年代日本SFベスト集成<F>
恩田陸「夕飯は七時」(2005):食事を待つ兄弟たちの会話、見知らぬ言葉が奇妙な創造物を産みだしていく
三崎亜記「彼女の痕跡展」(2007):小さなギャラリーで展示されているのは、どこかで失われた彼女の痕跡だった
乙一「陽だまりの詩」(2002):死が近づいた男は、墓を掘らせるために一人のロボットを作成する
古橋秀之「ある日、爆弾がおちてきて」(2005):爆弾を自称する彼女は、病弱だったクラスメートに似ていた
森岡浩之「光の王」(2003)*:何かを忘れている、そう思った主人公の思いは彼だけの問題ではなかった
山本弘「闇が落ちる前に、もう一度」(2004):もし、この宇宙が“まぐれあたり”でしかないとしたら
冲方丁「マルドゥック・スクランブル“−200”」(2004)*:親類が次々殺される少女を護衛する最強のコンビ
石黒達昌「冬至草」(2002):強い放射線を放つ植物標本と、その採取者の戦前戦後の運命
津原泰水「延長コード」(2007)*:娘を亡くした父親は、部屋に残された延長コードの目的を知る
北野勇作「第二箱船荘の悲劇」(2009):安アパート第二箱船荘で起こる、さまざまな怪奇現象の顛末
小林泰三「予め決定されている明日」(2001):世界をシミュレーションする“手計算”で作られた世界で生きる女
牧野修「逃げゆく物語の話」(2004):非合法化され廃棄されようとする物語たちの逃亡劇
*単行本未収録  

 良く似た表題のアンソロジイ『ゼロ年代SF傑作選』が、年初に出ている。しかし同じ“ゼロ年代”でも、本書の視点はあくまでも“ゼロ年代に書かれた作品”であり、この年代にデビューした作家のみが対象ではない。結果として、本書は21世紀初頭のSFトレンド(仮想空間と現実との相似性、ロボットやクローンと“本物”との相似性、並行宇宙に対する様々なヴァリエーション等)を反映しながら、小説的にも落ち着いた雰囲気のものが多くなった。S編では、設定のスケールで「魚舟・獣舟」、稠密さで「ラギッド・ガール」が優れ、F編では描写が濃厚な「冬至草」、他にない抒情性で「逃げゆく物語の話」が印象に残る。

 

2010/11/28

Amazon『異星人の郷(上)』(東京創元社)Amazon『異星人の郷(下)』(東京創元社)

マイケル・フリン『異星人の郷(上下)』(東京創元社)
Eifelheim,2006(嶋田洋一訳)

Cover Illustration:加藤直之、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 マイクル・フリンは1997年に翻訳が出た、ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネルとの合作『天使墜落』(1991)を実質的に書いた作家だ。この作品は星雲賞を受賞している。1947年生まれ、1984年から作品を発表しており、兼業作家ながら作歴は長い。メジャーな賞は候補作どまりだが、プロメテウス賞、サイドワイズ賞など複数の受賞作がある。

 1348年8月、当時神聖ローマ帝国だったドイツ南西にある小村に、異星人の宇宙船が不時着する。彼らの船は短期間では修理できない損傷を受けていた。偶然彼らと接触した神父は、巨大バッタのような外観の彼らとコミュニケーションすることで、非人類との垣根を越えようとする。中世のただなか、折りしもヨーロッパ全土はペストの蔓延による危機を迎えようとしていた。

 中世ヨーロッパ、フランスは100年戦争の最中であり、ドイツは実質的に諸侯による分裂状態にある。しかし、教会支配による暗黒時代かといえばそうでもなく、異端審問も(いわゆる人民裁判ではなく)極めて論理的に実施されているなど、ある種の秩序が成り立つ時代でもあった。作者はその背景を物語に違和感なく織り込んでいる。中世の史実を調査する歴史学者(男)、超次元理論の研究者(女)との会話と、中世の世界が対照され、最後に1つに融合する。ただし、現代とシンクロしながらペスト蔓延下の中世を描くと言えば、コニー・ウィリス『ドゥームズデイ・ブック』(1992)を思い出すが、残念ながら本書の場合は現代編が
乖離したままの印象。