2010/2/7

Amazon『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社)

東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社)


Cover Photo:(C)Paul Taylor/Getty Images、Design:Shinchosha Book Design Division

 キーワードは、村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985)、フィリップ・K・ディック『ヴァリス』(1981)、(実在しない)量子脳計算機科学。本書は、東浩紀初の長編小説であり、自身の家族をモデルにした設定であることも話題を呼んだ。

 2007年の夏、主人公は娘からのメールを受け取る。それは過去に生まれたかもしれない娘が、2035年の未来から送ってきたものだとわかる。量子回路が情報端末に取り込まれた時代、ネットワークには量子論的にありえたかもしれない並行世界からの通信が混入し始める。それは情報の信憑性を著しく低下させ、やがて世界はネットワーク以前の世界へと退行する。主人公は並行世界からの通信を受けたのち、微妙に異なった/しかし同一の/妻・娘・愛人たちと、さまざまな過去/未来を生きることになる。

 本書は、題名通り“量子的に離散化された家族の物語”である。後ろめたい過去を持つ売れない作家/テロの首謀者である主人公、実在の娘/物語の中で書かれた娘、最愛の妻/冷え切った関係の妻、テロ思想の信奉者だった愛人、それらが複雑な並行世界との関係で描かれていく。しかし、この物語は(本来の多世界解釈のように複数に)発散せず1つに収束していく。作者が、本書を極めて私的な家族愛の物語として終幕させた意図についても、考えてみる必要があるだろう。

 

2010/2/14

Amazon『その夢のつづき』(文藝春秋企画出版部)

波津尚子『その夢のつづき』(文藝春秋企画出版部)


装丁:鈴木正道、カバー写真:(C)TAKESHI ODAWARA/orion/amanaimages

 本書は自費出版で出されたものだ。著者は、1970年から89年まで30冊刊行された、北海道のSF同人誌「イスカーチェリ」の出身である。その“イスカ”は著者の兄である波津博明沼野充義らが寄稿していた雑誌で、主に非英米圏作家紹介を中心とする特異なファンジンだった。また、徳間書店の「SFアドベンチャー」では、1983年の1月号でファンジン優秀作を選出しており(選考は巽孝之、荒巻義雄、眉村卓)、その第1回に「意識体」(初出時の題名は「養育」)が選ばれている。その後、84年にかけて4編が掲載されたが、本書にはそのうちの3作品が含まれている。

 「モデルハウスの聖夜」:豪雪の聖夜にモデルハウスを訪れた、不可思議な客との一夜
 「永遠の不在証明」:壁に隔てられた閉鎖空間に住む男娼に、住居の移転通知が送られてくる
 「夢から来たタック」(「夢からの客」1983.2):一人で恒星間を旅する男は、空想したものが現実化することに気づく
 「意識体」(「養育」1983.1):生物の中で寄生する「意識体」の思考の流れ
 「力尽き、その魂が土へ還るまで」(「その光果つるまで」1984.6):女性が絶滅した社会で残された女たちの運命
  *SFアドベンチャー収録作のみ発表年記載。イスカ掲載分は内容未確認。

 本書に収録する段階で、各作品とも掲載時から加筆されていることが分かる。しかし、本質的な違いはなく、20年前のSF同人誌の雰囲気が(良し悪しも含め)強く感じられる。それは、60-70年代のニューウェーヴSFの系譜をひく閉塞感/不条理性だ。偽物の社会、逃げ場のない拘束された世界が特徴で、飛浩隆が『グラン・ヴァカンス』で昇華する以前の原型を読んでいるようである。時代を共有していない現在の読者には、やや解り辛いかも知れない。

 

2010/2/21

Amazon『ゼロ年代SF傑作選』(早川書房)

SFマガジン編集部編『ゼロ年代SF傑作選』(早川書房)


Cover Illustration:シライシュウコ、Cover Design:岩郷重力+Y.S

 単純に書いてしまうと、“ゼロ年代SF”とは、2000年代になってSFプロパーに姿を見せた作家/作品を総称する名称である(SFマガジンの塩澤編集長により、“リアル・フィクション”というキャッチフレーズで呼ばれていたこともある)。当時の出版状況の影響もあり、大半はデビューがライトノベルであったわけだが、SFを経て一般小説や純文学へと展開していった作家も含まれる。

 冲方丁(77)「マルドゥック・スクランブル“104”」(2003):証人となった女性を守るサイボーグ戦士と生きている兵器
 新城カズマ(-)「アンジー・クレーマーにさよならを」(2005):体を改変した少女たち/並行する古代地中海の物語
 桜坂洋(70)「エキストラ・ラウンド」(書下し):ゲーム世界の中で犯人捜しをする主人公の仮想人格
 元長柾木(75)「デイドリーム、鳥のように」(2003):機関を抹殺すべく、夢を改変する任務を命じられる主人公
 西島大介(74)「Atmosphere」(2004):無数に存在する自分のドッペルゲンガーを消すことの意味
 海猫沢めろん(75)「アリスの心臓」(2008):不思議な感覚を持つ少年とギャル/その中で並行する神学者の物語
 長谷敏司(74)「地には豊穣」(2003):他者の経験をインプラントできるインターフェースを開発する研究者たち
 秋山瑞人(71)「おれはミサイル」(2002):数百年間も空中を飛び続ける戦闘機とミサイルとの会話

 SFマガジンの「50周年記念号」『NOVA1』と比べて明らかなように、本書に収録された作家たちは10年若く、30代ばかりだ。そもそも第1世代のSF作家たちは20代、遅くとも30代でデビューしてきたのだから、これがノーマルな姿なのかもしれない。「マルドゥック―」は、長編『スクランブル』の前日譚、「エキストラ―」は『スラムオンライン』の後日譚、「Atmosphere」は単行本『アトモスフィア』、「地には豊穣」は『あなたのための物語』の原型を思わせる。そういう意味で本書は、2000年代を代表する長編のコンデンス(濃縮)版といえるかもしれない。またこれら作品が、サイバーパンク/80年代以降のSFの上に成立していることにも注目すべきだろう。一見関係のなさそうな表題、「アンジー・クレーマー」(三原順の『はみだしっ子』の登場人物アンジー)は、世界観の組み立ての論理性からSFファンにも注目されていた少女漫画だ。これも80年代前後のことだ。本書の解説・解題を書く藤田直哉は83年生まれで、作家たちよりさらに10年若い。比喩などに無理を感じるが、“今”のパースペクティヴで表現ができている点は(本書の性格上)良い。

 

2010/2/28

Amazon『アホの壁』(新潮社)

筒井康隆『アホの壁』(新潮社)


デザイン:新潮社装幀室

 新潮新書にはベストセラー養老孟司『バカの壁』(2003)があり、新書ブームの端緒となった。その一方、小松左京の『SF魂』(2006)、眉村卓『妻に捧げた1778話』(2004)などもあり、各著者の自伝風の記述が注目を集めている。本書はむしろ後者に属する本といえるだろう。

 1.人はなぜアホなことを言うのか:言ってはならないことをなぜ発言してしまうのか
 2.人はなぜアホなことをするのか:無意識的な癖やしぐさをフロイト的に解釈する
 3.人はなぜアホな喧嘩をするのか:自分にとって何の利益にもならない喧嘩のメカニズム
 4.人はなぜアホな計画を立てるのか:仲間内だけで進める/意味のない中庸など、必然的失敗を孕む計画
 5.人はなぜアホな戦争をするのか:つまらないきっかけで始まる戦争の数々

 本書は「こうすればアホでなくなる」ことを指南するノウハウ本ではない。著者がフロイトの心理学をベースに小説を書いていることは、デビュー初期からよく知られている。半世紀を経て、フロイト心理学そのものの重要性は薄れたが、その人間観察力については見るべき点がまだ多い。本書でも、著者の原点に立ち返り、アホであることのフロイト的解釈がテーマになっている。バラエティ番組のアホさを指摘しながら、自身もその番組に出ている矛盾こそがアホの本質と書いているあたり、筒井流論理のアクロバットが感じられて大変面白い。