2011/7/3

Amazon『天獄と地国』(早川書房)

小林泰三『天獄と地国』(早川書房)


Cover Illustration:星野之宣、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 SFとしては、『ΑΩ』(2001)以来10年ぶりの長編である(『ネフィリム』(2004)などホラー長編は書かれてきた)。短編集『海を見る人』(2002)に納められた、同題の短編を長編化した作品でもある(SFマガジンに2006年8月号から2011年2月号まで不定期に連載)。書き延ばしたのではなく、説明がされなかった“世界像”に当たる部分を書き足した形である(著者あとがき)。

 そこは逆転した世界である。世界は、“頭上”の岩にしがみつくように点在する貧しい集落でしかない。そこから落ちたものは、“天獄”に連なる奈落の星空に消え去るのみだ。主人公は、空賊の略奪した跡をあさる、落ち穂拾いに過ぎなかった。しかし、偶然手に入れた古代の超兵器をきっかけに、世界の秘密に迫ろうとする。

 アマツミカボシ(日本書紀の星神)、ワイバーン(ヨーロッパ中世の竜)、エクトプラズム(心霊現象の名称だが、本書ではプラズマ放射をイメージ)、カルラ(仏教の迦楼羅/インド神話のガルーダ)、アルゴス(ギリシャ神話の巨人)など、さまざまな神話から名称が取られた怪物/超兵器が登場する。それらがお互い戦いあうエピソードが連ねられて、長編を成すという体裁だ。世界の秘密でもある遠心力と重力の関係が描写されているが、いかにも作者(理系ハードSF作家)らしく物理的に正確である。その一方、怪物たちは、ぬめぬめとしたグロテスクな存在で、これまたデビュー以来の小林泰三(ホラー作家)のイメージを踏襲している。その点も楽しめるだろう。

 

2011/7/10

 昨年の北野勇作『メイド・ロード・リロード』につづく、ホラー系変格“ライトノベル”。著者は定期的に「乙女もの」を書いてきた。それぞれ関連は乏しいが、けなげで凛々しい乙女、という共通の特徴を持つ。そのシリーズの中で、本書はもっとも少女小説風の設定で書かれたものだ。

 大正二十九年の逢坂女子美術専門学校、そこに四人の乙女たちがいた。製薬会社の次女で天才的な作画才能を見せる乙女、旧家の長女で古武道の流派「式道」の達人でもある乙女、老舗の娘で難病に侵され不吉な運命を感じ取る乙女、金銭に恵まれず平凡な役人の娘ながら明るさは随一の乙女。そんな彼女らが、奇怪な事件に巻き込まれる。何人もの女性が怪物に誘拐され、惨たらしく殺されるというのだ。

 大正二十九年(昭和15年)、式道(架空の武道)、炭鉱馬(炭鉱で働いた馬はいたが、本書で描かれたようなミニチュアサイズではない)など、非実在のキーワードを多数ちりばめ、江戸川乱歩風の猟奇殺人/騙し絵(トロンプ・ルイユ)、謎の美少年を絡めた展開。表題にこだわると分かり難いので、並行世界ものとは思わない方が良い。また、4人のキャラクタは明瞭に描き分けられており、“青春小説”という惹き句も間違いではないだろう。ちなみに、逢坂女子美術専門学校は実在しないが、近辺に大阪美術専門学校(著者の母校である大阪芸術大学の付属校)があり、地理的なモデルとなっているようだ。

 

2011/7/17

Amazon『星の光、いま遠く(上)』(早川書房)Amazon『星の光、いま遠く(下)』(早川書房)

ジョージ・R・R・マーティン『星の光、いまは遠く(上下)』(早川書房)
Dying of the Light,1977(酒井昭伸訳)

Cover Illustration:Sparth、Cover Desigh:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 表題はディラン・トマスの詩作から採られたもの。1977年刊、著者の処女長編に当たる。帯には、逃亡者の物語である『ハンターズ・ラン』や、諸侯たちの興亡を描いた《氷と炎の歌シリーズ》に連なる作品とある。

 辺境の放浪惑星ワーローン。銀河を巡る長大な軌道から、太陽に接近し居住に適する期間はわずか10年余り。しかし、その10年のために惑星規模の改造が行われ、外縁星域に散在するさまざまな文明が競い合うフェスティバルが開催された。宴も終わり、再び暗黒の外宇宙へと離れていく惑星に、1人の男が降り立つ。やがて、遺されたさまざまなバビリオンの廃墟を舞台に、かつての恋人を巡って、野蛮な習俗を復活させようとする一派との争いが生まれるのだ。

 主人公は優柔不断な文明人、対するは、決闘や人間を狩る伝統を有するハンターの一族。描かれる“宴の後”の世界は、冬の訪れ=滅びの色を湛えながら、華麗にしてエキゾチックである。一族の法に苦しむ豪胆な男たち、次第に彼らの考えに惹かれていく主人公、行動派で妥協しない女性と、登場人物は4半世紀後に書かれる《氷と炎の歌》を思わせる。ベストセラー作家となった作者の、その後を知っているから楽しめるとも言えるが、そういった余分な情報抜きでも面白い。特に中盤を過ぎ、後半に向かってのドライブ感、終盤に至っての意外な収束が読みどころ。

 

2011/7/24

Amazon『NOVA4』(河出書房新社)

大森望編『NOVA4』(河出書房新社)


カバー装画:西島大介、カバーデザイン:佐々木暁

 5月に出たオリジナル・アンソロジイ《NOVA》の第4弾。

 京極夏彦(1963)「最后の祖父」:何もかもが終りになる。何故か分からないが、番組も店舗の営業も終わっていく
 北野勇作(1962)「社員食堂の恐怖」:閉じ込められた社員たちが、食堂で見たものとは
 斉藤直子(1966)「ドリフター」:小学校の守衛のおっちゃんが語る奇妙な幽霊譚
 森田季節(1984)「赤い森」:考古学を志す大学院生が見た画期的な新発見とは
 森深紅(1978)「マッドサイエンティストへの手紙」:大企業の秘密研究室に勤める探偵マッドサイエンティスト
 林譲治(1962)「警視庁吸血犯罪捜査班」:労働人口確保のため、大量の吸血鬼移民を認めた近未来の日本
 竹本健治(1954)「瑠璃と紅玉の女王」:宝石に魅せられ、巨大なバスタブ一杯の碧玉を求める女王
 最果タヒ(1986)「宇宙以前」:空を飛びことが禁じられた王国で、空に憧れた兄と妹の物語
 山田正紀(1950)「バットランド」:認知症の老人が覚醒したとき、遠い宇宙のブラックホールと連動するものとは

 括弧書きは、各著者の生年。前巻よりやや若くなって、80年代生まれの若手2名が含まれている。北野、斉藤は著者のイメージ通りの内容、京極、林、竹本、最果タヒはやや変格で、森田はビッスンを思わせ、森はデビュー長編のユーモア版と、ここまでは順当な印象だ。その中で、200枚を超える中編を書いた山田正紀が注目される。そもそも本篇の「バッドランド」が、ウェザー・リポートの「バードランド」とつながっているとは普通連想できないし、640光年彼方のブラックホール「ゴルディオン」と量子的な共時性を保っている、などと書かれてもイメージが湧かない。そういった言語的な連鎖を“神業的に”小説化しようとしているのだから、これは近年の著作(上記リンク参照)とも共通した壮大な試みといえる。

 

2011/7/31

Amazon『希望』(早川書房)

瀬名秀明『希望』(早川書房)


Cover Design:岩郷重力+N.S

 瀬名秀明のSF短編集。アンソロジイや雑誌の特集に向けた内容が大半で、2008年以降の新しい作品が中心だ。著者によると、「SF」と明記される短編集は本書が最初になるという。

 「魔法」(2010):テーブルマジックを続ける主人公のもとに、両手を失いマジックを断念した恋人が帰ってくる
 「静かな恋の物語」(2010):生命科学者の夫と、宇宙物理学者の妻、真理を探る2人の静かな恋
 「ロボ」(2010):かつての科学者で、今は隠棲し森の奥に住む自然史家は、強大な狼の王を捕らえようとする
 「For a breath I tarry」(2009):画廊の入口に置かれた2枚の絵、どちらを選ぶかで別れていく運命の行方
 「鶫(つぐみ)と鷚(ひばり)」(2008):第一次大戦の後、アフリカと南米を結ぶ郵便空路を飛ぶ男たち
 「光の栞」(2010):生まれつき声を持たない女性が、装丁家に修復を依頼した一冊の生きている本
 「希望」(2010):世界を変えてしまう両親の下で、奇妙な育てられ方をした少女の知る希望とは

 本書の主な登場人物は科学者である。ロボット工学者、生命科学者、宇宙物理学者(という組み合わせが多い)など、男女を問わず専門分野の研究者が描かれる。しかし、彼らは夢だけに生きる世捨て人ではなく、彼らなりの世俗的な欲望に左右される。そして、彼らが知る真理もまた、エレガントで美しいものとは限らない。
 表題作「希望」の主人公は養子。父親が開発するダミー(車の衝突実験に使われる)ロボットの原型として、事実上幽閉されて暮らしている。父親はそのロボットから、人と人との「コミュニケーション」の定量化を提唱する。母親は怜悧な物理学者で、やがて宇宙の本質は「エレガント」ではないことを立証する。その結果、世界はある物理的なきっかけを契機に、衝動とテロルとの混沌に埋もれていく。
 著者は物語の中で、グレアム・グリーンの著作を引いて、エンタテインメントでは常道のドラマツルギー(作り物めいた盛り上げ)を否定する。そのため、お話の展開は論理的であっても感覚的理解が難しい。例えば、本編の語り手は少女ともう一人なのだが、その行動の意味/破局に至る結末などは、単純に納得できないだろう。しかし、21世紀の今を考えてみたとき、世界と我々との関わりは、唐突で不連続に変化するものと分かってきている。瀬名秀明が描く科学者たちの物語は、現代の延長を超えた見知らぬ明日を予見しているのである。