2011/9/4

Amazon『ダールグレンI』(国書刊行会) Amazon『ダールグレンII』(国書刊行会)

サミュエル・R・ディレイニー『ダールグレンI II』(国書刊行会)
Dhalgren,1974(大久保譲訳)

装幀:下田法晴(s.f.d.)

 2007年にスタートした国書刊行会の《未来の文学》も、本書12冊目で、第III期(全8作品、短編集が多い)を迎えることになった。このシリーズの目的は、1960-70年代の未来=21世紀=すなわち現在から、SFがさまざまな方向性を模索していた当時の意味を問い直そうというものである。これまでに、ウルフワトスンスタージョンラファティベスターなど“幻の傑作”を甦らせてきたわけだが、その中でも本書は代表的な大作といえる。20代半ばに、メジャーな賞を総なめした天才SF作家ディレイニー(『バベル-17』(1966)ネビュラ賞、『アインシュタイン交点』(1967)ネビュラ賞、中編「時は準宝石の螺旋のように」(1968)ネビュラ/ヒューゴー賞)が、4年かけて執筆し、32歳にバンタムブックスのSFシリーズから出版した問題作である。

 ベローナは、アメリカのどこかにある大都市だ。現在は隔絶され、大多数の市民は既にいなくなっている。そこに主人公が訪れる。彼は自身の名前/正体を忘却している。街に入ると、そこは緩やかなコミューンと、街を荒らすホログラムで偽装したギャングたち、居残り続ける奇妙な人々が共存する街なのだった。常に煙り、街路を見渡すこともできないが、稀に表れた空には、2つの月と巨大な太陽の姿が垣間見える。主人公は詩作を始め、その詩は本として出版され、人々にばらまかれる。しかし、彼の時間感覚は飛び飛びに分解され、長い空白を生むようになっていく。

 上下巻1000頁弱(約2500枚余)、ペーパーバックで880頁に及ぶ大著。原書が発表された直後(37年前)、読み手のSFファンの間で語られていた伝説の一つに、「延々と引越しをするだけのシーンが続く本」という類がある。そのシーンは上巻の途中にあって、異常なほどの長さはない。つまり、そのあたりまで読んで意味が分からず、止めた読者が多かったのだ。本書は70万部を売る、SF作品では異例のベストセラーになった。しかし、一方評価は高まらず、批判的な意見が大勢を占めたといって良い。なぜ、そうなのか。
 まず著者ディレイニーの個人的経験が強い点(インディアンの血を引くゲイ、奔放な性描写、コミューンの経験、さまざまな地域を放浪したことなど)、本書の主人公は白人だが黒人(=蔑称ニガー)に対する言及が多数ある点(叔母姉妹は、全米でも著名な人種差別撤廃の穏健な活動家だった)、そして最終章に顕著に表れる文体/構造的な実験(自身の行動が予め記され、しかし書換えができるノート。小説内の小説=メタフィクション、日付がランダムな新聞=時間/空間の交雑、冒頭と結末がつながる円環構造)である。まさに著者の(当時の)若さを総括したような、何でもありの多様性=乱雑さが感じられる。これらの要素は、大多数のSFファンにとって、あえて読みたくないもの/あるいは、いまさら読みたくないものだったろう。
 40年近くが経過し、既存作品との比較で、性描写や暴力シーンのインパクトは薄れた。しかし、本書自体に仕掛けられたさまざまな謎は、依然として未解明なままだ(例えば、「ダールグレン」とは何のことか)。そして、ヴァーミリオン・サンズほども美しくない、この猥雑な都市ベローナに、どこまで魅力を感じられるかが評価のポイントとなるだろう。

 

2011/9/11

Amazon『結晶銀河』(東京創元社)

大森望・日下三蔵編『結晶銀河』(東京創元社)


Art Work:Nakaba Kowzu、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 2010年の年刊日本SF傑作選である。また、SF分野では現在唯一の新人賞である、第2回創元SF短編賞受賞作を収録している(昨年に続いて、応募総数594編と大変に多い)。

冲方丁「メトセラとプラスチックと太陽の臓器」:不死の遺伝子を持った子供を宿す親たちの戸惑い
小川一水「アリスマ王の愛した魔物」:あらゆるものを計算する算廠は、弱小国をまたたく間に大国へと成長させる
上田早夕里「完全なる脳髄」:機械脳がなければ活動できないサイボーグが目指す完全な脳とは
津原泰水「五色の舟」:牛の化け物「くだん」を求めて旅する見世物一座(短編集『11』収録)
白井弓子「成人式」(コミック):遥かに広がる樹幹世界を巡ることで一生を旅する女たち
月村了衛「機龍警察 火宅」:病気で療養中の先輩を見舞った男が知る、隠された事件の真実
瀬名秀明「光の栞」:栞と名付けられた主人公が求めた本の意味とは(短編集『希望』収録)
円城塔「エデン逆行」:時計の塔を中心に据えた街では、創世までの祖母の記憶を持つわたしがいる
伴名練「ゼロ年代の臨界点」:20世紀初頭のゼロ年代に生まれたSFの顛末(架空評論)
谷甲州「メデューサ複合体」:木星の軌道上で起こる事故の真相(宇宙を舞台にした土木建設SF連作の新作)
山本弘「アリスへの決別」:もう一人のキャロルと、非実在のアリスとの関係(同題の短編集収録)
長谷敏司「allo,toi,toi」:脳内に抑制人格を植えつけられた小児性虐待者が感じた存在とは
眉村卓「じきに、こけるよ」:白日のもとに現れる、存在しない人物からの声(短編集『沈みゆく人』収録)
酉島伝法「皆勤の徒」(第2回創元SF短編賞受賞作):ある会社に勤める従業者の恐怖に満ちた一日

 収録作の内訳は、SFマガジン掲載作から4編、アンソロジイ《異形コレクション》と《NOVA》から各2編、その他雑誌類から3編、短編集書き下ろしから2編。また、雑誌やアンソロジイ掲載後に、あらためて個人短編集に採録されたものが既に3編あるので、SFを専門に読む読者にとっては重複度が高いかもしれない。冲方は、新しい人類の親という観点が新鮮、小川の作品は星雲賞受賞作。津原、白井、瀬名、山本らの作品は短編集にも採録済み。それらを読む前の試読版という読み方もできる。各作品集の特質を良くあらわしているからだ。月村は『機龍警察』を読んでいないと、ちょっと分かりにくい。伴名練は同人誌掲載作(しかも、マニアックな架空評論)ながら、作者が日本ホラー小説大賞短編賞を受賞したことで注目される。長谷は、人工神経ITPという『あなたのための物語』派生作品。同じ表現が続くなど、文章は決して巧くないのだが、淡々と述べられる衝撃的な事実の描写にはドライブ感がある(表題はアニメのエンディングテーマ?)。眉村は、70代半ばを過ぎ、むしろその年齢を武器にした作品を書き続けている。第1世代作家の“今”を掲載することに意義があるだろう。新人賞を受賞した酉島は、ギーガー(より昆虫的だが)の描くサラリーマン小説といった趣き。独特の言語感覚があり、今後どう展開されるかが楽しみだ。

 

2011/9/18

Amazon『11 eleven』(河出書房新社)

津原泰水『11 eleven』(河出書房新社)


著者自装、人形/四谷シモン

 著者の最新作品集である。「小説すばる」(5編)の他、アンソロジイ収録作も多い。もともとミステリ/ファンタジイ分野で注目されてきた著者だが、大森望による集中的な評価(アンソロジイへの掲載、年刊傑作選への選出)を受けてから、SF界でも注目を集めるようになった。

「五色の舟」(2010):上掲参照
「延長コード」(2007):亡くなった娘の証は、ただ延々とつながる電気の延長コードのみだった
「追ってくる少年」(2006):父と叔母の記憶を思い出すとき、少女のころに知り合ったはずの少年の影が付き纏う
「微笑面・改」(書下ろし):彫刻家が幻視する別れた妻の顔は、日に日に現実の姿に近づいていく
「琥珀みがき」(2005):琥珀を磨く仕事を生業としていた少女が、憧れた都会で出会ったもの
「キリノ」(2005):高校生時代に同級生だったキリノとの、とりとめのない会話
「手」(1999):狂気の血を引く家系を持つ主人公は、小説家が自殺したという家で少年の姿を見る
「クラーケン」(2007):巨大な犬グレート・デン「クラーケン」を飼う女と、訓練士の少女
「YYとその身幹」(2005):殺された女YYと酒席の三次会であった出来事
「テルミン嬢」(2010):頭にナノテクの治療器具を入れた女は、ある偶然で歌を唄う発作に襲われる
「土の枕」(2008):日露戦争で小作人と入れ替わった地主の、それからの半生

 物語の中身というより、独特の文体がまず強く印象に残る。作品によって、それぞれ異なるスタイルが採用されている。もちろん本文もまた、文体と似て特徴的なものである。娘はなぜ延長コードを集めるのか、父と叔母はどういう関係だったのか、彫刻家の見たものの正体は何だったのか、「でも私には何もくれない」というフレーズ、キリノと主人公との関係は、手を見たとき主人公の少女はどうなっていたのか、なぜ女はグレート・デンを飼うのか、YYの行為の意味は、女の唄うアリアとは、そして替え玉となった地主はなぜ幸福なのか――などなど、全篇が謎に満ちているようでもあり、そもそも謎の解明などどうでもよいことなのかもしれず、まさに混沌へと引きずり込まれていくのである。

 

2011/9/25

Amazon『プランク・ダイヴ』(早川書房)

グレッグ・イーガン『プランク・ダイヴ』(早川書房)
The Planck Dive and Other Stories, 2011(山岸真編・訳)

Cover Illustration:鷲尾直広、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 『TAP』(2008)から2年半ぶりとなる、日本オリジナル作品集である。ちなみに翻訳された著者の短編集は、全て編訳者によるオリジナル版。非常にハードな作風でありながら、一般読書界でも多くのファンが存在するのは、作者の提示する命題が極めて哲学的(誰も深く考えたことのない洞察を含む)でもあるからだ。科学的素養がなくても、その部分は理解できる――人間の本質に迫るものだからである。

「クリスタルの夜」(2008):結晶構造をベースとしたプロセッサ上に生じる“知的生命”の是非とは
「エキストラ」(1990):クローンを用いた移植技術により、寿命を著しく伸ばすことが当たり前となったとき
「暗黒整数」(2007):「ルミナス」で明らかになった別の数学体系を、“証明”できる理論が現れようとする
「グローリー」(2007):はるかな異星に到達した知性が探しだそうとする非物質的遺産とは
「ワンの絨毯」(1995):異星の海に生きる巨大な絨毯状の生命。後に削除版が『ディアスポラ』の一部となる。
「プランク・ダイヴ」(1998):決して誰にも伝えられない実験成果のために、ブラックホール突入を図る意味とは
「伝播」(2007)*:ナノマシンを経由して、意識だけを遠い異星に伝播する試み
*初訳、他は過去「SFマガジン」に訳載されたもの。

 本書で繰り返し論じられるのは、以下のようなテーマである。ソフトウェア上の知性の生殺与奪権は開発者=創造者にあるのか、人間の意識/個性は体の特定部分にだけ宿るのか、生存/消滅が二者択一となったとき数学的に存在する世界と和解は可能なのか、宇宙を解明できる公理と物質的豊かさは比較可能なのか、果たして生命は(普遍的に)物質的なものなのか、絶対に他者に知られないと分かっていても真理は探求すべきものなのか、なぜ我々は広がろうとするのか=生き続けようと思うのか。これらは、どれ一つとっても容易に結論が出ない問題である。ソフトウェア知性の存在などは、ロボットに人権があるか、といった形で昔から知られている。しかし、プロセッシング・パワーが過去と比べ物にならない“仮想の未来”が見え、人を物理的/ヴァーチャルに創ることが容易となった我々の時代だからこそ、誰もが考えてみようと思う課題となったのだ。