2012/4/1

 創元SF短編賞の応募作を収録した、オリジナル・アンソロジーの第2弾。賞は今年で3回目を迎えるが、毎回600編前後の作品が殺到する高人気の公募小説賞である。この創元SF短編賞には賞金がない。受賞作が同社から毎年出る《年刊日本SF傑作選》に収録される、という以上の特典はない(傑作選のための企画であると、はっきり書いてある)。今の時点で、他にSFを謳う賞がないのも事実だが、インセンティブが名誉のみの賞とは思えない盛り上がりだ。

空木春宵(1984)「繭の見る夢」:醍醐天皇の時代、都には毛虫を偏愛する大納言の姫君がいた
わかつきひかる*「ニートな彼とキュートな彼女」:近未来、独身専用アパートに住む男と女の奇妙な出会い
オキシタケヒコ(1973)*「What We Want」:宇宙商人を出し抜こうと活動する大阪弁の女性船長
亘星恵風(1961)「プラナリアン」:不治の病に冒された大学生は、プラナリアに魅せられた過去を持つ
片瀬二郎(1967)*「花と少年」:頭のしこりから奇妙なものが伸びた少年と、人間を襲う空の天敵たち
志保龍彦(1986)「Kudanの瞳」:遺伝子工学を結集し“くだん”を作ろうとするプロジェクト
忍澤勉(1956)**「ものみな憩える」:30年ぶりに、祖母がかつて住んでいた駅に降り立った主人公
酉島伝法(1970)「洞の街」(書下ろし):垂直に伸びる深い洞の周囲に作られた、異形たちの街で起こる異変
*既に著作のある作家 **第7回日本SF評論賞など受賞歴あり(4/7訂正)

 本来の受賞作、酉島伝法「皆勤の徒」は、既に昨年7月に出た2010年の年刊日本SF傑作選『結晶銀河』に収録されている。そのため、本書には同様の世界観で書かれた受賞第1作が入っている。巻頭の、グロテスクさと華麗さが相半ばする「繭を見る夢」が佳作入選作。その他、審査員特別賞として、超人ものの類型を意識的に外した「花と少年」が大森望賞、人工くだんに対する思慕と嫌悪を描く「Kudanの瞳」が日下三蔵賞、抒情的な大人のファンタジイ「ものみな憩える」が堀晃賞となっている。昨年よりやや多様性が狭まった印象もあるが、並みのアンソロジーに比べて、各作品のレベルに遜色は感じられない。
 今回は、プロ作家や、受賞歴があったりフルタイムではないものの著作のある応募者が半分を占めた。また、亘星恵風のように、毎回応募する人もいて、このやり方は普通の新人賞なら敬遠されるケースだ(進歩がないと見られる)。手垢が付いていない、文字通りの新人を発掘するのが常識的だと思うのだが、この賞はそんなことに斟酌しない。選から漏れた増田俊也「土星人襲来」が『NOVA7』に掲載されるなど、出版社の境界を越えたクロスオーバーまである。それくらい、応募者にはSF賞に対するモチベーションがあり、選ぶ側にも利害を越えた機会均等を考慮する柔軟性があるといえる。


2012/4/8

西崎憲『ゆみに町ガイドブック』(河出書房新社)


装幀:佐々木暁、装画:きたざわけんじ


 昨年11月に出た西崎憲の長編小説である。2002年に第14回日本ファンタジーノベル大賞を受賞してから(下記参照)、8年ぶりに『蕃東国年代記』(2010)を出版、その間翻訳の著作は多数出しているが、創作としては本書がようやく受賞後第2作目となる。3つの視点から物語が進むという内容なので、6つのエピソードが並列に置かれた受賞作に似た構成だ。

 第1の視点:異世界に住み、計画に基づいてクリストファー・ロビンを探す「くまのプーさん」
 第2の視点:あまり有名ではない作家のわたしが住む「ゆみに町」のありさまと、生活で起こる出来事
 第3の視点:記憶子を操作し、現実を改変する「雲マニア」の仕事

 第2の視点の主人公は、ディスティニーランドという架空の世界を夢想する。それは黒と白の2つの領域に分かれ、残酷で凄惨な戦いを孕んだ世界でもある。ここで、第1の視点と第2の視点は、ディスティニーランド=ディズニー/ミルン原作とは別の「くまのプーさん」で結びつく。さらにその2者は、第3の視点で改変される世界の中に包含される。ただし、物語がそのまま入れ子構造のように閉じるわけではなく、噛み合わないオープンエンドで終わるのだ。第2の視点が現実(リアル)、第1の視点はそこから派生するファンタジイ(雰囲気は『新世界より』を思わせる)、第3の視点は全体を統べるSFといった見方ができるが、最終的にこれらはお互いの世界を侵食しあって境界が曖昧になる。著者はインタビューの中で、現実と非現実が混淆するのは、現代の翻訳小説では一般的な技法と述べている(言い方を変えると、SF/ファンタジイと一般小説の区別がなくなりつつある。例えば、昨年出たこれなど)。何が世界を動かしているのか、そもそもこの世界は実在するのか、という根源的疑問で物語は終わる。


2012/4/15

宮内悠介『盤上の夜』(東京創元社)


Cover Illustration:瀬戸羽方、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。


 第1回創元SF短編賞で山田正紀賞を受賞した宮内悠介の、受賞作を含む第1短編集である。第1回で短編賞を受賞した松崎有理と同じく、本書も同社の《創元日本SF叢書》に収められている。著者は1979年生まれ、麻雀のプロを目指していたこともあるという。

盤上の夜」(2010):四肢を失った女性棋士が目指した真の勝負の高みとは(囲碁)
「人間の王」(2011/2):チェッカーで不敗を誇った男コンピュータで挑んだ男との戦い(チェッカー)
清められた卓」(2011/6):偶然に左右される麻雀で、世間から葬り去られた幻の対戦があった(麻雀)
象を飛ばした王子」(2012/2):古代インド、滅亡の危機に曝される小国の王子が考案するゲーム(チャトランガ
「千年の虚空」(書下ろし):異様な生い立ちを経た兄弟は、やがて政治と将棋という2つの頂点に立つ(将棋)
「原爆の局」(書下ろし):戦時下、原爆が投下された広島で行われた対局が米国で再現される(囲碁)

 表題通り“盤上”で戦われるゲームをモチーフとした6つの短編が収められている。囲碁に始まり、囲碁に終わる構成。また、事実に基づいた作品(「人間の王」。書かれている不敗のチェッカーチャンピオン、マリオン・ティンズリーは実在の人物だが、著者による大胆な解釈が施されている)もあれば、自身の体験を色濃く出した作品(「清められた卓」)もある。そもそも、冒頭の(事故ではなく)四肢を無くした女性棋士の設定が異色だ。そういう、ほとんどありえない登場人物を、努めてノンフィクション/ドキュメンタリー風に描写している点が印象に残る特徴だろう。「象を飛ばした王子」はブッダに迫るテーマを、「千年の虚空」は政治テーマに挑むなど、SF的飛躍を含めたスケール感も面白い。前半3作はゲームそのものに焦点を当て、後半はより範囲を広げている。集中では、コンピュータによる完全解(必勝法)が解明され、人間による勝利に意味が無くなったゲーム、チェッカーのチャンピオンを描いた「人間の王」がベストか。


2012/4/22

岸本佐知子編『居心地の悪い部屋』(角川書店)
The Uncomfortable Room,2012(岸本佐知子編訳)

装丁:鈴木久美(角川書店装丁室)


 岸本佐知子が「野性時代」に、2008年から11年にかけて翻訳した12編(「チャメトラ」は訳しおろし)を収録。単行本が出ているジュディ・バドニッツや、ルイス・キャロル・オーツ、アンナ・カヴァン以外では、短編が既訳とは言っても、コアな翻訳小説ファンでもなければ、馴染みがある名前は少ないだろう。原著の発表時期は1990年から2000年代が主だが、カヴァンのように40年代の作品も含まれる。お話に解決はなく結論もないけれど、ただもやもやとした不安定なあと味を残す短編(ショートショート並に短い)が収められている。

ブライアン・エヴンソン「ヘベはジャリを殺す」(1994):瞼を縫いつけられた男と、縫いつけた男との会話
ルイス・アルベルト・ウレア「チャメトラ」(2010):瀕死の男の銃創から、湧き出る過去の記憶の数々
アンナ・カヴァン「あざ」(1940):寄宿学校で知り合った、小さな痣を持った級友
ジュディ・バドニッツ「来訪者」(2005):娘の家に、いつまでたってもたどり着けない両親の行方
ポール・グレノン「どう眠った?」(2000):二人の登場人物が語り合う、さまざまな眠りの場所
ブライアン・エヴンソン「父、まばたきもせず」(1994):庭先で、死んだ娘を発見した父親は
リッキー・デュコーネイ「分身」(1994):ある日目覚めると、女の足はきれいに取れていた
ルイス・ロビンソン「潜水夫」(2003):ヨットのスクリューに網を絡ませた男は、田舎町でダイバーを探すが
ジョイス・キャロル・オーツ「やあ!やってるかい!」(2007):大声で声をかけて走る、マッチョな男性ジョガー
レイ・ヴクサヴィッチ「ささやき」(2001):誰もいないはずの、眠っている男の部屋で囁くもの
ステイシー・レヴィーン「ケーキ」(1993):丸くなりたいという欲望のまま、部屋一杯ケーキを買い集めると
ケン・カルファス「喜びと哀愁の野球トリビア・クイズ」(1998):忘れられた球団・選手たちの、歴史に刻まれた秘話

 さまざまな形容動詞が思い浮かぶ。不可思議、不愉快、不吉、不快。“不”は否定を意味する。理解を否定し、気持ちよさを否定し、代りに何とも割り切れない不気味なものを残していく。それでいて面白さを感じさせるのは、読者の嗜好が安易なハッピーエンドだけにないことを示している。集中もっとも居心地が悪いのは「潜水夫」、不安を感じさせるものは「あざ」だろう。「ささやき」はホラー風の物語に、不条理なオチをつけている。


2012/4/29

イアン・マクドナルド『サイバラバード・デイズ』(早川書房)
Cyberabad Days,2009(下楠昌哉・中村仁美訳)

カバーイラスト:Stephen Martiniere、カバーデザイン:渡邊民人(TYPEFACE)


 イギリス作家イアン・マクドナルドのオムニバス中編集である。アイルランド出身の母と、スコットランド出身の父を持ち、北アイルランドの映像プロダクションで働くという生活をしている。最近は非英米圏を舞台とした作品を手掛けるようになった。本書はその中でも、21世紀半ばのインドが舞台だ。表題はCyberと、都市を意味するabadからなる造語。インドでは“r”は発音されるから、サイバーバードではなくサイバラバードなのである。

「サンジーヴとロボット戦士」(2007):畑が失われ、都会へと逃れてきた少年はロボット戦士に憧れる
「カイル、川へ行く」(2006):内戦で混乱するヴァラナシの外人居留区に住む少年と、現地人少年との交流
「暗殺者」(2008):暴力を伴う2つの富豪一族の抗争で、最後に残された女の武器とは
「花嫁募集中」(2008):女性の人口が著しく少なくなった未来、AIのアドバイスで婚活生活に明け暮れる主人公
「小さき女神」(2005)*:かつてネパールで女神だった少女が、インドの俗界で出会ったもの
「ジンの花嫁」(2006)*:政策を左右するまでの権力を持つAIと結婚した、1人の踊り子の運命
「ヴィシュヌと猫のサーカス」(2009):遺伝子操作のエリートを襲う、急激な環境変化の顛末
 *既訳

 21世紀の中盤、インドは8つの国家に分裂し、事実上の内戦状態となっている。その一方、高度なAI(アメリカは人間を超越するAIを抹殺しようとしている)により、現実を越えた仮想空間の中で、因習に囚われない自由を得ることができている。本書の主な舞台がヴァラナシ(ベナレス)、ジャイプール、デリー、カトマンズ(ネパール)という、あまりにも20世紀的なインドなのは疑問だが、聖と俗とが混淆した(神の存在が日常に遍在する)世界は、ヒンドゥー的な世界観をイメージさせるものだろう。中では、AIと政略的に結婚した踊り子の物語「ジンの花嫁」がやはりベストである。マクドナルドは英国SF協会賞の受賞が多い(3回受賞)ものの、ヒューゴー賞受賞作は本作のみだ。これまで、ディック賞(1992年)スタージョン記念賞(2001年)キャンベル記念賞(2011年)などプロの選考賞を受賞してきた。本書自体も、2010年のフィリップ・K・ディック賞特別賞を受賞している。