2012/8/5

大森望・日下三蔵編『拡張幻想』(東京創元社)


Art Work:Nakaba Kowzu、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 2011年の年刊日本SF傑作選である。例年通り、第3回創元SF短編賞受賞作を収録している(応募総数618編と昨年を上回る盛況)。これを含め、本書自体も前年を4作も上回る18編が収録されている。

小川一水「宇宙でいちばん丈夫な糸」:軌道エレベータを巡る連作「妙なる技の乙女たち」(2008)の前日譚
庄司卓「5400万キロメートル彼方のツグミ」:小惑星に取り残された人工知能の回収計画(はやぶさ)
恩田陸「交信」:わずか1ページの、はやぶさに対する賛歌(はやぶさ)
堀晃「巨星」:小松左京が創造したSSとの壮大な出会い(小松左京)
瀬名秀明「新生」:岬の灯台で出会った女との運命的な邂逅(小松左京)
とりみき「Mighty TOPIO」:3.11後に活動したもう一つのアトムの記録(3.11、小松左京)
川上弘美「神様2011」:パスカル短編文学新人賞でのデビュー作「神様」(1994)を、3.11後に再話する(3.11)
神林長平「いま集合的無意識を、」:30年来SF作家を続ける主人公のモニタに現れた存在(伊藤計劃)
伴名練「美亜羽へ贈る拳銃」:意図的に感情を改変した女性を愛することはできるのか(伊藤計劃)
石持浅海「黒い方程式」:脱出不能の密室状態で、ある夫婦がとった行動(冷たい方程式)
宮内悠介「超動く家にて」:出口のない宇宙船を舞台にした、本格密室ミステリの結末とは
黒葉雅人「イン・ザ・ジェリーボール」:殺人事件を巡る、異種族同士の矛盾した証言
木々津克久「フランケン・ふらん」:同題連載コミック(2006〜12)の1編、“妹的生命体”が登場する
三雲岳斗「結婚前夜」:婚約者の住む世界に去ってしまう娘との最後の一夜
大西科学「ふるさとは時遠く」:時間の流れが異なる、遠いふるさとへの旅
新井素子「絵里」:誰もが子供を産まなくなった未来
円城塔「良い夜を持っている」:超記憶力を持った父を回想する息子
理山貞二「すべての夢|果てる地で」(SF短編賞受賞作):直交する2つの世界、侵攻するフィクションの物語

 はやぶさの帰還(10年6月)、3.11の震災、小松左京の死(11年7月)と、2010年から11年にかけて、さまざまな社会的大事件が起こった。その波紋の中から、新たな作品がいくつも生まれている。伊藤計劃の死は2009年のことだが、その影響はまだ広がり続けている。本書では、そういった関連作品(「Mighty TOPIO」、「神様2011」、「いま集合的…」)、オマージュ(「巨星」、「新生」)、トリビュート(「5400万…」、「交信」、「美亜羽へ…」)が半数を占めている。ミステリタッチの3編(「黒い方程式」、「超動く家にて」、「イン・ザ…」)も、それぞれ広義の元ネタから影響を受けた作品と看做せるだろう。円城塔の芥川賞受賞は、2012年の出来事なので、本書の範囲から少し外れている。収録元は、「SF Japan」最終号から2編(「イン・ザ…」、「結婚前夜」)、同人誌(「美亜羽へ…」、「超動く家にて」)、2011年は電子書籍元年と呼ばれたこともあり、初の電子雑誌(紙媒体を持たない「アレ!」から「巨星」、「新生」)等、ソースを幅広く分散させているのが特徴だ。
 さてしかし、最大の注目はSF短編賞の受賞作である。量子力学をベースに、さまざまなSFに対するリスペクトを鏤めるなど、本書を代表する傾向をすべて内在しているからだ。結末がそのまま2011年を象徴する終わり方になっているというのは、ちょっと出来すぎではないか。

 

2012/8/12

N・ママタス&M・ワシントン編
『THE FUTURE IS JAPANESE』(早川書房)

The Future is Japanese,2012

Cover Direction & Design:Tomoyuki Arima、Art Work:Shinichiro Miyazaki

 日米作家混在のオリジナル・アンソロジイである。もともと日本SF小説の紹介で定評のあるHikasoruによる「日本をテーマとするアンソロジイ」(2012年5月刊)を、そのまま翻訳したものが本書。翻訳と言っても、英語版は日本作家分が翻訳だし、日本語版ではその逆だ。“凱旋出版”とあるが、村上春樹の短編集のように、米国で編まれた短編集をそのままの構成で出すものとは少し趣が異なる。

ケン・リュウ「もののあはれ」:小惑星による地球壊滅から生き残った、人類唯一の移民船が遭遇する事故
フェリシティ・サヴェージ「別れの音」:もともと離婚の代理人だった主人公に依頼される意外な内容
デイヴィッド・モールズ「地帯兵器コロンビーン」:宇宙人のゾーンから来る機械を破壊する国際ロボット部隊
円城塔「内在天文学」:天体観測における認知的ニッチ(認識の違い)とは
レイチェル・スワースキー「樹海」:自殺者が幽霊となって彷徨する富士の樹海
パット・キャディガン「率直に見れば」:老婦人に詐欺を働いた女が、婦人に見せたものとは
小川一水「ゴールデンブレッド」:パイロットが不時着した小惑星で遭遇する異質な文明
キャサリン・M.ヴァレンテ「ひとつ息をして、ひと筆書く」:詩のような断章で書かれた書家の物語
エカテリーナ・セディア「クジラの肉」:父親と訪問した北方領土で食べる背徳の肉の味
菊地秀行「山海民」:高山に住む空を飛ぶ人々と雲の下からの訪問者との出会い
ブルース・スターリング「慈悲観音」:南北分裂した日本で、対馬は海賊たちにより治外法権化されていた
飛浩隆「自生の夢」*:ある大量殺人者の意識が、テキスト破壊者を滅ぼすために再現される
伊藤計劃「The Indifference Engine」**:アフリカの小国で戦士として育てられた少年を回生する試み
* 再録(2009) **英訳版(原作2007)

 過大な忍耐と自己犠牲、キル・ビル風アクション、アニメ風ロボット兵器(設定は『ダイナミック・フィギュア』や、『タイプ・スティーリィ』とよく似ている)、樹海と日本的幽霊、極東アジア風に書かれた無国籍ファンタジイ、クジラに対するイメージ等々、依然としてステレオタイプ=紋切型が散見される。しかしこれは『サイバラバード・ディズ』のインド的ステレオタイプでも分かる通り、当該国に無知な外国人からみれば(そもそも知らないのだから)、何の問題もないものだろう。一方、円城塔の作品の意味や、小川一水の皮肉(文明の逆転)、飛浩隆の抽象的な“テキスト”などは、アメリカの一般読者にとって異国文化以上に理解がし難い(こういう抽象化/相対化に慣れていない)。また、キャディガンやスターリング、菊池秀行は、長編の一部分に思える。その中では、舞台が日本ではない伊藤計劃あたりが、むしろ一番分かりやすい作品と思える。チャリティの『Kizuna: Fiction for Japan』もそうだが、知らない国を意識して書いても作品的に良いものとはならないのである。

 

2012/8/19

高野史緒『カラマーゾフの妹』(講談社)


装幀:多田和博、写真:アマナイイメージズ

 『カラマーゾフの兄弟』(1880)は、例え完読したことはなくても(翻訳では全3巻から5巻、簡約版DVDドラマでも9時間に及ぶ)、誰もが知っているロシア文学である。光文社から出た新訳版はベストセラーにもなった。なぜ19世紀に書かれた古典が現在まで読み継がれているかというと、思想、社会、恋愛、宗教など多岐にわたる普遍的テーマを内在した「総合小説」だからだ。小説で書くべき「全て」が入っている。ところが、著者ドストエフスキーの死(1881年)により、全2部と前書きで明言されているにも関わらず完結していない。ならば、事件から13年後が舞台である第2部の中身とは、一体何だったのか。

 カラマーゾフ家の家長が長男に殺されるという衝撃の事件が起こってから13年後、次男が特別捜査官として故郷に帰ってくる。彼は事件の真犯人は兄ではなく別にいると考えていた。事故死した兄、有力容疑者で自殺した異母兄弟、教師となった三男、その友人だったジャーナリスト。また、自身の行動が事件を引き起こしたのではないかとも。しかし、心理学者の協力を得て捜査を進める内に、事件は全く新しい展開を見せ始める。

 とはいえ、ドストエフスキーに丸々準じて“総合的に”書くのは無理がある。そこで、本書は殺人事件に関わる部分だけを抽出し、解決編として新たに創作されたものだ。元ネタを知っておく価値はある。だが本書でも、ドストエフスキー流の叙述スタイルにより、原典のあらすじが概ね説明されているので、単独で読んでも支障はない。テーマが8つある(諸説あり)とされる原典から、1テーマ=ミステリに絞り、視点も1つ(厳密には2つか)に統一。分量もコンパクト化され、元本の凡そ5分の1で済んでいる。そこまでなら単なる2次創作だが、いかにも高野史緒流の仕掛けを加えた点がポイントだろう(石田衣良はスチームパンク的と評している)。物語としての整合はエピローグで要約するなど、枚数的には厳しい。しかし何にせよ、ドストエフスキーの続編を書いて第58回江戸川乱歩賞を取ったのだから、企画力だけではない腕力(筆力)の勝利と言える。

 

2012/8/26

コニー・ウィリス『ブラックアウト』(早川書房)
Blackout,2010(大森望訳)

カバーイラスト:松尾たいこ、カバーデザイン:渡邊民人(TYPEFACE)

 コニー・ウィリスの3500枚に及ぶ大長編『ブラックアウト』、『オール・クリア』(2010)のうち、本書はその前半部分に相当する。第2次大戦のロンドン大空襲の時代を舞台にしており、停電ではなく「灯火管制」、「(空襲)警報解除」という意味になる。両方合わせて1つの長編になるので、帯にある2011年ヒューゴー賞(11回目の受賞)、2010年ネビュラ賞(7回目)、2011年ローカス賞(4回目)は1つの作品として授与されたものだ。

 2060年、航時史学部では何がしかの混乱が生じている。学生たちのもともとの予定が直前で変更され、準備不足のままフィールド調査の時代へと送り出されているのだ。第2次大戦下の英国に送られる学生たち、1人は学童疎開先、1人は大空襲直前のロンドン、1人はダンケルク撤退で揺れるドーヴァー、そして1人は報復兵器V1/V2ロケットが襲来する看護部隊の基地に到着する。しかし、本来密に行われるはずの未来との連絡が取れなくなる。

 著者は1945年生まれ、今年で67歳。クリストファー・プリースト(1943)とスティーヴン・キング(1947)にちょうど挟まれた年代で、日本で言えば堀晃、横田順彌の世代にあたる。それほど多作とは言えないが、ヒューゴー賞受賞回数(中短篇を含めて)11回に上ることでも分かるように、根強い人気に支えられている。その著者が長年温めていた題材が、大空襲下のロンドンだ。時間物では、これまでも、航時史学生たちが学問調査のためにヨーロッパの歴史を溯るという同一設定で、ペスト禍の14世紀中世を描いた『ドゥームスディ・ブック』(1992)、19世紀の英国を舞台にした『犬は勘定に入れません』(1998)と長編を発表してきた(何れもヒューゴー賞を受賞)。満を持した本書は、多重な登場人物(視点)を絡めた集大成的作品といえる。しかし、本書(1500枚)の大半が、登場人物たちの物理的すれ違い、真相に迫りきれないもどかしさが葛藤となる“すれちがいドラマ”なのである。それを冗長に感じさせず、深刻な設定(ロンドン空襲では民間人だけで4万人強が亡くなった)なのに、ユーモラスに読ませる筆力は、まさにウィリス独特のものだろう。