2014/12/7

柴田勝家『ニルヤの島』(早川書房)


Cover Direction&Design:Tomoyuki Arima、Illustration:Takumi Yoza

 第2回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。書名の「ニルヤ」は、沖縄神話の中のニライ・カナイ(理想郷)の別称ニルヤ・カナヤに由来するものだという。21世紀末のミクロネシアに作られた連邦国家を舞台とし、それらと接点を持つ沖縄神話を背景に、死後の世界への信仰が失われた世界を描いた作品だ。著者は1987年生まれの大学院生で、柴田勝家の信奉者でもある。

 主な宗教で死後の世界が否定され、人々は自身の記憶を叙述し記録することが、死を克服する手段になると考えるようになった。そんな神のいない世界の中で、島々を長大な橋で結ぶことで成立したミクロネシア経済連合体には、死後を信じる宗教が生きていた。カヌーで死者を送り出す彼らの宗教にどんな意味があるのか。文化人類学者や模倣子行動学者たちは、それぞれの立場からその謎に迫っていく。

 物語は4つのセクションに分かれ、それぞれが平行に進んでいく。「Gift 贈与」は、2069年に文化人類学者が、島に残る伝承の語り手を訪ねるところから始まる。「Transcription 転写」では、島で休暇中の模倣子(ミーム)行動学者が死後を信じる統集派の葬列と出会い、「Accumulation 蓄積」は、橋が完成する前、現地で危険な潜水作業に就く父娘の物語である。チェスや将棋に似たゲームをひたすら続ける「Checkmate 弑殺」の章は、2048、2022、2024、2048、2027、2062、2069年のような時間の流れ方となる。人の記憶する時間は断片的で連続しない。前後が入れ替わり、因果関係が一致しないこともある。それは「叙述」されることで1つの物語になる。叙述という言葉は伝承(語り伝える)文学との関係を意識したと、SFマガジン2014年1月号のインタビューにもある。電脳世界におけるデータ化された人間については、イーガン『順列都市』の強い影響を受けたようだ。ポリネシア=沖縄神話と、今風のヴァーチャルな世界観を結ぶ野心的な作品といえる。

 

2014/12/14

中村融篇『黒い破壊者 宇宙生命SF傑作選』(東京創元社)


カバーイラスト:鈴木康士、カバーデザイン:東京創元社装幀室

 中村融によるオリジナル翻訳アンソロジイ第5弾。SFマガジン創刊から1970年代に翻訳された、著名作家の作品ばかり(話題になったヤング以外は、もはやマイナーだろう)、単行本未収録/長期間再録がないものから集めたものだ。宇宙生命SFとあるものの、表題作のような動物よりどちらかといえば植物が多い。まさか今ごろのマッケナ未訳短編が読めるのも、(古い読者だけとはいえ)ポイントだろう。

 リチャード・マッケナ「狩人よ、故郷に帰れ」(1963/初訳):惑星改造のための土着植物駆除は遅々として進まない
 ジェイムズ・H.シュミッツ「おじいちゃん」(1955/1973):便利な渡し船だった筏状生物が起こす異常な行動
 ポール・アンダースン「キリエ」(1968/1978):エネルギー生物とともに超新星の残骸へと接近する宇宙船
 ロバート・F.ヤング「妖精の棲む樹」(1959/1972):高さ千フィートにも及ぶ樹には妖精のような少女の姿が見えた
 ジャック・ヴァンス「海への贈り物」(1955/1966):海洋惑星で生物から希少金属を採取する業者が知る真実
 A・E・ヴァン・ヴォークト「黒い破壊者」(1939/1960):高知能を持つ宇宙猫ケアルが登場、後の長編版の原型短篇
 (初出年/初翻訳年)

 「狩人よ…」では植物を駆除するウィルスによるバイオハザード(初訳となるが、原著は『F&SF傑作選』などのアンソロジイに収められた先駆的環境SF)、「おじいちゃん」ではその名前(グランパ)で呼ばれる温和な生物を豹変させる現象、「キリエ」ではブラックホールとエネルギー生物、「妖精…」は開発のために切り倒される巨木、「海へ…」は海洋開発が引き起こす違法行為の真相、「黒い破壊者」では後の長編『宇宙船ビーグル号の冒険』(1950)高千穂遙の《ダーティペア》にも登場するケアル(クァール)と、多様な生き物が登場する。編者も指摘しているように、特に目立つのがこれら生物と生態系との密接な関係が描かれている点だろう。エコロジーが注目される以前の時代であっても、生物が単体で生存できないことは良く知られていた。結末がやや淡泊ながら、シュミッツ(生態SFといえばこの作品)、アンダースン(宇宙SFのハード面と、エネルギー生命との交流という情感とが融合)、ヤング(少女の姿をした妖精など、ヤングの要素が凝集された代表作)など、初訳当時でも忘れがたい秀作だった。本書のような試みがなければ、読む機会はなかっただろうから大変貴重である。

 

2014/12/21

高山羽根子『うどん キツネつきの』(東京創元社)


Cover Illustration:クリハラタカシ、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 著者は1975年生まれ。第1回創元SF短編賞の佳作(受賞作は松崎有理「あがり」だった)に4作を加えた、初の短篇集である。創元のSF叢書は海外/日本を問わず、ピュアなSFよりも現代文学寄りの内容になっている。本書の場合は、難解な実験作というより、ケリー・リンク的な日常の生活感を伴うものといえる。

 うどんキツネつきの(2010):パチンコ屋の屋上で拾われた犬のような生き物は、うどんと名付けられた
 シキ零レイ零ミドリ荘(2011):外国人も住む、2階建て老朽アパートの住人達を巻き込む事件のてんまつ
 母のいる島(2011):孤島に住む母は、ある信念のもとに16人の姉妹を次々と生む
 おやすみラジオ(書下し):ブログに日記を書く小学生は、主人公の近くにいるように思えたが
 巨きなものの還る場所(2014):近未来の青森で、伝説の巨大ねぶたを再現しようとする男

 なぜ、犬ではなさそうな「うどん」が犬のように飼われ、しかもキツネ憑きなのか。その理由は物語の最後の方に出てくる。しかし、このお話の奇妙なところは、「うどん」が中心ではないことだろう。拾った中学生の三姉妹が大人になり、やがて中年になる、ホラーでもミステリでもない日常がとても柔らかに描かれる。柔らかさの触媒が「うどん」なのであるが、SF的ガジェットの使い方としてはちょっと変わっている。この構造は、「シキ零…」、「母のいる島」でも同様だ。ただ、近作の「おやすみラジオ」「巨きなもの…」では、日常を凌駕する超常的なもの(不気味なラジオの存在、ねぶたを動かす想念)が登場し、不安が中心を占めるようになる。よりSF的な概念ながら、一方、類型に陥る怖れもある。これらの発展形がどうなるか、今後とも斬新さに注目したい。

 

2014/12/28

雪富千晶紀『死呪の島』(角川書店)
装画:龍神貴之、装丁:宮口瑚

岩城裕明『牛家』(角川書店)
カバーデザイン:大原由衣
(C)orion/amanaimages(C)rudochenko/PIXTA(ピクスタ)

 第21回日本ホラー小説大賞の大賞、佳作受賞作である。昨年は大賞受賞がなかったので2年ぶりとなる。佳作受賞者の岩崎裕明には、過去に複数の受賞歴、著作がある。また、当初から20年間選考委員を務めた荒俣宏、高橋克彦が退き、新たに綾辻行人が加わった新体制による最初の年でもある(他の委員は、貴志祐介と昨年から加わった宮部みゆきの計3名)。

 死呪の島:伊豆諸島の東端にある須栄島は人口減少に悩む離島だった。主人公は島で代々続く当主の次男、体の弱い兄を措いて、網元である父の跡を継ぐとも言われている。島には古くからの歴史を持つ寺社もあり、周囲を守るように石柱が設けられていた。ある夏の日、島に旅客船が打ち上げられる。それは16年前にカリブ海で沈没したはずの船だった。船の到来を期に、島の中では奇怪な殺人事件や怪異が続けて起こるようになる。
 牛家:主人公は特殊清掃業者として、普通の業者が扱わない家の清掃を職業にしていた。その家は典型的なゴミ屋敷で、庭や2階建ての家の隅々までゴミで埋没している。牛と見まがう住民の死を受けて、清掃に入った彼らは、家で起こる奇妙な現象に気がつく。いくらゴミの撤去しようとしても、すべてが元通りになってしまうのだ。

 『死呪の島』はスタンダードなホラーの定石を踏んでいる。伝承のある島、厳しい戒律に縛られる巫女、廃寺に隠された古文書、吹き溜まりに流れ着く死者、不吉な予言、島を囲む結界、呪いの存在、人食い鮫の出没とあって、日本的な因縁話かと思うと、ちょっと意外な展開(特に結末の魔法バトル)に驚かされる。良し悪しを含め、この過剰さ、盛り沢山過ぎる(サービス精神でもある)ところが本書のポイントだろう。
 2年前から日本ホラー小説大賞では短編賞が廃止され、150枚以上が条件となった。「牛屋」はその下限にあたる中編で、空間すらも歪むゴミ屋敷のありさまを、家の内部だけに焦点を合わせて描いている。こちらは受賞作とは一転、執拗にゴミ屋敷のグロテスクさを描いた点が印象的だ。綾辻行人による、ホラーというよりSF的という評言が腑に落ちる。