2015/1/4

マデリン・アシュビー『vN』(早川書房)
vN,2012(大森望訳)

カバーイラスト:ふゆの春秋、カバーデザイン:渡邊民人(TYPEFACE)

 著者はカナダ在住の新鋭作家で、本書が初紹介となる。生まれついてのSFファンで、アメリカの大学を2005年に卒業後カナダのトロントに移住、その後カナダのヨーク大学に提出した修士論文は、日本のマンガとアニメに関するものだったという。本書の中にもそういった影響を見ることができる。社会予測関係の修士号を持ち、コンサルタント業との兼業作家だが、本書の続編を含め2作の単行本と、複数の短編を読むことができる(短篇の多くは、オンライン上で読める)。

 未来、ヒューマノイド型ロボットは社会全般に広がり、人と交じり合って生きている。主人公は人とロボットとの夫婦の子供で、食事制限によって成長を抑制されたロボットだった。彼らはヒューマノイド専用の食品を食べることで成長するのだ。しかし卒園式の騒動で、彼女は人への危害抑制のない違法な祖母の情報を吸収し、追われる身となる。殺人をも厭わない情報がなぜ祖母の中にあったのか、元の生活に戻る手段はあるのか。仲間を得ながらの逃避行がつづく。

 vNとはvon Neumann(フォン・ノイマン)のことで、本書で登場するヒト型のロボットを意味している。なぜロボットがフォン・ノイマンなのかというと、今現在使われているパソコンやスマホなどのCPUはすべてプログラム書き換え式で出来ていて、これをフォン・ノイマン型コンピュータと呼ぶからである。ロボット=人工知能=CPU/フォン・ノイマンという連想で付けられた名称だ。ただ、本書で描かれるロボットたちは、既存のイメージとは全く違う、体を自在に生成/増殖できるバイオ型で、自身のOSに相当するプログラムも書き換えできる。それも、相手を喰らってその情報を自身に取り入れたりする。現在のコンピュータは、勝手に自己書き換えなどはしない(されたら危なくて使えない)。本書のロボットをフォン・ノイマンと称するのは、それ自体飛躍しているのだ。そういうロボットの視点で書かれた物語は、内省的/哲学的になりそうな設定をあえて捨て、とても人間臭く奔放なものとなっている。

 

2015/1/11

神々廻楽市『雅龍天晴』(早川書房)

Cover Design&Direction:Tomoyuki Arima、Illustration:Suoh、Title Logo:Atsuhiro Torizuka

 第2回ハヤカワSFコンテスト最終候補作である。著者は1983年生まれ、時代小説のような筆名「神々廻楽市」(ししば・らいち)の由来は定かではない(千葉県の地名にあるようだ)。本書は架空の幕末期の日本を描く。そこは妖異の力を背景とする西国と、メカ的な封神兵器を持つ東国とが並立している世界である。

 関ヶ原前後で日本は東西に分裂し、東は徳川、西は豊臣が収めるようになった。しかし、19世紀になると社会の状況は大きく変わる。開国を迫るアメリカに対し、西洋風帝国を作り通商条約締結を図る井伊直弼と、尊王攘夷を叫ぶ西国を中心とした勢力が岐阜の山中で戦端を開くのだ。京都で薬学を学んでいた学生と、議会を追放された陸軍将校とは、その仲間とともに戦いに巻き込まれていく。
 
 上記以外にも多数の人物が登場する。高貴な出自の姫、陰陽師、芝居小屋の女、薬売り、鬼功と呼ばれるメカ造りの天才、暗躍する隠密、そして政治的陰謀を図る侍たち等々。サイバーパンク風のところは、ちょっとスコット・ウェスターフェルドの、《リヴァイアサン・シリーズ》(第1次大戦下を舞台に、妖怪めいた生物兵器と蒸気メカ兵器が戦う)を連想する。架空といっても幕末の史実が反映されていて(SFマガジン2014年2月号のインタビュー)、それが架空の京都の大学など、フィクションと交じり合っているのが面白い。ただ長さの割に、似た(女子キャラの)印象を与える登場人物が錯綜する点が気になる。全4部作の一部のためか、物語の決着はまだ付いていない。

 

2015/1/18

サミュエル・R・ディレイニー『ドリフトグラス』(国書刊行会)
Driftglass,2014(浅倉久志、伊藤典夫、小野田和子、酒井昭伸、深町真理子訳)

装幀:下田法晴(s.f.d.)

 過去に出た『時は準宝石の螺旋のように』(1971/1979)、『プリズマティカ』(1981/1984)、長中編「エンパイア・スター」(1966/1980)に初訳2作を加えたディレイニーの決定版短篇集である(注:原著出版年/翻訳初出、「エンパイア・スター」は『プリズマティカ』にも収録されていた)。また、高橋良平による「ディレイニー小伝」の最新アップデート版も併載。

 スター・ピット(1965/23歳):主人公は宇宙船を整備するスターピットで、星々を彷徨う少年と知り合う
 コロナ(1966/24歳):宇宙港で働く青年が事故で入院した病院には、強い共感覚能力を持つ少女がいた
 然り、そしてゴモラ……(1966/24歳):宇宙飛行士たちは、宇宙で働くために特殊な存在となっている
 ドリフトグラス(1966/24歳):事故で引退した元水棲人の男は、海岸で佇む水棲人の少女と出会う
 われら異形の軍団は、地を這う線にまたがって進む(1967/25歳):ケーブル敷設者とそれを拒むコミューンとの相克
 真鍮の檻(1967/25歳):真鍮の檻と呼ばれる牢獄に、さまざまな罪で閉じ込められた男女の会話
 ホログラム(1968/26歳):火星の遺跡で見つかった石造の目には、過去の光景がホログラムに記録されていた
 時は準宝石の螺旋のように(1968/26歳):宝石名をキーに、変名を駆使する麻薬の売人はあるパーティーに乗込む
 オメガヘルム(1973/31歳):あらゆることができる最高権力者と、そのパートナーだった二人の女の会話
 ブロブ(1976/34歳)**:銀河評議会から派遣されたメンバーたちと公共トイレの〈ブロブ〉の関係
 タペストリー(1960/18歳)**:タペストリーに描かれた、森の中で一角獣と出会った少女の顛末
 プリズマティカ(1961/19歳):主人公は灰色づくめの男たちに命じられ、極彩色の王子と共に割れた鏡を探す
 廃墟(1962/20歳):泥棒が廃墟の中で見た尼僧と宝物の正体
 漁師の網にかかった犬(1966/24歳):ギリシャの小さな島で、事故で兄を無くした少年と少女の目指すもの
 夜とジョー・ディコスタンツォの愛することども(1968/26歳):お互いが創造物かもしれない登場人物たちの彷徨
 あとがき――疑いと夢について(1980/38歳):自身の創作方法に対する考え方を述べた論考
 エンパイア・スター(1965/23歳):主人公は、悪魔猫、宝石となった知性たちと共にエンパイア・スターを目指す
 *括弧内は、執筆年/執筆時の著者年齢 **初訳

 ディレイニーは頻繁に加筆訂正をしているので、本書がそのまま初出時と同じものではない。しかし、小説の本質に大きな変化はないだろう。見て分かるように、大半が20代前後に書かれたものだ。最初に置かれた「スター・ピット」では、子供たちが生物を学ぶ生態観察館(エコロガリウム)に始まり、野放図な少年作家や精神を代償に遠宇宙に飛ぶゴールデンの存在を印象付け、最後はまたエコロガリウムで締めくくっている。構成も巧みだが、登場人物の多彩さと陰影に優れている。「スター・ピット」と同じ年に書かれた「エンパイア・スター」では、長髪で18歳の美少年コメット・ジョーが、悪魔猫、宝石化した知性ジューエル、言語的遍在型マルチプレックスらと共に永遠の使命を果たす。「然り、…」は1968年のネビュラ賞、「時は準宝石…」は1970年のネビュラ、ヒューゴー賞を共に受ける。これは読者が内容を理解できたからというより、この多彩さに幻惑された結果ともいえる。ロックシンガー、麻薬、コミューン、人種差別、セックスという60年代起源の時代背景も織り込まれており、そこが、ディレイニーを当時の寵児/ヒーローにしたのだ。本書は今読んでも少しも古ぼけておらず、過去の事物に別の新鮮さを見出すことができる。

 

2015/1/25

マイク・アシュリー『SF雑誌の歴史 黄金期そして革命』(東京創元社)
Transformations:The Story of the Science-Fiction Magazines from 1950 to 1970. The History of the Science-Fiction Magazine VolumeII, 2005(牧眞司訳)

装丁:岩郷重力+Wonder Workz。資料協力:公益財団法人 早川清文学振興財団

 2004年に翻訳が出た『SF雑誌の歴史 パルプマガジンの饗宴』(2000)の続編、第2部にあたる。10年6か月ぶりの続巻だが、原著もまだ3巻目までで完結してはいない(少なくとも5巻までを予定)。リバプール大学の出版局が出している研究書ながら、無味乾燥な事実の羅列ではない。著者の忌憚のない感想が随所に見られ、他の学術書の中では異彩を放つポップな表紙の本でもある。

 第2次世界大戦が終わり50年代に入ると、繁栄を極めたパルプ雑誌に影が差すようになる。雑誌の主流はダイジェストサイズと大判のスリック雑誌に変わり、古い作家はそういった状況にそぐわなくなった。50年代前半に〈スタートリング・ストーリーズ〉〈スリリング・ワンダー・ストーリーズ〉〈ウィアード・テールズ〉など10〜20年の歴史を持つ雑誌が、時代についていけず廃刊となる。一方ダイジェストサイズへの転換を果たした〈アスタウンディング(アナログ)〉(1930)や〈アメージング〉(1926)は生き残り、新興の〈ギャラクシー〉(1950)、〈イフ〉〈ファンタスティック〉(1952)、〈F&SF〉(1949)は斬新な方針を貫く編集者により大きく伸びる。核の時代は一時的なSFブームを呼び、50年代初期に多数の新しい雑誌を生み出した(1953年、下図では雑誌形態のペーパーバックも含む)。マッカーシズムによる言論統制も及ばず、SFは自由で多様な黄金期を迎えるのだ。しかし、取次業者の突然の破綻から販路を失うと、資金に余裕のない小雑誌は次々と潰れ衰退期に入る。やがて、1960年代に入ると英国から新しい波の影響が及び、作品内容も革新されていく。
 代表的な編集者に、SFに対する独自の観点に合う作品を重視したJ・W・キャンベル、徹底的な改稿を求め作家に敬遠されたH・L・ゴールドらがいる。また編集長時代のフレデリック・ポールは、60年代の〈ギャラクシー〉や〈イフ〉の誌面で、多彩な新鋭作家に活躍の場を与えた功労者だ。
 本書は英語圏の雑誌を対象にしている。英国とオーストラリアの雑誌にも言及がある(著者は英国在住。最後の1章のみ日本を含む非英語圏)。アメリカ比で10分の1の市場ではあるが、英国でもペーパーバックが先行しながらのSFブームが起こる。ところが英国はリソースもマーケットも狭いので、すぐに品質が悪化し出版社も次々と潰れていった(国策もあり、アメリカの本を輸入することはできなかった)。その中では、映画化で話題の《モルデカイ・シリーズ》を書いたキリル・ボンフィリオリが編集する〈インパルス〉、信頼の篤いテッド・カーネルがまとめ、ムアコックに引き継がれて「新しい波(ニュー・ウェーヴ)」の牙城となる〈ニュー・ワールズ〉などが有名だろう。

アメリカSF雑誌の推移
英国・オーストラリアの雑誌推移

 アシモフやハインラインは40年代から活躍していたが、クラーク、スタージョン、シェクリー、ディックらは50年代、さらにシルヴァーバーグ、ゼラズニイ、ル・グィン、ハーバートらの時代は60年代になる。英国のオールディスやバラードも同様だ。なぜそれが雑誌起源なのかというと、長い間SFが単行本で発売されることがなかったからだ。長編であっても、雑誌に一挙に掲載されて売り切りとなるのが普通だった。今日のようにハードカバー/ペーパーバックが一般的になるのは、(一部のメジャーな作家を除けば)この時代以降である。単行本と雑誌が別々なので、雑誌の役割は日本とは異なる(日本のように、単行本出版の優先権確保というメリットがない)。ペーパーバックの興隆と雑誌の衰退が連動するのもそのためだ。しかし、何しろ多数の雑誌がある。日本版オリジナルの索引ページで数えると142種、2992冊もある。これらの現物にあたり、細大漏らさず言及しているのだから、本書の凄さは並大抵ではないだろう。