2015/10/4

円城塔『シャッフル航法』(河出書房新社)
装画:永戸鉄也、装丁:川名潤(prigraphics)

円城塔『エピローグ』(早川書房)
装画:シライシユウコ、装幀:早川書房デザイン室

 円城塔は『屍者の帝国』(2012)以降、連載や翻訳書、エッセイなど、途切れ目なく作品発表はしていたが、その間創作単行本の刊行はなかった。その集成が、今年後半になって一挙に出る。本書『エピローグ』と同時並行に、文藝春秋の「文學界」に2014年5月から15年5月まで連載した『プロローグ』なども11月には出るという。『シャッフル航法』は『NOVA』を含む各種アンソロジイに収録された10編からなる短篇集で、さまざまな言語実験が試みられている。『エピローグ』は「SFマガジン」の2014年4月から15年6月(計12回)まで連載された長編になる。

『シャッフル航法』
 
巨大な瞳孔がある月が浮かぶ平面世界、世界の涯から5分の1にある駅、認知的ニッチ(認識できる範囲)から追い出されつつある人々「内在天文学」。 ワープ鴨の料理人は人類を超越するセンチマーニと合一化する。わたしたちは知らない。わたしたちは知ることはないだろう「イグノラムス・イグノラビムス」。 順列組み合わせの短歌、または俳句的な物語「シャッフル航法」。 この宇宙は文字から形成されている、そこで許される文字の数(空間)が1つづつなくなる「Φ」。母親の体の中で、10年たっても生まれてこない息子「つじつま」。喫茶店での店員同士の会話が、星図と(ここにはいない)犀との会話になる「犀が通る」。公理によって記述された宇宙「Beaver Weaver」。記録する端から変貌する地図、連続的に変化する僕が連続的に殺される「(Atlas)3」。テキストのアウトプットでのみ存在するリス、自動化により仕事を追われながら自動化を仕事にする主人公「リスを実装する」。あらゆる作家の書かれていない作品をゴーストライトをする作家、人間さえもが3Dプリンタで作られるとき複製と本物との区別は「Printable」。

『エピローグ』
 スーパーロボット・アラクネと主人公は、無数の階層にわかれた、複数の自分とともにOTC(オーバー・チューリング・クリエイチャ)と戦う。 多層化された世界ではエージェントも多層化される。そんなエージェントを使う刑事が、宙軍から連続殺人事件の調査を依頼される。アラクネと主人公は、エスカレーションしたあげく秘儀と化した、シチュエーション料理の真相に迫る。刑事/探偵となった主人公は、さまざまな連続殺人を調査しながら、殺されると訴える小説の作者でもある作中人物と出会う。宇宙艦隊旗艦の爆沈と、主人公の歯に埋め込まれたタブレットの発する痛みが連動する意味は何か。 刑事/探偵の主人公は、インベーダーである妻の存在に悩みながら「被害者が殺されなかった」事件の意味を探る。主人公は、異なるストーリーラインの泡に飲み込まれ、物語が書かれる前の時点にたどり着く。刑事/探偵は、同一人物が無限に殺される連続殺人の中枢へと赴き、ストーリーライン自動生成機械の真実を知る。 OTCに対抗するイザナミ・システムは、ついに物語を人間から切り離す。最終章でこの物語が「エピローグ」であることの意味が明らかにされる。

 『エピローグ』の「プロローグ」では、「彼」がラブストーリーのエージェントであり、主人公が恋に落ちるかのように書かれている。この世界では、知性(物理的生物)と人工知能(エージェント)との区別はできない。しかし、一方この世界はストーリーラインにより生成されたもので、言葉による宇宙なのだと書かれている。短篇集と長編の違いはあっても、この言葉による宇宙という概念は共通している。円城塔が書くSFはジャンル小説ではない。確かに、ロボット/エージェント/多次元/宇宙艦隊/インベーダーなどの用語は、既存の紋切型ジャンルSFとよく似ている。本人もSFを良く知っているから、偽装は完璧に見える。とはいえ、どんなに似ているように見えても、あらゆるものが言葉による高度な抽象化を経て、既存の何ものとも異なる不確定な存在に化けている。読んでいるうちに、我々が生きている現実世界の足元まで揺らぐ。結局のところ、全てが円城塔になってしまうのである。

 

2015/10/11

法月綸太郎『怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関』(講談社)

装画:旭ハジメ、装幀:坂野公一(welle design)

 著者は2年前にSFミステリ短篇集『ノックス・マシン』(「このミステリがすごい!2014年版」1位、「SFが読みたい!2014年版」で6位)を出しており、ディープなSFネタを本格ミステリに仕立て上げる技には定評がある。本書は2006年にミステリーランド叢書で出た『怪盗グリフィン、絶体絶命』の続編にあたるが、内容を大人向けSFへと大幅にシフトしたもの。「あるべきものを、あるべき場所に(返す)」を身上とする怪盗など、登場人物や設定は共通するものの、物語としては独立している。

 ある日、怪盗グリフィンの元に、スタンフォード大学の科学者から小説を取り戻す仕事が舞い込む。焼失したとされる伝説のSF作家の未発表原稿が発見されたのだが、それが実は教授の研究室で開発した〈ストーリー・マシン〉による捏造品なのだという。その物語は『多世界の猫』と呼ばれ、政府による秘密実験を暴いた中編小説だった。

 SF作家のモデルはP・K・ディック、しかもこの長編自体が64の章に分かれ、『高い城の男』で登場する易経の六十四卦に合わせてある。日本語の章題と関係のない英題があり、これは六十四卦の英語の説明から採られたものだ。各章の展開は、この英語の説明に従っていると思われる。真相は単純ではない。『多世界の猫』の猫とはシュレーディンガーの猫のこと。生きているか死んでいるか分からない量子的な猫たちは、大規模な実験の結果思いもよらない能力を得る。それが、ラトウィッジ機関に応用される。軍事利用に目を付けた怪しい団体、政府機関らは獲得を目指し暗躍を始める。それは果たして何なのか、事実なのか/フィクションなのか、そもそもが作家の妄想か。驚くべき方法で、怪盗は真相を明らかにする。とはいえ、この量子ハードSFの収束/解決方法は、本格ミステリならではの発想といえるだろう。

 

2015/10/18

 先月出た『伊藤計劃トリビュート』と同様、伊藤計劃原作の劇場アニメ公開に連動するアンソロジイ企画である。オリジナル・アンソロジイ《NOVA+》の一環であり、同一テーマによる競作アンソロジイでもある。著者へのトリビュートではなく、設定(屍者/ゾンビの存在が当たり前の世界)のシェアである点が特長になる。

 藤井太洋「従卒トム」:奴隷上がりのトムは南北戦争で活躍し、屍兵遣いとして幕末日本の江戸攻め傭兵となる
 高野史緒「小ねずみと童貞と復活した女」:『白痴』を下敷きに、屍者の知能向上から人体改造まで物語は飛躍
 仁木稔「神の御名は黙して唱えよ」:屍者の存在と、イスラム神秘主義との奇怪な親和性
 北原尚彦「屍者狩り大佐」:ワトソンはインドで移動中に人喰い虎事件に遭遇し、狩りに長けた大佐と出会う
 津原泰水「エリス、聞えるか?」:森鷗外は、聴衆を狂乱に陥れる音楽を書いた、屍者である作曲家の話を聞く
 山田正紀「石に漱ぎて滅びなば」:ロンドン留学中の夏目漱石は、夜ごと屍者が攫われる事件に関わるが
 坂永雄一「ジャングルの物語、その他の物語」:インドの密林を夢見た少年は成長し、やがてある物語を書く
 宮部みゆき「海神の裔」:戦後GHQの記録で明らかになった、寒村に隠された屍者の存在

 本編8編の短編の他に、巻末には円城塔へのインタビュー(2012年)が収められている。そこでは、原典となった合作『屍者の帝国』が、どのような経過/スタンスで書かれたかが明らかにされている。
 本書の執筆者では『トリビュート』と、藤井太洋、仁木稔が重複する。どちらも自身の個性を際立たせた作品で、それぞれ屍者兵団のシステム、屍者の宗教的な位置付けなど、得意技が良く分かる。その点は他の執筆者も同様、北原尚彦はホームズ(ワトソン)番外編、津原泰水はダークでエロティックな森鷗外、山田正紀は狂気を孕んだ夏目漱石、宮部みゆきは戦後秘史風の物語を書く。一方、高野史緒は得意のドストエフスキーからSFのパロディへと奔放に展開、坂永雄一は屍者テーマの縛りを予想外に逸脱する。
 中編を揃えた重量級の『トリビュート』と比較すれば、本書は作家/伊藤計劃自体ではなく、一冊の本がテーマなので分かりやすい。価格もライトで手軽な印象があり、より売れる理由になっているのだろう。

 

2015/10/25

ジョン・ヴァーリイ『汝、コンピュータの夢』(東京創元社)
Eight Worlds Collection volume1、2013(大野万紀訳)

Cover Design:岩郷重力+W.I、Cover Photo Complex:L.O.S.164

 ジョン・ヴァーリイの《八世界》全13篇を網羅した、世界初のオリジナル選集である。2年前に企画し版権が取られ、昨年には翻訳も完成していたものの、何しろ40年前の作品なので、出版のタイミングをうかがっていたらしい。古参ファンには有名でも、今の読者に合わなければ売れない。ハヤカワ文庫の『逆行の夏』と同時期なのは偶然のようだ。同一設定とはいえ、収録作は独立した短篇である。全2巻が完結してからと思っていたが、2巻目は来年2月と遅いのでさっそく読んでみた。

 ピクニック・オン・ニアサイド(1974):母親と〈変身〉について仲たがいしたぼくは、水星のニアサイドに家出する
 逆行の夏(1975):月から姉を出迎えたぼくは、水銀が溜まる洞窟に閉じ込められる
 ブラックホール通過(1975):太陽系外縁をかすめる、へびつかい座ホットラインを傍受する要員たち
 鉢の底(1975):金星の辺境まで休暇で訪れた主人公は、中古赤外アイの不調に気が付く
 カンザスの幽霊(1976):大平原を模したディズニーランドで、環境芸術家が何度も執拗に殺される事件が起こる
 汝、コンピューターの夢(1976):ライオンの生活を体験した主人公は、その間に自分の体の変調を知る
 歌えや踊れ(1976):土星の輪の周辺空間に漂う、共生者・人間ペアが奏でる究極の音楽とは

 本書の短篇は、ヴァーリイが活躍した1970年代後半から80年代にかけて、ほぼリアルタイムに翻訳されたものだ。《八世界》は特に人気があり、未訳がない。ただし、本書では全編新訳・改訳され、時代的な古さが出ないよう工夫されている。《八世界》はヒューゴー賞もネビュラ賞も獲っていないのだが、不思議なことに「残像」や「PRESS ENTER■」などより、ヴァーリイの本領のように思える。それはなぜか。
 「ピクニック…」は著者のデビュー作、両性間を自由に変えられ、年齢さえコントロールできるヴァーリイ独特の世界が提示される。今日的な道徳や家族関係、性別、人種、宗教、習俗を、超越/無視した世界なのだ。地球は一切出てこない(人類は地球から抹殺され、帰ることもできない)。その代わり、月の下には巨大な「ディズニーランド」が設けられていて、カンザスやケニアが再現され、体を調整された動物(ライオン)もいる。これを実現する技術は「へびつかい座ホットライン」に流れる、異星人のテクノロジーからもたらされた。その技術を使って、宇宙空間で共生者と暮らす人類も生まれる。ある意味とてもご都合主義で、空想的なユートピアにも見えるが、そんな世界の人間なりに独特の生きざまが浮かび上がる。40年後の我々は、この物語の人々より自由でも豊かでも魅力的でもないだろう。
 ところで本書は、大野万紀初の単独翻訳書(共訳書は多数)で、しかも「ピクニック…」は大野名義での最初の翻訳(SFマガジン1978年1月号)でもある。1人のSFファンの半生を反映した作品集ともいえる。