2015/11/1

パオロ・バチガルピ『神の水』(早川書房)
The Water Knife,2015(中原尚哉訳)

カバーイラスト:影山徹、カバーデザイン:渡邊民人(TYPEFACE)

 収穫を支配する種苗企業、枯渇する水と砂漠化、海水面上昇による文明崩壊など、常に「現在」の社会/環境問題に焦点を当てるバチガルピの最新作。原典が今年5月刊なので、半年余りでのスピード翻訳だ。著者の謝辞によると、本書は短篇集『第六ポンプ』収録の「タマリスク・ハンター」のアイデアを発展させたものという。

 近未来のアメリカ南西部、気候変動による渇水が深刻化、対策を怠った中央政府は事態をコントロールする術を失っている。主人公はアリゾナ州フェニックスのジャーナリスト。水が無くなることで、スラム化した町で起こる殺人事件を追ううちに、アリゾナ、テキサス、カリフォルニアという州間をまたがる水利権争いに巻き込まれる。そこで、一人のウォーターナイフ(水争いの裏工作エージェント)と知り合うのだ。

 本書の中で重要なキーとして出てくる本『砂漠のキャデラック』(1986)は、アメリカの水資源問題を早くから指摘した先駆的なノンフィクションだ。この内容は、1997年に作られた同題のドキュメンタリーで見ることもできる(コロラド川治水の問題は第2部)。同書では、ダムや水路による人工的な治水が環境に与える悪影響が描かれている。だが、本書ではさらに世界的な気候の変動が水の枯渇をもたらし、水利権の有無によって多数の住民の生死が左右される。中央政府は弱体化し、大都市近辺に作られた中国資本による密閉型の環境完全都市には、限られた富裕層だけが暮らす。災害で住処を追われた人々は難民化、各州は州軍を動員して水を目指す難民の移動を制限する。水の権利を持つ者こそが支配者なのだ。社会派サスペンスともいうべき作品で、不屈の主人公とハードボイルドなウォーターナイフという、タフなコンビによる真相究明はまさに一気に突き進む。

 

2015/11/8

田中啓文『イルカは笑う』(河出書房新社)
カバーデザイン・装画:YOUCHAN(トゴル・カンパニー)
カバーフォーマット:佐々木暁

山本弘・小林泰三・他『多々良島ふたたび』(早川書房)
Cover Direction & Design:Tomoyuki Arima
Photo:(C)Tsuburaya Production Co.,Ltd.

 『イルカは笑う』は、9月に出た田中啓文の最新短篇集。全12編、さまざまな雑誌やアンソロジイ、電子書籍、学会誌などの掲載作をまとめたもので、ジャンルや媒体を問わずに書かれている。著者の場合、長編書下ろしやオムニバス短篇が多く、純粋の短篇は少ない。そのため、一貫して短篇を読む機会は限られる。しかし、田中啓文独特のSFを楽しむのなら、単発ではなく本書のようにまとめて読んだ方がインパクトがある。

 ガラスの地球を救え!(2009):日本倒産を招いた宇宙遊園地で再現されたヤマトは、地球の危機についに発進する
 本能寺の大変(2013):本能寺で謀反に遭った信長が、秀吉から献上された秘法の丸薬を飲むと
 イルカは笑う(2001):文明を継承したイルカ族は、委譲の承認を得るため人類の最後の一人と面談する
 屍者の定食(2012):料理人だった主人公は、突然蔓延したゾンビ禍に巻き込まれるが
 血の汗流せ(2000):全力を振り絞ると血の汗を掻く少年には、生きるための重大な秘密があった
 みんな俺であれ(2013):人の外部記憶として始まった〈サブブレイン〉は瞬く間に必需品となっていった
 集団自殺と百二十億頭のイノシシ(2013):突如はじまった集団自殺は宇宙人の憑依によるものだった
 あの言葉(2002):テロ決行の寸前仲間から外された女は、やがて与党で頭角を現していく
 悟りの化け物(2007):悟りを開いたと称する主人公が語る、そこに至る経緯
 まごころを君に(2011):落語の与太郎が脳手術を受け、天才化してからの顛末
 歌姫のくちびる(2013):身を持ち崩した末、行方をくらませたジャズボーカルが語る真相
 あるいはマンボウでいっぱいの海(2007):マンボウが一度に生む3億個の卵がすべて成長したら

 ブラックな皮肉が効いた表題作や「あの言葉」、ジャズを題材にした「歌姫のくちびる」に見られる哀愁などは、著者の別の面が見えてくる秀作だろう。もちろん、ハチャメチャな破滅もの「屍者の定食」「集団自殺…」「みんな俺であれ」や、駄洒落落ち「本能寺…」「あるいはマンボウ…」も含まれていて楽しめる。解説は著者が各作品の解題を語って、酉島伝法がコメントするという形式。

 さて、その田中啓文、酉島伝法も参加する『多々良島ふたたび』は、7月に出たアンソロジイで円谷プロとのコラボから生まれた。収録作と著者解説は、すべて2015年に出たSFマガジンに掲載されたものだ。今年は怪獣アンソロジイが多数出た(下記参照)。それらの多くは、「ウルトラQ」「ウルトラマン」など《ウルトラシリーズ》に対するオマージュに基づく。本書は、その中でもオフィシャルなコラボということで、具体的な怪獣名なども含め、明確に元ネタを明らかにしている点が特長だろう。

 山本弘「多々良島ふたたび」:レッドキングとウルトラマンが死闘を演じた島に観測員たちが再上陸する
 北野勇作「宇宙からの贈りものたち」:防災委員に任命された青年は火星のバラを荒らすナメクジの話を聞く
 小林泰三「マウンテンピーナッツ」:過激な環境保護団体が、ウルトラマンの怪獣退治を妨害する
 三津田信三「影が来る」:いつのまにか自分の分身が現われ、勝手に行動するようになる
 藤崎慎吾「変身障害」:ウルトラセブンが精神を病み、危機に陥っても変身できなくなる
 田中啓文「怪獣ルクスビグラの足型を取った男」:怪獣の足形を取る特殊な職務は、時代に合わず廃れつつあった
 酉島伝法「痕の祀り」:倒された怪獣を解体する任務に就く、特殊清掃会社の社員たち

 ウルトラマン(多々良島)、ウルトラQ(ナメゴン、バルンガ)、ウルトラマンネクサス/ギンガ、ウルトラセブンなどなど、元ネタがあるといっても、大半は2次創作やパスティーシュではない。表題作「多々良島…」のみは原典の続編といっても良いが、頽廃感が漂う「宇宙からの…」、正義の立場を逆説的に問う「マウンテンピーナッツ」、ウルトラQ的な不条理感漂う「影が来る」、現代の病理に犯されるセブン「変身障害」、滅びゆく職業への哀惜が感じられる「怪獣ルクスブグラ…」、独特の奇怪な会社を描く「痕の祀り」と、各作家の世界観にウルトラ怪獣(の固有名詞)をはめ込んだらどうなるかを試しているかのようだ。

 

2015/11/15

澤村伊智『ぼぎわんが、来る』(角川書店)
装画:綿貫芳子、装幀:大原由衣

名梁和泉『二階の王』(角川書店)
装画:藤田新策、装丁:須田杏菜

 本年、第22回日本ホラー小説大賞の大賞『ぼぎわんが、来る』(著者は1979年生まれ)と、優秀賞『二階の王』(1970年生まれ)である。選考委員の綾辻行人「文句なしに面白いホラーエンタテインメント」「(大賞と比べて)優るとも劣らない面白さ」、貴志祐介「著者は天性のストーリーテラー」「当初から高得点が集まった」、宮部みゆき「迷わず大賞に推す」「魅力的な作品」と、それぞれ一致して高評価だった。

『ぼぎわんが、来る』幸福な家庭生活を送っていたはずの主人公に、ある日来訪者が訪れる。しかし、会うことはできない。取り次いだ男は、覚えのない噛み傷から出血し、次第に衰弱していく。それから、何かが家庭に付きまとうようになる。相談を受けたジャーナリストは、パートナーと共に「ぼぎわん」の正体を追跡するが。

『二階の王』東京郊外の住宅地の中に、その家はある。両親と妹、2階には引きこもりの兄がいる。家族は、何年も兄の姿を見ていない。食事は扉の前に置かれ、誰もいない時だけ部屋を出るからだ。そして同じ市で、元警官と6人の男女が狂信的な考古学者の書いた予言書を元に、人を化け物〈悪果〉に変える存在〈悪因〉を探していた。

 『ぼぎわん…』は3章からなる長編だが、各章ごとに一人称の視点人物が交代する。夫、妻、ジャーナリストと、そのたびに前の語り手が口にしない事実が明らかになっていく。ホラーでは登場人物が多すぎても、煩雑な上印象も薄くなる。この構成は、読み手にとって1人1人の相違が理解しやすい。「ぼぎわん」はその発音から想像できる魔物。古い日本的な因縁話が、現代的な家庭内の問題に絡み、最後は、「コンスタンティン」風のスケールアップした悪魔祓い物語となる。初長編とは思えないほど手慣れた展開だ。
 『二階の王』は引きこもりを1つのテーマにしている。正常者を化け物化する強力な敵〈悪因〉、それを探す側も〈悪果〉の臭い、外観、感触などを検知できる能力を持つ元引きこもりたちなのだ。一方、物語の中にある予言書の内容は、現実の考古学的発見と関係するのか、あるいは電波系妄想か明確ではない書き方になっている。小都市に暴動を巻き起こすほどの能力は、異次元の王の力なのか、単なる集団ヒステリーなのか。また両作品ともに、主要な人物の中に精神的リスクを持つ男女が登場し、結末に異界の存在との対決が置かれている。

 

2015/11/22

ロバート・チャールズ・ウィルスン『楽園炎上』(東京創元社)
Burning Paradise,2013(茂木健訳)
Cover Illustration:新井清志、Cover Desigh:岩郷重力+WONDER WORKZ。

スティーヴン・タニー『100%月世界少年』(東京創元社)
One Hundred Percent Lunar Boy,2010(茂木健訳)
Cover Desigh:岩郷重力+T.K、Photo Complex:LOS164

 8月に出た『楽園炎上』は、《スピン》3部作で知られるR・C・ウィルスンの長編である。今年4月に新作が出ているので最新ではないが、その一つ前の近作。最近のウィルスンは、長編を2年に1作出すというペースを厳密に守っているようだ。

『楽園炎上』第2次世界大戦が回避された別の現代、世界は完全ではないものの平和を保てている。だが、その平和は外部からの干渉の結果だった。電離層のある宇宙空間に、未知の集合知性が潜んでいるのだ。彼らの真の目的は何か。事実に気が付いた一部の科学者たちは秘密結社を作り、人類に警鐘を発しようとする。しかし、組織の主要メンバーが、疑似人間により一斉に襲われる事件が発生する。

 疑似人間=シミュラクラは緑色の血液で、単独の知能/個性は持たない。集合知性の手足なのだ。一見人間と変わらない操り人間の不気味さと、そこから逃れる家族たちの逃走劇が本書の主題である。世界平和をもたらす一方で、人類の自主性を歪める存在をクールに描いた点がとても面白い。ただ、別の歴史を歩むパラレルワールドの人類(こうも簡単に操られるだろうか)や、電離層生命に関する掘り下げ(人間と全く異質の生命なのに、コミュニケートできる理由)が浅く、設定の奥行に物足りなさを感じてしまう。
 同じ翻訳者ということで読んでみたもう1冊、スティーヴン・タニーは初紹介の作家、画家兼シンガーソングライター(最新アルバムは2007年)ながら小説も書き、本書『100%月世界少年』は長編第2作にあたる。書店バーネス&ノーブルの2010年(ホリデーシーズン)ベストセレクションにも選ばれた話題作。

『100%月世界少年』テラフォーミングが進み、大気のある月面は、表側に多数の人々が暮らすなど繁栄していた。主人公は人を狂わせる第4の色の瞳を持って生まれたため、常にゴーグルを着けている。誰にも本当の瞳を見せることができない。高校では文系科目は優等、理系科目は劣等のため、友人も両極端という生活だった。そんなある日、彼は地球生まれの女の子と知り合う。

 巨大なハチドリが舞い、空気が満ちた月面は幻想的。表題は邪眼を持つ者の呼称で、冗談のような表題ながら、その分ユニークさも感じられる。月では、邪眼の由来を含め、真実が隠されている。少年たちは力を合わせて、その究明にあたるわけだ。世界について一応の理屈はあるものの、本書でリアルなのは高校生の学園生活と男女関係だろう。YA向きなのだから、これで良いのかもしれない。なお、本書は2012年に映画化が決まっているが、まだ具体的な進捗はないようだ。

 

2015/11/29

アーシュラ・K・ル・グィン『世界の誕生日』(早川書房)
The Birthday of the World and Other Stories,2002(小尾芙佐訳)

カバーイラスト:丹地陽子、カバーデザイン:早川書房デザイン室

 2002年に出たル・グィンの中短篇集で、前半6作が《ハイニッシュ・ユニヴァース》、人類の住む星々の総称=エクーメンに属する作品。とても緩やかな共通設定なので、時間的順序(いわゆる未来史年表)を含め、あまりこだわる必要はない。著者自身、前書きでそう述べている。

 愛がケメルを迎えしとき(1995):惑星ゲセン、古都で成長する主人公はケメル舎に赴く年齢を迎えていた
 セグリの事情(1994)*:惑星セグリ、男女の比率が極端に違う社会で、学問を望む男が導かれる運命
 求めぬ愛(1994)*:惑星O(オー)、人々には、4つの組み合わせを持つ複雑な結婚制度セドレツがある
 山のしきたり(1996)*:惑星O、セドレツのしきたりに反して、自分たちの結婚を遂げようとする主人公たち
 孤独(1994):辺境の星ソロ第11惑星、現地調査するエクーメンの母と、現地に根付いた娘との葛藤
 古い音楽と女奴隷たち(1994):惑星ウェレル、エクーメンの大使は大都市で奴隷制の崩壊を見る
 世界の誕生日(2000)*:王が神となる社会、神の死と共に軍の反乱により国は二分される
 失われた楽園(書下ろし)*:到着まで6世代を要する世代宇宙船、乗り組む人々は旅の意義を問うようになる
 *初訳

 「孤独」がネビュラ賞、「山のしきたり」「世界の誕生日」がローカス賞、他にもティプトリー賞受賞作を含む。本書の物語は、すべて人の造った社会の物語である。今現在の政治体制やパワーゲームなどを前提とするのではなく、人間社会を形成する基盤/ベースの問い直しが重要なテーマなのだ。例えば、ここに描かれる、一定期間のみ性別が決まるゲセンや、男性が極端な少数派のため社会制約が大きいセグリ、男女が2つの半族に分かれパートナーの決め方が自由にはならないオー、原始的で男女が完全に分かれて住むソロ、社会システムの基本が奴隷制で成り立つウェレルなどである。巻末の中篇「失われた楽園」では、伝統的な世代宇宙船の設定で、小さな社会が変容していくありさまが描かれている。注意が必要なのは、どのお話も現代社会の単純な裏返し/デフォルメではなく、独特のリアリティを保持している点だ。リアルであるからこそ、寓意の深さもより本質を突くものとなる。
 なお、解説(高橋良平)にもある英米文学界で話題になった、カズオ・イシグロとの『忘れられた巨人』を巡るやりとりについては、ここに記されている。上記を見ても分かるように、ル・グィンのファンタジイは極めて確固としたバックグラウンドを持つ物語なので、イシグロの曖昧さには疑問を挟まざるを得ないのだ。