2017/10/1

藤井太洋『公正的戦闘規範』(早川書房)

藤井太洋『公正的戦闘規範』(早川書房)

Cover Illustration:撫荒武吉、Cover Design:岩郷重力+Y.S

 8月に出た藤井太洋の初短編集である。4年前のSFマガジンデビュー作から、書下ろしの1作を含む全5作を収録する。日本SF大賞受賞作家かつ日本SF作家クラブ会長と多面的な活躍をしている著者なので、「初」と聞くと意外な感じがするが、長編中心で書いてきた関係もあるだろう。

 コラボレーション(2013):暴走した旧インターネットが認証型トゥルーネットと置き換わった時代、主人公は昔自分が作ったサービスの痕跡を見つける。常夏の夜(2014):台風被害でインフラ障害が著しいセブ島では、意外な人材から最適な輸送方法が考案される。公正的戦闘規範(2015):AIを積んだ戦闘ドローンがテロにも多用される中で、本当の意味でフェアな戦闘とは何か。第二内戦(2016):新旧の価値観の対立から2つの国に分裂したアメリカで、不正なIP利用が疑われる。軌道の環(書下ろし):木星系から地球に送られる巨大コンテナの乗組員が知る極秘計画の顛末。

 解説(大野万紀)には「IT業界で働く人、AIやドローンやグローバルネットワークの未来に興味のある人」はぜひ読むようにとあって、実際本書の作品には、これらに関連する用語やモノが多様に登場する。例えば「コラボレーション」では、PHPとかワードプレスとか、vimの記述とかが出てくる。ただ、それらと同列に量子演算用モデリング言語Q(量子コンピュータ用の言語はまだ開発途上)などが置かれていて、フィクションとノンフィクションがシームレスに混在している印象だ。また「公正的戦闘規範」ではドローンによる無人機戦争に驚きの解決法を提示するし、「第二内戦」は今日可能なハード/ソフトの能力では達成できない意外な結末が置かれている。

 現状のIT用語が駆使されていて、舞台が数年後の近未来ということもあり、読者の中には書かれている内容を「事実」と勘違いする人もいるようだ。それぐらい、著者の作品には、現実と見分けがつかない飛躍が巧妙に加えられている。リアルさに感心しながら読んでいると、いつの間にか異世界にいるという驚きを内在する点が、藤井太洋の特徴といえる。

 本書には書下ろし「軌道の環」が収められている。これは谷甲州の《航空宇宙軍戦史》を思わせる設定で面白いのだが、結末のスケールアップがいかにも著者らしい(文字通り大きいのだ)。


2017/10/8

エイミー・カウフマン&ジェイ・クリストフ『イルミナエ・ファイル』(早川書房)

エイミー・カウフマン&ジェイ・クリストフ『イルミナエ・ファイル』(早川書房)
ILLUMINAE,2015(金子浩訳)
装幀:水戸部功

 雑誌サイズのA5判で600ページもある、ヤング・アダルト向けスペースオペラ小説。文中にメール文書やコンピュータによる独白、報告書、イラスト、タイポグラフィックをちりばめ、多彩な表現で26世紀の宇宙で起こる事件を描写している。ニューヨーク・タイムズ・ベストセラーリストに入り、世界23か国で翻訳、ワーナーによる映画化も予定されている。本書は例によって三部作の1作目で、2巻目のGeminaまでが刊行済みだ。1巻目、2巻目ともに、オーストラリアのSF賞オーリアリス賞(ヤング・アダルト部門ではなくSF長編部門)を受賞。

 26世紀の宇宙、管轄があいまいな辺境の惑星で、星際企業WUCによる違法な採掘が行われていた。その権益を奪取するため、もう一つの巨大星際企業ベイテクは戦艦を仕立てて攻撃、鉱山に従事する人々の皆殺しを図る。しかし救難信号を傍受した地球連合UTCの戦闘空母が、一部の住人の救出に成功する。その中には物語のヒロイン、ヒローとなる高校生の2人が含まれていた。

 ありがちな冒頭場面だが、本書の物語は二転三転とめまぐるしく転換する。主動力が停止しパワーを失った空母、空母の中枢を占める人工知能、追いすがるベイテクの戦艦、非武装の宇宙船などに分散避難した数千人の市民たちと、舞台装置はリッチにある。さらに、この物語には小説的な、いわゆる「地の文」がなく、主人公たちによるメールのやり取り、人工知能の行動を書き出した報告書だけで構成されているのだ。またアクションを伴うシーンやAIの葛藤を表現するために、タイポグラフィックが用いられている。

 本書は、ともにオーストラリアのヤング・アダルト向け作家、エイミー・カウフマンとジェイ・クリストフによる合作だ。カウフマンは2013年デビューで7冊の著作があるが、ミーガン・スプーナーとの共著もベストセラーとなるなど人気作家である。クリストフは同時期のデビューで、すでにKADOKAWAから『ロータス戦記』の翻訳が出ている。

 シンプルな媒体であるメールや、PC/スマホで読む手軽な資料類も、本の形式になると見栄えが変わってくる。翻訳の壁もあり、本書のように横書き、タイポグラフィックの忠実な再現などにより、どこまで臨場感が高まるのか興味深く読んだ。結果的には、波乱万丈の展開との相乗効果はあったと思われる。500年後の26世紀に、21世紀初頭のメディアが進歩なく出てくる点は気になるが、物語の性格上やむを得ないだろう。


2017/10/15

佐藤究『Ank: a mirroring ape』(講談社)

佐藤究『Ank: a mirroring ape』(講談社)

装丁:川名潤

 8月に出た本。遺伝子をキーワードに、2016年の江戸川乱歩賞を受賞した佐藤究による受賞後第1作である。著者は1977年生まれ、2004年に群像文学新人賞を受賞し2冊の単行本を出版していた。昨年からペンネームを改め、ジャンルをエンタメに変えた上で再デビューしている。受賞作は『虐殺器官』を思わせる遺伝子テーマだったが、本書はさらに構想を膨らませている。

 2026年10月、京都で大規模な暴動が発生する。言葉から連想する限定的な騒乱とは違う、異常な事態だった。現場からは一切の薬物、ウィルス、病原菌は発見されずテロの兆候もない。しかし、大量の市民が死亡し、SNSでの動画配信まで停止されている。いったいそこでは何が起こっているのか。

 ゾンビによるパニック小説を思わせるにも関わらず、冒頭でゾンビ(生きている死者)ではないと示唆されている。では、人々を暴動に駆り立てる真因は何か。物語は、人類学SF風に展開していくのだ。

 主人公は、京都に設けられたシンガポール資本による民間霊長類研究所KMWP(この略称には、ある特別な意味がある)の所長だ。大学時代に書いた論文が、著名なAI研究者に認められ、抜擢されたのだ。そして、暴動の2か月余り前、主人公はウガンダから密輸されようとしていた一匹のチンパンジー「アンク」を保護する。

 世界的な研究者が集まる先端研究所、その隠された設立目的、特定の霊長類だけが持つ遺伝子上の共通点、その秘密を現出させたことで巻き起こる凄まじいパニックと、きわめてハイテンションに物語は進む。容赦のない残虐描写もあるので、半分はスプラッター、半分は人類学SF(人間は生物的に何から生まれて、今後どう進化するのかを追求するSF)という印象だ。参考文献の中には、クラーク『2001年宇宙の旅』の他、ボルヘス『幻獣辞典』『砂の本』などが挙げられている。同じ京都封鎖が描かれ、小松左京『継ぐのは誰か?』風なのは、7年前に出た『密閉都市のトリニティ』を思わせる。