2017/11/5

山田正紀『ここから先は何もない』(河出書房新社)

山田正紀『ここから先は何もない』(河出書房新社)

装画:KYOTARO、装丁:川名潤

 6月に出た山田正紀の書下ろし長編。標題はボブ・ディランの詩 Beyond Here Lies Nothin から採られたもの。J・P・ホーガンのロングセラー『星を継ぐもの』への不満を契機に書かれた(著者のあとがき)とある。同書は、月面で発見された宇宙飛行士の死体が、実は5万年前のものだった、というミステリタッチで始まる宇宙ものだ。英米では評判にならないのに、日本人の情感と合うのかオールタイムベストに必ず入る人気作である。『ここから先は何もない』は、『星を継ぐもの』のミステリ的な仕掛けをより合理的に深掘りした作品といえる。

 日本の小惑星探査機〈ノリス2〉が目標の小惑星ジェネシスに接近、着陸船を降下させる。ところがそこは別の小惑星で、ありえない化石エルヴィスが採取されたのだ。化石は探査機を共同運用していた米国が横取り、沖縄の厳重なセキュリティ下にある秘密基地に隠匿した。その正体を探るため、奇妙なチームが結成される。民間軍事会社を経営する元自衛官、同僚だった天才ハッカー、キャバ嬢を副業とする法医学者、牧師まがいの宇宙生物学者。

 生物が存在しえない環境で、生き物の痕跡が見つかるという設定を置き、それを「密室殺人事件」のように究明するミステリ要素。若いはぐれものチームが、巨大な敵(米軍組織)に挑む冒険サスペンス要素。次第に明らかになる40億年に及ぶ生命進化の謎という、本格SFへの収れんが本書の読みどころだろう。何れも、山田正紀小説を代表する要素ではある。

 個性的な登場人物が多い。上記の他にも銀行員、老齢の投資家、人工知能学者、国際的に著名なハッカー、大統領候補者などが登場する。必ずしも活躍するわけではないのでやや物足りないが、本書を楽しむ上での彩になっているだろう。

 昨年出た『カンパネルラ』はオール宮沢賢治的な作品を形成するために、ミステリからSFまでを総動員した作品だった。本書の場合は逆で、オール山田正紀を動員することにより、本格SFを換骨奪胎している。


2017/11/12

松崎有理『5まで数える』(筑摩書房)

松崎有理『5まで数える』(筑摩書房)

装丁:アルビレオ、カバー線画:上田よう

 6月に出た松崎有理の短編集。6作中3作はPR誌「ちくま」やIHIのWebサイトに掲載されたもの、残り半分は書下ろしになる。

たとえわれ命死ぬとも(2016):動物実験が禁止された社会で、治療法を探る医者たちの苦悩、やつはアル・クシガイだ(2016):ゾンビを描くフィクションがいつの間にかデマとして拡散、疑似科学バスターズが立ち上がる、バスターズ・ライジング(書下し):世界的な科学者が立ち上げたバスターズ成立の由来とは、砂漠(書下し):手錠でつながれた犯罪者たちが砂漠で遭難、いかにして窮地を脱するか、5まで数える(書下し):数学ができないことをひた隠す少年は、ある日数学者の幽霊と知り合う、超耐水性日焼け止め開発の顚末(2015):完全な日焼け止めを開発した女性研究者が、1人の男から感謝されるのだが。

 理系がらみながら科学それ自体ではなく、非理系人とのギャップを切り口として、読みやすい短編(オムニバスを含む)にまとめるのが著者のスタイルである。本書でも、動物の命が何より優先される社会や、疑似科学を科学的にあばくことの難しさ、数学という概念の本当の意味など、現実の社会と科学との折り合いの難しさがさまざまに描かれている。

 誕生編と終幕編の2作が入っている「疑似科学バスターズ」とは、蔓延するニセ科学に対処するため設けられた、国立科学浄化局傘下のグループのこと。ノーベル賞をダブル受賞した科学者の熱意で始まるが、大衆は「科学的なネタばらし」に全く感心してくれない。かえって、暴かれる疑似科学側に同情する始末。弱い者いじめとみなされるのだ。そこで、インディアン最期の呪術師と称する奇術の天才が手助けをしてくれるようになる。

 どのお話でも、著者は人間不信には陥らない。結末はどれも結構シビアなのだが、深刻さを強調せずソフトに終わるところが心地よい


2017/11/19

オマル・エル・アッカド『アメリカン・ウォー(上)』(新潮社) オマル・エル・アッカド『アメリカン・ウォー(下)』(新潮社)

オマル・エル=アッカド『アメリカン・ウォー(上下)』(新潮社)
American War,2017(黒原敏行訳)

カバー写真:(C)Moises Saman/Magnum Photos

 今年4月にアメリカで刊行されたばかりの作品。1982年生まれの、ジャーナリストでもある著者が書いた最初の長編である。トランプ政権が招くアメリカ分断を予見したと注目を集め、9月に翻訳版が緊急出版された話題の書だ。ただ、そういうイメージから連想する際モノではないだろう。

 2075年、環境に対する政策の対立からアメリカの南部3州が自由南部国と称して独立を宣言、アメリカは第2次南北戦争の泥沼にはまり込む。温暖化による海進によりフロリダ半島は水没、さらに分断による混乱で、国土の一部がメキシコに実効支配されるまでとなっている。そんな中、難民キャンプに暮らす主人公は、要人暗殺を契機とした大規模な虐殺事件により家族を亡くし、暴力的な復讐にとり憑かれるようになる。

 著者はエジプトのカイロに生まれた。両親の仕事の関係で5歳でカタール、16歳でカナダに移住、カナダの大学でコンピュータ・サイエンスを学んだ。その後、長年記者としてカナダの新聞社に勤務し、アフガン戦争(テロとの戦い)、グアンタナモ基地(捕虜の虐待)、エジプトでの市民革命(反独裁、あるいは世俗派と原理派の対立)、アメリカにおける白人警官による黒人少年射殺事件(人種対立)などを取材し、傍ら小説の構想を練ってきたという。

 21世紀末のアメリカでは、核兵器こそ使われていないが、生物兵器により隔離された州があるなど、深刻な傷跡が至る所にある。温暖化による暴風や洪水が頻繁に発生し、政府にこれらをコントロールする術はない。飢饉が起こり、多くの人々は難民キャンプに押し込められている。頼りは、中国や統一アフリカからの援助物資のみ。なのに内戦は続き、正規軍や武装勢力が跳梁し、自爆テロとその報復が横行する。

 著者が現場で見てきたアフガン、中東の状況をそのままアメリカに移し替えた設定だ。リアルな体験がある分、迫真性は増しているが、典型的なディストピア小説に見える。ただ著者は、本書でアメリカの問題や、戦争自体について書きたかったわけではない、書きたかったのは復讐の普遍性なのだという。実際、本書の中で描かれる主人公は、少女のころからの残酷な体験を通して、終わりのない復讐を志すようになる。一度毀れた心は決して修復されず、報復の連鎖はすべてを破壊し尽くすまで切れないのだ。