2019/6/2

シルヴァン・ヌーヴェル『巨神降臨(上)』(東京創元社) シルヴァン・ヌーヴェル『巨神降臨(下)』(東京創元社)

シルヴァン・ヌーヴェル『巨神降臨(上下)』(東京創元社)
Only Human,2018(佐田千織訳)

Cover Illustration:加藤直之、Cover Design:岩郷重力+W.I

 《巨神三部作》(テーミス・ファイルズ)の完結編である。原著も翻訳も、3年連続で刊行されたことになる。半年違いでほぼリアルタイム、第1部が星雲賞を受賞するなど日本での人気も高い。版元情報によると、著者は今年の日本SF大会に参加するとのこと(大会HPには、まだ記載がないようだが)。

 前作の終わりで人類絶滅を救ったテーミスの乗員たちは、一瞬で異星エッサット・エックトへと転移する。そこには無数の巨人ロボットが待機しており、支配者である異星人や、彼らを祖先に持つ別の異星種族たちが居住していた。異星の評議会は、乗員たちが求める地球への帰還をなかなか認めようとしない。一方の地球では、ただ1体残されたロボットをアメリカが独占、無敵の破壊力で覇権を唱えるが、対抗する中露との核戦争危機が迫っていた。

 第2部では人類に億単位の多大な犠牲者が生じる。さらに本作では、人類自身が異星人の血を引く人々を差別し収容所に送る。世界はより険悪になり、一国主義が幅を利かせるようになる……という、まさにポピュリズム、トランプ時代の社会問題、国際情勢が戯画化されているわけだ。

 三部作のすべての謎は解明される。なぜロボットが6000年前に存在したのか、人類になぜロボットを操れる子孫がいるのか、異星人はどのような種族なのか。反面、物語は現実の(予想外だった変化の)影響を受けて、特にこの第3部は形而下的に流れてしまった。人類は対異星人に向けた結束という大義を捨て、個別の覇権争いに明け暮れるのだ。ロボット格闘SFより、その方がリアリティがあって良い、という見方も(その逆も)あるだろう。

 一方人間関係では、10歳の少女が19歳の大人になって父親と激しく対立、ロボット同士の対峙にまで発展する。少年少女が戦闘員になって活躍するSFの場合、こういう親子関係が多いように思われる。


2019/6/9

ハーラン・エリスン『愛なんてセックスの書き間違い』(国書刊行会)

ハーラン・エリスン『愛なんてセックスの書き間違い』(国書刊行会)
Love Ain't Nothing But Sex Misspelled,2019(若島正・渡辺佐智江訳)

装幀:下田法晴+大西裕二

 昨年亡くなって(84才)一周忌を迎えるハーラン・エリスンの、非SF短編11編を集めた若島正選日本オリジナル作品集である。非SFといっても、後のエリスンに直結する20代から30代初めの作品が中心だ。表題は作品名ではなく、作中の登場人物が口にするセリフ。

第四戒なし(1956)仕事場を転々とする季節労働者の中に、父親を殺すと執拗につぶやく少年はいた。孤独痛(1964)一人で眠る男は、夜毎彼を殺そうとする殺人者たちに逆襲する夢を見る。ガキの遊びじゃない(1959)裕福で学識者の男の隣家には、不良になり切れない少年が住んでいた。ラジオDJジャッキー(1959)生放送中のラジオDJのところに、ライバル歌手を抱える男があらわれる。ジェニーはおまえのものでもおれのものでもない(1964)世間知らずだと思っていた女が妊娠する。保護者きどりの男は違法な堕胎のためメキシコまで越境する。クールに行こう(1959)芸能プロデューサーの男は、落ちぶれたピアニストの復活に手を貸す。ジルチの女(1959)才能に自信のあった作家は、デビューの条件にジルチを要求される。人殺しになった少年(1957)失業した父親の下を離れた少年は、偶然拳銃を入手する。盲鳥よ、盲鳥、近寄ってくるな!(1963)ヨーロッパ戦線で兵士は待ち伏せ攻撃に会い、暗闇の中に閉じ込められる。パンキーとイェール大出の男たち(1966)一躍ベストセラー作家となった男は、古巣のニューヨークでイェール大卒の若造二人と飲み歩く。教訓を呪い、知識を称える(1976)講演を終えた著名作家は、聴講していた一人の女子学生に魅かれる 。

 これらの作品は、当時エリスンが編集者をしていたローグ誌や、ナイト誌などの男性雑誌に掲載されたものだ。暴力やセックスなど、SF専門誌より制約が緩いところが、エリスンに合っていたのだという。ペンネームで書いたポルノ小説も入っている(ウェストレイク『さらば、シェヘラザード』参照)。最後の作品のみ70年代だが、これは自身の初期短編集のために書き下ろしたものだ(エリスンを思わせる作家が主人公)。

 季節労働者の中に未成年者がふつうに交り、少年が殺し合いをし、DJはギャングと関わり、堕胎は犯罪で(これは今でも州によって違法とされる)、階級格差、地域格差、人種や性別の差別が著しいという時代を反映している。今の作家では、表立っては難しい体験(本物のギャング団に参加、女性遍歴)も反映されている。

 読んで見た限り、これら作品と後のエリスン作品とはシームレスにつながる。ニューウェーヴ時代のエリスン(『死の鳥』)のベースがここにあったことは納得できるだろう。


2019/6/16

劉 慈欣『三体』(早川書房)

劉 慈欣『三体』(早川書房)
三体,2008(大森望・光吉さくら・ワン・チャイ訳、立原透耶監修)

装画:富安健一郎、装幀:早川書房デザイン室

 三部作累計2100万部という破格のSF小説である。アジア初のヒューゴー賞受賞作品でもある。出版は7月4日とまだあと2週間以上あるが、プロモーションのための先行プルーフ版(ゲラ仮製本)が出回っており、評者は再校ゲラ版(未製本)を読んだ。大森望が翻訳スタッフに入っているのに、本書は英語版ではなく中国語版を底本としている。中国の場合、海外向けに自国で翻訳を用意することがある(北京の外文出版社が出した『中国SF作品集』などがある)。しかし、そのままでは(特にSFでは)リーダビリティーに難がある。半世紀前ならともかく、海外SFがふつうに出回る日本では苦しいだろう。そこで、大森望により原語、原語からの翻訳、ケン・リュウ版英訳の突き合わせで翻訳文章を大幅に改め、かつ立原透耶のチェックを入れたものが本書だ。

 1967年、文化大革命に揺れる北京で著名な物理学者が殺され、若い科学者だったその娘も大興安嶺山脈の開墾部隊に下放。そこには閉ざされたレーダー基地があり、経歴を見込まれた娘は職員として採用された。しかし、基地には隠された目的があった。40数年後、ナノテクの専門家である研究者(主人公)は、科学者が謎の死を遂げる事件の調査に関わる。物理法則に背く、超常的な現象が起っているらしいのだ。しかも、背後にはえたいの知れないグループがうごめき、ゲームらしくないVRゲーム「三体」の存在が浮かび上がってくる。これらはどう結びつくのか。

 三体とは、天体力学の三体問題(英語版の標題)のこと。1つ、2つまでなら天体の運動は予測可能だが、三体になると予測不可能になる。これがそもそもの物語を支える大ネタになる。加えて、中国の暗部、文化大革命を生きた女性科学者の数奇な運命が語られる。文革というと、日本人的には中国共産党内の派閥争いのように矮小化して捉えられるが、実際は中国全土を巻き込む大規模な内戦だった。お互い手製の武器を手に戦争をしたのだ。その背景があるため、人類の命運を左右するこの女性の決断に説得力が出てくる。一方、現代パートを占めるVRゲーム世界では、SF的な奇想により「三体」がどのようなものかが明らかになっていく。

 既出の感想では、カール・セーガン『コンタクト』、小松左京『果しなき流れの果に』、クラーク『幼年期の終わり』、山田正紀『神狩り』あるいはアシモフ「夜来る」、ホーガン『星を継ぐもの』など、本書を例える歴史的な作品が挙げられている。評者はそれらよりも、山本弘『神は沈黙せず』+ニーヴン&パーネル『神の目の小さな塵』(設定的には逆だが)を連想した。超常現象に対する驚天動地の謎解きや、苛酷な生存競争を生き延びる三体人の文明描写にそういう雰囲気があるからだ。意外だが、本書ではSF的にソフィスティケートされた(悪く言えば上から目線の)「人類」や「文明」が主眼なのではなく、もっと生々しい生死の問題が問いかけられているように思える。

 ところで、せっかくプルーフを配り、キャンペーンを盛り上げようとしている割に、現時点ではまだ本書の特設ページもなく版元の紹介もほぼない。アマゾン初めネット書店での内容紹介、作者紹介はかなり寂しい。今月出るSFマガジン2019年8月号での特集はあるようだが、もう少し多面的にアピールすべきだろう。


2019/6/23

大塚已愛『鬼憑き十兵衛』(新潮社)

大塚已愛『鬼憑き十兵衛』(新潮社)

装画:獅子猿、装幀:新潮社装幀室

 3月に出た本。日本ファンタジーノベル大賞2018の受賞作である。選考会では「エンターティンメントとして優れている」「疾走感がある」「他の候補とは一線を画していた」などと、3人の選者が一致して支持したようだ。

 17世紀、徳川の世となった寛永12年の熊本から物語は始まる。土砂降りの山中、領主の剣術指南松山主水を暗殺した浪人の一団は、唯一の生存者である少年を追っている。しかし、嵐の中での乱闘で少年は思わぬ魔物の助けを得る。その憑き物は美形の僧侶の姿をしており、自らを鬼と称するのだ。仇討ちを狙う少年の前に立ちふさがる強敵たち、その背後に潜む《御方さま》とは何者か。そして偶然助け出した異人少女の正体とは。

 柳生十兵衛に敗れた二階堂平法の祖、松山主水は実在の人物であるが、以降はフィクションの世界になる。徳川時代初期、キリシタンは厳しく弾圧されており、不穏な動きが広がっている(天草四郎の乱はこのすぐ後)。そういう史実を背景に、刀で切り合う殺陣のアクション、垣間見える超自然的な存在とが混然一体となって物語をドライヴする。

 新人作家が持つ、何かしらの拙さ(文章やプロットの破綻、視点やテーマのぶれなど)が感じられない。既に何冊も著書があるのでは、と思えるほど手慣れている。淀みなく読み進められて、キャラの造形(一本気な少年の相棒となる、ひょうひょうとした美形の僧侶)も目新しさがあって退屈しない。このまま続編が書かれてもおかしくないだろう。

 この著者にはもう一冊『ネガレアリテの悪魔』という作品があり(4月刊)、第4回角川文庫キャラクタ小説大賞を受賞している。舞台は19世紀のロンドン、登場人物は英国貴族の養女と正体の分からない青年。本書とは設定が異なる作品なのだが、青年がなぜか日本刀で異形のものと戦うなど、よく似た雰囲気を持つ物語だ。キャラを冠する賞を取るのもうなづける。


2019/6/30

SFマガジン編集部編『アステリズムに花束を』(早川書房)

SFマガジン編集部編『アステリズムに花束を』(早川書房)

Cover Illustration:シライシユウコ、Cover Design:BALCOLONY.

 SFマガジン史上類のない売れ行き(三刷り)を示した2019年2月の百合特集号収録作5作に、新たに書下ろし4編を追加した百合SFアンソロジー。アステリズムとは記号「⁂」なのだが、星群、星の輝きという意味もある。コミックやアニメーションで友情(三角関係?)などの象徴に使われるシンボルでもあるようだ。カバーデザインは「コミック百合姫」などを手掛けるBALCOLONY.によるもの。通常のJAとは異なる雰囲気がある。

「キミノスケープ」宮澤伊織:ある日たった一人になった主人公は、見知らぬ誰かの影を追って世界をさまよう。「四十九日恋文」森田季節:四十九日間だけ許された死んだ恋人とのメッセージのやりとりは、毎日一文字づつ減っていく。「ピロウトーク」今井哲也(コミック):高校生のわたしと眠りを知らない先輩は、ある形を求めて廃墟の街を探し歩く。「幽世知能」草野原々:現世と接する幽世(かくりよ)を利用するようになった世界、不安定な力により神隠しが頻発する。「彼岸花」伴名練:女学校に通う主人公は、あこがれる先輩と交換日記を交わす。「月と怪物」南木義隆:旧ソ連の時代、特殊能力を持つと思われた姉妹は秘密基地に隔離され、さまざまな実験に供される。「海の双翼」櫻木みわ×麦原遼:作家であるわたしは、空から落ちてきた腕に羽毛を持つ鳥人と出会う。「色のない緑」陸秋槎:仲の好かった三人の女子高生は、それぞれ言語に関わる学問の道に進むが、ある日一人の訃報を知らされる。「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」小川一水:巨大ガス惑星で漁をする氏族のところに、一人の操縦者志望の女の子がやってくる。

 「月と怪物」は百合文芸小説コンテスト入選作(pixivピックアップ)。「海の双翼」はゲンロンSF創作講座の出身者による合作。2人とも女性だが、ハード系幻想系とかなり作風が異なるので、融合した本作も不思議な味わいになる。「色のない緑」の陸秋槎は、注目の中国ミステリ作家(これのみ翻訳)。ミステリ要素の濃いSFで、登場人物が女性3人(アステリズム)と本書に一番即している。これらを見ても、内容的には極めて多様だ。

 時間や宇宙などのテーマアンソロジーはあるが、百合とか薔薇とかはSFではあまりない。薔薇の方はBL系でたくさんあるので、ポルノ的な要素の薄い百合が選ばれたのかも知れない(世間的な流行はよく分かりません)。本書でも、そういうほのかな「色」を追った作品が多い。宮澤伊織、森田季節、今井哲也らがそうだ。草野原々は幽世を加え、伴名錬は吉屋信子と死妖を組み合わせる(牧野修『アシャワンの乙女たち』も同趣向だった)。南木義隆は、ソ連(いまやファンタジイ用語的な扱い)との組み合わせ、櫻木みわ×麦原遼は対立する作風自体を組み合わせる。一番ストレートにSFなのは、意外にもミステリ作家の陸秋槎で言語+人工知能小説でもある。小川一水は、既存作と同様の軽快さで、テーマに囚われず伸び伸びと書かれた宇宙SFといえるだろう。