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ゴキブリの話・嫌われ虫がパンの中から(1981年の事)

あるアンケートで「どんなとき、すかっとしたよい気持ちになれるか。」と聞いたら、「ゴキブリをスリッパでたたきつぶしたとき。」という答えがあったそうだ。ゴキブリは、嫌われ虫の横綱といってもよいだろう。詩的な情緒には、およそ縁のない虫である。ルナールの博物誌でも「あぶら虫……鍵穴のように黒く、ぺしゃんこだ。」(岸田国士訳)その評価は、まったく、ぺしゃんこなのである。

ところで、このゴキブリ。食べようと思ったアンパンの中に、黒く、ぺしゃんこに入っていたら、嫌われ虫に対する憎悪の念と日頃の恨みを込めて、パン屋に怒鳴り込まなくては、気持ちもおさまるまい。関西で大手のK製パンに、こうして持ち込まれた嫌われ虫が、まわり回って私の手許にやってきた。そのわけは、こうである。

アンパンのアンは、台湾製である。人件費が安いからだ。ポリ袋に密封され、アンは空輸されてくる。小麦も、ご承知の通り、輸入品。つまり、製パン業者は、小麦をこねて、焼くだけなのである。K製パンは、当然のことながら、下請けのアン輸入業者に文句をつける。「お前とこの輸入したアンの中に入っとったんや。」輸入業者は、ひたすら頭を下げるだけ。こういう図式となる。しかし、生物学の知識があったのだろう。「はたして、このゴキブリは、台湾のやろか? 日本のゴキブリとちがうやろか?」と考えられた。実は、この輸入業者、私が勤務する先の先輩I氏のお知り合いの方であった。こうしてI氏から、ゴキブリ入りアンパンという証拠品をいただいたわけである。

責任の重い仕事である。調べてみた。関西地方に広く分布するゴキブリは、クロゴキブリ(Periplaneta fuligiosa)だ。学名のペリが「あちらこちらの」プラネタが「惑星(地球のこと)」というラテン語に由来することでわかるように、台湾・中国の福建、四川、雲南、上海付近と北アメリカ南部にもいる。これだと、台湾で入ったのか、日本で入ったのか決定できない。チャバネゴキブリ(Blattella germanica)は、全世界に分布する屋内性ゴキブリで、暖房の普及とともに、1960年には、北海道にまで侵入した。これも困まる。ワモンゴキブリ(Periplaneta americana)は、日本では、九州以南、小笠原に分布する。これだとすると、台湾責任説が有力となるが、決定的でない。なぜなら、温室内・温泉地では、関東以南でも発見されているからである。


ピンセットでアンパンから取り出した標本をみる。どうも困った。クロ・チャバネ・ワモンのどれでもないらしい。見た事のない代物だ。電話を大阪市立自然史博物館にかけてみた。同定してくれるとの返事を得て、証拠品を携え、博物館の門をくぐった。ゴキブリ類分類では名の知れた日浦勇学芸課長にお見せしたところ、「君、これはコワモンですよ。ほら、オムスビ形の頭のうしろに、はっきりした輪があるでしょう。」「はあ、そうですね・・・。」さすが、専門家である。

コワモンゴキブリ(Periplaneta australasiae)は、日本では、トカラ以南の琉球列島・小笠原に分布する。港にたちよる船内での発見例はあっても、関西から九州には分布していない。残念ながら、台湾で入った事は決定的で、どうも輸入業者には、お気毒な結果となってしまった。

アンを炊いた熱にも壊れず、まるのままパンの中に入ったわけで、死んでしまったゴキブリとは言え、嫌われ虫の人を驚かせる能力のしぶとさには、しゃっぽを脱ぐ思いである。虎は死して皮を残す。ゴキブリは死んでも人を脅かす。まったく無視できぬ虫である。

 

加治木町のくも合戦・400年続くクモの遊び

錦江湾に面し、雄大な桜島を望む鹿児島の加治木は、「くも合戦」の町だ。毎年、6月の第3日曜日は「くも合戦」の日。私は、今年の6月16日、加治木町を訪れた。子どもから大人まで、加治木はクモの勇壮な戦いの熱気に一日中包まれる。この日、集まったクモは、約400匹、観衆は3,000人。「合戦」は、2002年FIFAワールドカップサッカーに負けず劣らず、いやそれ以上の盛り上がりだ。

手塩にかけて育てたクモを携え、朝早くからたくさんの人が集まってきた。南の地、鹿児島と云えどもこの時季、まだクモは大きくはない。加治木の人たちは、夢中で野山に分け入り、コガネグモの雌を採ってきては自宅で育てるのだ。「くも合戦」のクモは、みな雌のコガネグモである。強いクモに育てるにはノウハウがある。焼酎をクモの網に吹っかけて元気づけたり、ビタミン剤注射をしたコガネムシを餌としてクモに与えるという裏技もあるらしい。大人たちが本気になって入れ込む遊びだから、昔はバクチの要素もあったことだろう。「くも合戦」は、裃(かみしも)姿の行司がその戦いをさばき勝敗を決める。約400年前から続く由緒正しい行事ならでは、である。

優勝旗の返還、各界の名士の挨拶が済むと、「くも美人コンテスト」が始まる。大きくて、脚の長い八頭身のクモが「優良くも」だ。そしていよいよ、2匹のクモの戦いだ。3勝したクモは、王座決定トーナメント戦へと駒を進める。「合戦」は7時間にも及んだ。熱い戦いが済むと、クモはもとの野山に放たれる。「また、来年のために、卵を産んでくれよ」との願いを込めて。

『クモの合戦 虫の民俗誌』の著者である斎藤愼一郎さんも会場に来ておられた。斎藤さんによると、クモ合戦は漁民文化の名残りではないか、という。「クモ合戦の文化」は、黒潮と対馬海流に沿って、各地に伝播していたとのこと。そういえば、加治木の人たちがクモを育てる手作りのかごは、獲った魚を入れておく魚篭(びく)そのものである。「奈良から、よく来られましたネ。」と、光栄にも斎藤さんに握手して頂き、私は加治木の町の素晴らしい一日を体験した。そこには、クモとクモが生息する自然をこよなく愛し、クモと遊ぶ心を持った子どもと大人たちがいた。

Copyright(c): Mikio Sekine 著作:せきね みきお

◆「虫めづるエッセイ」の感想

*ネットエッセイ館は、ネット上で発表されている優れたエッセイを紹介するページです。
*「虫めづるエッセイ」は、日本蜘蛛学会会員で自然史研究家のせきねみきおさんが主宰する「生きものエッセイ:虫めづる」から、二つの作品を合わせて転載させていただきました。せきねさんのサイトでは、加治木町のくも合戦の写 真も公開されています。


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