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「今夜ワシの部屋に来て一緒に寝てくれないか?」
僕は彼の余りに出し抜けたその言葉を聞いて"No"と答える以前に、聞き間違いではないか、若しくは彼の言い間違えではないかと思い聞き返した。
「つまりそれってどういうこと?」
「つまり、ワシは君とF***したいのさ」
しかし、この状況で彼を背くことは出来なかった。何故なら既に彼の$100札は僕のポケットの中にあった。たとえ、今これをここで返したりでもしたら今僕に与えられている唯一のライフラインを失うことになってしまう。
僕はこの状況に困惑しつつも、何とか脱出路を見つけようと冷静を保とうと、心の中で必死だった。
「君は男と女どっちとセックスするのが好きかな?」
「勿論、僕は女としかセックス出来ないです。申し訳ない」
「しかしどうだ、この機会に君も男を知ってみないか?」
中のダンスホールから漏れだしてくる、軽快なハウスのキックの重低音と踊る客達の歓声とは裏腹に、この僕らが座った外のバルコニーにあったのは、夜の静まった広場の風景と、そして彼の何処か寂しげな表情だけだった。
そもそも彼と知り合うことになったのは、2日前、マチュピチュへ向かう高山列車の中でのことだった。
僕の隣の席に座ったアルゼンチン人の彼は、ブエノスアイレスの大学でエンジニアリングを教えている先生だという。彼も、今の僕と同じように学校の冬休みを利用して、一人旅に出てきていて、アルゼンチンから陸路でウルグアイ、ボリビアを経て、ここペルーまで辿り着いたということだった。
マチュピチュへ到着すると僕らはそれぞれのツアーのグループにまとめられて行った。
「ディスコとか好きかね?」と、最後に彼は尋ねてきた。
「好きだね」と、僕が答える。
「どうだ、もしよかったら、クスコに戻ってからディスコに行ってみないか? 広場の教会の直ぐ隣りに、ママアフリカっていうディスコがある。明日の夜の11:00に待ってるよ」
そうして、僕は英語のガイドのグループ、そしてアルゼンチンの彼はスペイン語のガイドのグループへと僕らは離散し、そして別れた。
どう見ても50代前後の彼が、ディスコへ繰り出すというのは何とも不自然なことに思えてならなかった。それ以前に、50代前後の男が一人旅に出るということ自体が僕には珍しい事だった。普通であれば、家族があるわけで、旅行に来るとすれば当然家族旅行と言ったイメージが彼に一番似合っていた。離婚したのかどうかは知らないが、良い意味でオヤジ臭さのような雰囲気を持っていなかった彼は、もしかしたら未だ独身なのかも知れないと察知した。
僕にしてみれば余りに歳の差のある彼にまた会おうという気はまるで無かったがペルーのディスコは一度覗いてみたいとは思っていたし、それに『ママアフリカ』というインパクトのある店名からも、何かありそうな気配である。だから、会いに行くかどうかは未だ微妙な所だった。
その後、僕はマチュピチュの見学を終えて、4:20の最終列車に乗り、約5時間程かけて、クスコへ日帰りした。
昨日リマから飛行機でこの街に着いたばかりで、まだ街を歩いていなかった。
疲れた体を休めるのを後にして、遅い夕食を取りに、何処かレストランを探しに街の中心部の広場へと繰り出した。
ラテンアメリカ特有の広場を中心として広がるコロニアル風のこの夜の街は、11時を過ぎているというにも関わらず、街は欧米からの観光客で溢れ、レストランやバーからはインディオ達の奏でるフォルクローレが流れ、とても平和そうな風景であった。
そんな何気なく道を歩いていると、小さな少女が僕のシャツを引っ張り物乞いをしてきた。
本来ピンクの上着も、何ヶ月洗っていないのか知らないが、汚れの為濃い赤色になってしまっている。黒髪のインディオの少女は本当に苦しそうな表情をしていた。しかし、たとえどんな理由があったとしても、無条件に他人にお金を渡すという行為はするべきではないというのが僕のポリシーである。しかし、こんな僕の股位までしかない小さな少女が真夜中に腹を空かしているのであれば、僕の個人的好意でご馳走してあげようと思った。
「おーい! 時間だぞ! 降りてこい」
この日は8時半からクスコ周辺の遺跡をまわるツアーにまわるスケジュールをいつの間にかつけられていてた。この日8時には起きて、シャワーを浴び出発の準備を整えていた僕であったが、いざ出発しようと思い最後に自分の財布を探していたのだがなかなか見つからないでいた。
「ない!、ない!、ない!、なぜない!」
昨日の夜中部屋に戻ってきて、そのまま死んだようにベッドに倒れ寝込んでしまったのだが、肝心の財布を置いた場所を思い出せなかった。たいしてこの旅行に荷物を持ってきているわけでもない為に、物をなくすことなど滅多にあるわけじゃないのだが、全てバッグの中から、ベッドのシーツを全て外してまで部屋中探しまわってみても、いつも後ろのポケットに入れていたはずの財布がないのだ。
「待てよ!?」
旅行先まで来て、いつもの気分でポケットの後ろに財布を入れて歩いていたことを思い出した。勿論、以前数ヶ月かけてアジア旅行していた頃は財布等持ち歩くなどといった無謀なことはしていなかった。パスポート、現金やカード類は全て腹巻きのような内ポケットに隠して、寝るときですら常に身から外れないように心がけていた。ところが、ある程度の月日が過ぎたせいか、旅慣れしたせいなのか、今回の旅行ではそれすら気に留めていないで、平気で昨夜街を歩いたことを思い出し、部屋に戻ってくるまでの過程を巻き戻すかのように振り返ってみた。
まず、ここに戻ってくる前、僕はタクシーの中にいた。普通であればタクシーを降りるときにお金を払う際、財布を取り出す訳なのだが、偶々小銭が前のポケットに入れていたので、そこから取り出して払い、その時財布を持っていたのか、それともタクシーのシートに落としてしまったのかは定かではない。
さて、次に疑わしいのがタクシーの乗る前の出来事である。昨夜あれから、少女と近くのレストランに入った。そして帰り際、急に降り出した雨の中、僕は子供達に囲まれてお金をせびられ混乱した状態だった。そう言えば、タクシーに乗る直前にその内の一人の子供が僕にわざとらしく体当たりしたのを思い出した。
そうである、あの時盗られたに違いない。僕は明確に昨夜の少年を思い出した。
その前、レストランにいたときにはハッキリと財布からお金を取り出して支払ったのを明確に覚えている。だとするならばやはり・・・。
「くそ!、やられた」
僕はそれを思い出し、直ぐさま一階のロビーへと降り、ガイドのシロに事情を説明し、今日のツアーへの参加の辞退し返金を頼み、この街で最も安いホテルに変えてもらうことにした。
移った宿はこの街の中でも一泊$4と、最も安いレベルに変えてもらい、それから警察署へ届けに行った。係官の話によると、地元の子供らによる旅行者目当てのスリは後を絶たないのだという。何故に子供達がそうまでしなければならないのかというと、例えば親が酒やドラッグに填り子供の育児を放棄し、そしてスリを要求することもあるのだという。
昨夜、僕は純粋にあの少女を助けたいと思った。それなのに何故僕はお金やクレジットカード類を盗まれなければならなかったのだろうか判らなかった。きっと彼らはこれからも自分で自分の首を絞め続けるのであろう。
「そうか。ならいいんだ」
彼は僕が「それ」ではないことを知ると、意外なくらいあっさりと諦めてくれたようだった。
彼がここママアフリカへ来たのは待ち合わせの時間よりも30分程おくれた、半分諦めかけていた矢先の事だった。彼の姿が見えた瞬間、僕はまるでサハラ砂漠を縦断中に、遙か彼方にオアシスがあるのを確認したかのような、ホッとしたような、そして「何とかなった!」といった安心感で一杯になった。しかし次の瞬間、僕は再び違った部類の危機感を間近で受けたのだが、結局は収まった。借りた$100はアメリカに戻ってから振り込む事を約束したのだ。
それから僕はペルー旅行をここクスコで切り上げる事に決めた。本来ここから列車を使ってチチカカ湖を経由し、隣の国のボリビアの首都ラパスまで目指してみようと考えていたのだが、予算の問題や旅をする事への意義がどうしても見つけられず、4日後リマへと戻り、リマで一週間滞在した後、チケットの関係上日本へ一時帰国して、2週間後再びロサンジェルスへと戻ってきた。
「もう旅は終わったのかな」と、ふとクスコの街を歩きながら思った。
この2年間の間にアジア、ヨーロッパ、アメリカ、南米の約20カ国を旅し、沢山の街を訪れ、そして去った。数え切れないくらいの様々な人種、宗教、価値観と出会い、そして別れた。
僕の中の何かが、「もう今はこれ以上行くな」と足止めをするかのように、僕はそれ以上その時の好奇心を持って旅行が出来なかった。確かに僕の中で何かが終わり、そして何かが始まろうとしているのだと感じた。
この次に大きな旅行をするとすれば、また僕の中で何かが変わろうとするときになるのだろう。
そんな彼から先日メールが届いた。
┌──────────────────────────┐
$100確かに受け取ったぞ。ありがとう!
君にキスがしたくてたまらないよ。
ブエノスアイレスに来るときは必ずメールするんだぞ。
きっとまた合おう!
└──────────────────────────┘
さすがにキスは勘弁だが。
僕を信頼し、そして尊重してくれたあなたに、心から感謝しています。
Copyright(c):Koji Ishikawa 著作:石川 晃次
◆「旅の終わり」の感想
*ネットエッセイ館は、ネット上で発表されている優れたエッセイを紹介するページです。
*「旅の終わり」は、石川晃次さんの「KOJI ISHIKAWA OFFICIAL WEBSITE」(現在は閉鎖)の「生活観察エッセイ羯麿日記」から、転載させていただきました。
*タイトルバックの画像は、「ペルー気ままに一人旅」に掲載されている写真を使用させていただきました。
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