表紙に戻るコンテンツの紹介



< 創刊の言葉 >

 わたしが作家を志して、本格的に小説を書き始めたのは、25歳のときでした。9年の歳月が流れて、どうにか公募小説に入選してデビュー、それからさらに8年が経過しました。今は、職業作家としての壁を痛感しています。力が足りないのならば、また鍛え直すしかない。そのための、新たな作品の発表の場として考えたのが、このホームページです。小さいながらも、世界につながるドアがある。
 どうせやるなら、みんなに読んでもらえるような面白いものを作ろう。ならば、自分だけの世界では息苦しいので、原稿を依頼したらどうだろう。友人知人だけでは限りがあるので、読者に広く募集してみようか。次第に“想い”が膨らんでいきました。今は、ホームページで個人商店の出版社をつくることを考えています。自分の作品を発表するだけではなく、未知なる才能を発掘して、作家としてデビューさせることができたら……。しかし、それは将来の希望であって、現在のわたしにはそんな力はありません。当面 は、「文華」が軌道に乗るまで、懸命に走ることになるでしょう。
  応援していただけると幸いです。さらに、夢を共有できる仲間として、伴走していただけると大いなる喜びです。もちろん、あなたなりのペースでいいのです。(※投稿は受付休止中です)
 さて、この文芸誌のタイトルですが、最初は「文楽」という名前を思いつきました。しかし、文章を書くという行為は、「楽しむ」というにはあまりに面 倒で時間のかかる作業です。そうした地道で辛い作業の先に、華のある作品が生まれることを願って、「文華」と名付けました。手前味噌ですが、なかなか良い名前だと自負しています。そして、名前負けしないようにと、心しています。
 最後に、わたしが作品を発表するときの名前について、少し説明させて下さい。ここでのわたしは、原則として、二つの名前を使用しています。エッセイや、純文学を意識した小説のときは、本名の赤川仁洋で書く。娯楽を目的とした小説のときは、ペンネームの亜木冬彦で書く。これはすべて、書き手の側の問題です。そうやって名前を使い分けた方が、中途半端に流れずに書きやすいのです。これからも、二つの名前を使い分けて行こうと……、いや、正直に書きましょうか。第三、第四の名前で登場することがあるかもしれません。「原則として」と断ったのは、その含みがあるからです。ときには気分転換のために、そうした変身を楽しみたいと思っています。

2000年11月吉日
文華堂 店主

 


(あかがわ まさひろ)1958年広島県庄原市に生まれる。80年東京薬科大学卒業。92年「殺人の駒音」で第12回横溝正史賞特別賞を受賞。同年、亜木冬彦のペンネームでデビュー。著書は他に「傀儡の糸」(角川ホラー文庫)、「悪魔の代理人」(有楽出版社)、「金田一耕助の新たな冒険」(共著・角川文庫)がある。愛機はiMAC DV、はっきり言って、パソコンはビギナーです。

表紙に戻るコンテンツの紹介