アウシュビッツ

ホロコースト、という言葉がある。
人間が、同じ価値持つ人間を残酷な手段で大量に殺してゆく、おぞましき集団的殺人行為のことである。
1940年代前半、ナチズムの悪魔的な政治思想のもと数百万人ものユダヤ人が罪も無く捕らえられ、その命を奪われた。
ナチスは彼らを毒ガスによって殺戮し、それら死体から出た脂で石鹸を、骨からは肥料を、そして髪の毛からは布地を作ったという。

ポーランド南部の小さな町、オシフィエンチム。
ドイツ第三帝国時代、ナチスがアウシュビッツと名付けたこの土地に収容所が建設されたのは1940年のことである。
当初それはナチスに反抗するポーランド人の虐殺を目的としていた。が、時が経つにつれ収容所は拡張され、1−2年のうちにヨーロッパ中から集められた大量のユダヤ人を殺すための一大殺戮施設へと変貌していった。
そこでは毎日数千人がガス室に送られ、あるいは銃によって殺され、焼かれ、灰となって消えたといわれる。
やがて1945年、ドイツ敗戦によりナチスは崩壊。
収容所は開放され、元所長ヘスは絞首刑となった。

大虐殺から半世紀。現在は博物館となっているアウシュビッツの2つの収容所跡を訪れてみた。
有刺鉄線の張り巡らされた構内を歩きながら、私は人間の犯す過ちに限界など存在しないという気がしてきた。
それは放っておけばどこまでも突き進み、全てが破滅するまで続くのではないかと。

戦争をはじめ様々な悲しい出来事のあった20世紀は幕を閉じた。
新たな世紀はどうか穢(けが)れなくあってほしいと改めて思う。
 
 
参考文献:
 フランクル著「夜と霧:ドイツ強制収容所の体験記録」(みすず書房)
 国立オシフィエンチム博物館案内書
 

国立オシフィエンチム博物館を歩く [29枚]

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