しがちゃん中東旅行記   
     


2001年訪れた際に、旅先から掲示板に書き込んだものを
そのまま掲載しております。

   
訪れた場所 

 シリア   ダマスカス、パルミラ、ホムス、クラックディシュバリエ 写真 
 レバノン   ベイルート、バールベック 写真
 ヨルダン  アンマン、死海、ペトラ、アカバ 写真
 イスラエル   エルサレム 写真
 エジプト  カイロ、アスワン、アブシンベル 写真

     

        2001年 2月25日 成田→モスクワ


アエロフロートは評判の悪い飛行機だったけど、サービスなども良く、
かなり快適で安心した。モスクワはマイナス12度らしく、飛行機と
空港をつなぐ通路でさえ、冷凍庫の中にいるような寒さ。外は雪一色
である。できれば外に出たかったけど、明日の朝の飛行機に乗る必要
があったため、今日は空港内で野宿しなければならない。
時差が6時間あってすごく眠いけれど、空腹を満たすためトランジット
の客に配られる食事券を、配給をもらうように大勢の列に並んだ。
それにしても、やはり旧ソビエト圏は要領が悪い。
今日は一人、寝袋で寝るつもりだったけど、偶然シリアまで同じ便で
行く日本人を発見したので、楽しく夕食も済まし一緒に廊下で寝る
ことにした。二人なら荷物の心配とかしなくてすむ。でも意外に空港
内で宿泊する人が多かった。空港アナウンスがうるさかったけど、
快適に就寝。

      2月26日 モスクワ→ダマスカス(シリア)

朝、安っぽい空港のタダ飯を平らげ、11:30の飛行機へ乗る準備を
済ませる。しかし何が原因なのか不明だったが、結局6時間遅れの
18:00出発になり、ダマスカスへ到着したのが夜の9時になって
しまった。遅くなったため、両替や市内への足は確保できるかな?と
思っていたら、さすが観光都市だけあって、いとも簡単に発見。
ただこの市内へ向かうバスの乗客は濃い男ばかりで、ここが紛れもなく
イスラム国家シリアであることを実感させられた。
町へ向かう途中は普通の道だったけれど、中心に入るとどんどん賑わっ
てくる。ほったて小屋からぼろいアパートといった住処から、緑色に
ライトアップされたモスクなど、見ていてとても面白い。モスクとは
イスラム教の礼拝場のことであり、ダマスカスには数多く存在する。
夜10時を過ぎているのに、町には人で溢れ店も多く開いていた。
昨日から一緒の月野さんと、早速レストランに出かけ、シリア料理を
堪能しようと思ったけど、メニューはあまり豊富でなく少しイラン
を思い出させる物が多かった。噂通り、シリアは治安がすこぶる良さ
そうで夜遅く歩いていても、何も怖さを感じない。宿は安くて奇麗な
ドミトリー(約3ドル)で、他の日本人宿泊客と夜遅くまで会話を
楽しんでしまった。現地の酒を飲みながらの会話は、旅の醍醐味だ。
シリアは日本より少し暖かいくらいで、朝夜は寒い。
明日からやっと旅行のスタートである。


        2月27日 ダマスカス→パルミラ
 
今日はシリアの世界遺産、パルミラへ向かう。バスでそこへ向かう途中
昨日は暗くて見られなかったダマスカスの景色を楽しむことができた。
ダマスカスの町には色がない。・・・というか建物などが、白色・土色
なのだ。昔に写真で見た「アラビア辺境の地」という感じがして、
とてもカッコイイ。都市だけれどすごく歴史を感じさせ、古代の町へ
タイムスリップした気分にさせてくれる。そして山を見ると、そこに
も多くの建物が立っていて、下からの眺めがすごい。「よくあんな所に
住めるな」と感心してしまった。
そのダマスカスを後にして、パルミラへ3時間後到着。ここはオアシス
都市らしく、イランでよくみたような砂漠を通過した。周囲は砂漠で
囲まれたシルクロード都市だったようだ。そしてその遺跡は、修復が
かなりされていたけれど、すごく保存状態が良く、写真で見たギリシャ
みたい。パルテノン神殿のような建物が並び、ものすごく奇麗だ。
写真写りがよかったので、いっぱい写真を撮ってしまった。
ちょっとした山にアラブ城が建っていて、そこからの眺めがまた素晴ら
しい。登のがめちゃくちゃきついけど、価値ある景色だった。
強引なパルミラ日帰り旅行を終え、ダマスカスへ夜帰る途中、山に
建っている家の光が星のようで、少しうっとり見ながら宿へ到着。
明日は足の筋肉がパンパンに張っているだろうな・・。

     2月28日 ダマスカス→ベイルート(レバノン)

今回の旅行日程はかなり厳しい。短い期間に欲張りすぎた。これから
毎日、朝早くから観光する必要になりそうだ。今日も朝7時に起床。
早速、昨日見た山の町へ出かけることにした。下から見るとすごく急な
坂道が続き、昨日にひき続き山登りをすることになってしまった。
こんな所になぜ住むんだろう?と不思議に思ってしまう。家が山に
段々畑のように建っているのだ。ただ上から見るダマスカスの景色は
すごくいい。ちょっと朝もやで見にくかったけど。
その後は、ダマスカスの旧市街へ。旧市街は昔からある町なので
すごく細い道が交差している。適当に歩いているといつも迷子になって
しまう。その旧市街での観光スポットは「ウマイヤ・モスク」。多くの
イスラム教徒が、外国からも訪れるらしい。中に入ると大きな広場が
あり、大理石の壁に囲まれていた。そして建物の中のお祈りの場所が
また立派で、厳格なイスラム教徒が頭をこすりつけながらお祈りを
している様を見ると、ムハンマドという人物の凄さを思い知らされる。
私も変なおっちゃんに誘われ、偽イスラム教徒と化し、メッカの方向へ
お祈りすることができた。
その後インターネットをしようとしたが、シリアではホットメールが
なぜかほとんどできない。これも厳しい政府の統制だろうか?さすが
スパイに厳しい国シリアだ。この国は国家予算の50%を軍事費に
使っているほどなのである。メールを諦め、次なる国レバノンを
目指すことにした。レバノンはシリアから近く、バスで3時間くらい
の場所にある。しかもビザ代がタダ!現在のレバノンは観光客来い来い
状態らしい。シリアを越え、レバノンへ入るとペガー高原の雪がとても
奇麗だった。だが地中海側の首都ベイルートは、暖かく日本の春という
感じで風がとても気持ちいい。今回見つけた宿も、物価の高いベイルー
トでは破格の3ドルのドミトリーだ。日本人も多い。
かなり体を動かしてるため、疲労が溜まってきているみたいだ。

           3月1日 ベイルート

またも朝7時に起き、ベイルート観光に出かけた。
町を歩いていると、昨日の夜には気づかなかったけど、建物に昔の
内戦の傷痕がたくさん残っている。多くの弾痕を見ることができた。
ベイルートは中東(アラビア世界)の雰囲気があまりなく、ファースト
フードなども多いため少し見所に欠ける。だが、道をフラフラと歩いて
いると、ふと美しい地中海を見ることができるのが一番の見所なのかも
しれない。本当に奇麗だ。その美しさに、足にたまっている疲労も忘れ
てしまうほどだ。地平線のどこまでも続く地中海を、しばらくぼーっと
時間を忘れて見入ってしまった。

今日は午後から、レバノンの世界遺産「バールベック」に行く予定。
今回の日記はここまで。それではまたごきげんよう。

        3月1日 バールベック(レバノン)

続きです。

ベイルート市内観光を急いですまし、次なるバールベックへ向かう。
そのセルビス(乗合タクシー)が大勢乗せているにも関わらず、すごい
スピードを出すので冷や汗ものだった。普通の公道で100キロも
出しちゃいかんよ。そばで子どもが遊んでるじゃないか。
バールベックへの道は高原を越えるため、雪が積もってるくらい寒い。
なのに、窓を開けてるおっちゃんがいるし困ったもんだ。まったく。
バールベックへ到着すると、もう閉まりかけていたせいか誰もいない。
世界遺産一人占め!少しは寂しい気もしたが、独占は嬉しい。
バールベックはシリアのパルミラに比べ小さい遺跡だ。ただパルミラは
広く薄く遺跡が点在しているのであって、バールベックは狭い範囲に
凝縮されている感じである。ローマ帝国が建てたもので、パルテノン
神殿のような大きな柱の建物が特に見事だった。遺跡を文章で表現する
のはかなり難しいけど、「すごい」その一言。遺跡を見学中、ずっと
「世界遺産」の音楽が耳に鳴ってしまう。緒方直人の声と共にね。
バールベックに泊まろうと思ったけど、1時間ほどの観光で終わった
ため、先のホムス(シリア)まで国境を越えて行くことにした。安い
セルビスを探したけど見つからず、日が暮れているのにタクシーを使う
羽目になってしまった。夜の長距離タクシーは恐いけど、旅慣れのせい
か度胸が付いたのか気軽に乗り込んでしまう。しかし夜のドライブは
緊張の連続だ。どこに自分がいるのか分からないし、めちゃくちゃ
スピード出すから事故りそうでドキドキするのだ。眠れるわけがない。
そんな心配をよそに無事国境を越えホムスの町まで辿り着く。ホテル
には、シリア・レバノンでも会った森下くんが泊まっていて、彼とまた
不味い食事を楽しみ床に就いた。アラブのレストランはサンドイッチ
ばかりでかなりウンザリ。


 3月2日 ホムス→クラックディシュバリエ→アンマン(ヨルダン)

朝7時に起き、同室の日本人2人とラピュタ城のモデルになった
クラックディシュバリエに向かった。その途中の果物市場でオレンジを
買って食べたらめちゃくちゃうまい!さすが地中海がそばにあるだけ
あって質が良いのだろうか?しかも1キロ50円と安い。オレンジを
腹一杯堪能しながら、一同はラピュタ城へ。1時間ほど移動すると
山の上の方に建物が見えてきた。そこに辿り着くまでにはかなり山を
登らなければならず、下から見上げると、雲に隠れたりするその様が
まさしく「天空の城」といった感じ。中に入ると、西洋風の建物に
なっていて、形だけでなく暗いその雰囲気がすごくカッコイイ。中庭や
城に生えるコケなどを見ると、ラピュタの雰囲気がかなり出ていた。
城から見える下の町は緑がいっぱいで、景色の良さにパシパシ写真を
撮ってしまった。しかし風がすごく強くて、飛ばされそうだった。
その後、私はシリアとヨルダンの国境に近いボスラという町の世界遺産
で宿泊しようとしたが、夜遅くになったためバスがないと言われる。
しかたなくそのままヨルダンへと入国し、首都アンマンに行こうと
したらこれも途中でバスがなくなり、夜遅くにまたタクシーを使う羽目
になってしまった。その分お金が掛かってしまい、かなり損した気分。
ま、とりあえずアンマンに無事到着したので良しとしようか。

         3月3日 アンマン→死海 

アンマン市内を少し観光した後、死海へ行くことにした。
その市内観光で、ローマ劇場という半円型の古代劇場を見たのだけど
6000人収容というだけあって、かなりでかい。上へと階段を上がる
と結構見晴らしが良かった。すごい遺跡なのに入場料がタダとはあり
がたい。そして近くのバスターミナルから、多くのバスを乗り換え死海
へ到着。そこはプライベートビーチになっていて、シャワーなどの施設
も使えて便利であった。さっそく死海へ泳ぎに行くと、対岸にはイスラ
エルが見えていて、それに何もない周囲の景色がプラスされた死海の
風景はとても幻想的(?)である。なにせ目の前は超有名な死海、
そして向かい側にはニュースでしか見たことのないイスラエルだ。
その地に立っている自分がすごく嬉しくて、これこそ自己満足の境地
なのである。感無量。
中に入ってみると、すごい!本当に浮く!面白い!!思わず笑って
しまう摩訶不思議さ。どんな体制になっても沈まない。水から上がると
乾いた体からどんどん塩が取れていく。そして体が白っぽくなるのだ。
そして高い塩度が、体にある傷などに容赦なく襲いかかってくる。
ヒリヒリと少し痛い。あと面白いのが水面の波紋で、普通に見ると
ただの海なのに、足をつけると油のような波紋が広がっていく。本当に
愉快な海だ。この日のヨルダンは暑かったけど、さすがに泳ぐのには
少し寒い。塩を洗い流す水シャワーが体にしみる。
ヨルダン・シリアは日中は暑く、夜・朝になるとかなり冷える砂漠に
近い気候だ。アンマンに帰って、4人組の日本人旅行者からから揚げ
とエジプト米を食べさせてもらい、また楽しい旅行話で盛り上がって
ヨルダンの一日は更けていった。

 3月4日 アンマン(ヨルダン)
       →エルサレム(イスラエル)
 

いよいよイスラエルに入国する日が来た。その向うバス乗り場で、
「イスラエルで爆破事件があったからバスはない」とタクシー運転手の
ウソ勧誘を無視し、簡単にバスを見つける。そんな常套手段、俺には
きかないよ。イスラエル国境に着くと、今までの陸路の国境では見た
ことのないような立派な施設にビックリ。そして話通りその審査は
厳しく、体を隈なく調べられ、荷物は本をペラペラめくってまで中身を
検査する徹底ぶり。さすが、周りを敵に囲まれている国の国境は緊張感
が違う。彼らにとっては、自分の身を守るためゆえ、仕方がない検査
なのだろう。賄賂を目的とした中央アジアのアホ国境員とは訳が違う。
そこから1時間ほど移動すると、城壁らしきものが見えてきた。
とうとう来てしまった、エルサレムへ。エルサレムの中心の旧市街は
(神殿の丘や嘆きの壁、キリストの墓がある所)城壁に囲まれていて、
その狭い中に、イスラム・ユダヤ・キリスト教徒の地区が混在している
奇妙な町なのだ。胸が高鳴っている。この旅一番の高揚だ。城壁の中に
入ると、狭い道に多くの人と露店がひしめき合いすごく賑わっている。
宿に荷物を置き、憧れのエルサレム観光へ飛び出した。古い町なだけ
あって道や建物にも歴史を感じられる。地図を見てもよく分からない
ので、適当に歩いていくとあの「嘆きの壁」を発見した。これはユダヤ
教徒の心の故郷らしく、多くの信者で賑わっている。ちょっと前にここで
事件があったので、入るのにいちいち荷物検査されてしまった。
銃を持つ多くの警備隊もいたが、それが見に入らないくらい目の前の
景色に感動した。「嘆きの壁」とそれに接するイスラム教のシンボル
「神殿の丘(黄金ドーム)」が見えたからだ。2つの宗教のシンボルが
隣り合うその様は、地元民には深刻な問題だとは思うけど、すごく壮大
で美しい。隣り合うおかげで、多くの人間が死んできたことを考えると
複雑な心境になってしまうけれど。嘆きの壁の前に行くと、正装した
真面目なユダヤ教徒が熱心に祈りを捧げている。そして壁の向こう側
にはイスラム教徒がまた違う神に祈りを捧げている。奇妙な光景だ。
そのエルサレムの旧市街は歩くだけでも楽しい。道が石畳になって
いて、夜のオレンジライトがまた雰囲気を良くさせる。来たばかり
だけどすごく気に入ってしまった。その楽しさを旅行者と5時間も
話してしまった。明日もエルサレム、楽しみだ。


        3月5日 エルサレム(イスラエル)

今日は目覚しをかけないでゆっくり起床。賑やかな町へGO!と思った
ら、驚くほど店が閉まっていて静まり返っていた。後で聞いたところ、
今日の朝まで祭りで、午後からみんなお休みをしているらしい。どうりで
昨日は人がいっぱいだったわけだ。人がいないのは寂しいけれど、
静かな分ゆっくり観光することができるからそれもいいかもしれない。
銃を持った警官が多くいるのが、少し恐いけれど。
昨日のユダヤ・イスラムの聖地に引き続き、今日はキリストの聖地
「聖墳墓教会」を訪れることにした。キリストが十字架を背負い死んで
いった場所である。キリストの墓もあり、その前はいつも多くの人で
いっぱいだ。しかし私にはあまり興味がわいてこない。なんでだろう?
教会の建物などには関心があるんだけど、なぜか中の装飾や宗教画に
全く面白味を感じない。これはヨーロッパに行った時も同じで特に天使
を描いた絵は(私には)すごくつまらない。キリスト教徒には申し訳
ないけどすぐに出てしまった。やっぱりモスクの方が好きだな。
それにしてもこのエルサレム(旧市街)は不思議な町だ。時にアザーン
(イスラム教徒にお祈りの時間を告げる音)と教会の鐘が同時に聞こえ
たりする。ここに住む人たちはどのように考えて生きてるのだろう?
すごく知りたくなってくる。その後、オリーブ山に上りエルサレムの
町を眺めると、遠くからでも神殿の丘の黄金ドームは光り輝いていた。
エルサレムの象徴に見えるそのイスラムの建造物が、イスラエルでは
異端であることに、この町の複雑な事情が表れている。
賑やかなエルサレムと静かなエルサレムを味わえて満足であった。
夜の「神殿の丘」「嘆きの壁」をまた見に行って、エルサレム観光に
終止符を打った。明日はまたヨルダンへ戻る。


 3月6日 エルサレム→アンマン(ヨルダン)→ペトラ(ヨルダン)

今日は移動で日が暮れた。まずヨルダンに戻るために国境へ。
国境付近の渋滞でかなり待たされる。入国と違い、出国は荷物検査も
なくスムーズにイスラエルを脱出。でも出国税の33ドルは高すぎる。
タクシー代と合わせ、出国するのに40ドルもかかってしまった。
その後、アンマンに向かう乗り合いバスに人が集まらず、出発するのに
1時間半を費やす。結局アンマンに到着した時には17:00になって
おり、ペトラ行きのバスは無くなってしまっていた。どうしようか迷っ
たあげく、隣町のマアーンまで行きそこからバスでペトラまで目指す
ことにした。しかしもしマアーンに行って、バスが見つからなければ
ダマスカス−アンマンの時のように高いタクシーを使うことになり
かねない。「急がば回れ」で明日まで待つのが確実とは分かっていても
気持ちが先に行ってしまい、バスに乗り込んでしまった。
結果的に、マアーンにはやはりバスはなく、8ドルもかけてペトラに
行く羽目に。次の日まで待てば2ドルくらいで行けたのにな・・・。
急ぎの旅は金がかかるね。ふぅ


 3月7日 ペトラ(「インディ・ジョーンズ最後の聖戦」の舞台)

ヨルダン最高の遺跡ペトラを観光すべく、朝7:00に宿を出発。
入場料が映画の放映後、30倍になり約30ドルとめちゃ高い!
進んで行くと、大きな崖に挟まれた道にたどり着き、ここから映画の
シーンの雰囲気が漂ってくる。それにしても両側の岩がすごい。
高いだけでなく赤色に染まっている。その崖の間を昔に川が流れていた
みたいで、私たちはその川の部分を歩いているのだ。岩が高く、光を
遮るため結構寒い。その道をどんどん進んで行くとやっと見えてきた、
インディ・ジョーンズに出てきた「エル・ハズネ」である。
まず見え方がカッコ良く、両岩の隙間から徐々に見えてきて、光を
遮られたこちらとは対照的に赤色に輝いて見えるのだ。大きな岩を
くり抜いた神殿は、昔の技術では相当の日数を費やしたと思われる。
丸みを帯びた柱が、光に照らされるとなお美しく、大迫力の遺跡だ。
ここでは表現しきれないので、ぜひ「最後の聖戦」を見て欲しい。
そしてまだまだ先は続き、岩をくりぬいた遺跡が多く存在する。
全体的に色が赤色なので、景色が現実離れして見えて、まるで映画の
舞台にいるかのように感じられるのだ。ただきついのが、遺跡や見晴ら
しの良い所がほとんど高い所にあること。それを見るための坂道や階段
を登る作業が、どんどん体力を奪っていく。見所の一つ「エドディル」
なんか山登りを約1時間。年寄りにはきついが、遺跡はすごい。
もう登りたいとは思わないけど、ものすごい世界遺産であった


     3月8日 ペトラ→アカバ→船の中・・・

昨日のペトラ10時間観光の後遺症で、足にまだ疲れが残っている。
しかし今日はエジプトを目指す日、朝7時に紅海がありヨルダン国境で
あるアカバを目指す。11時に到着し、フェリーの予約を入れる時、
スローボートかファストボートか迷う。ファストだと1時間、スロー
だと3時間かかるらしい。ただ料金の差が8ドルも違うので、2時間
くらい我慢すればいいやとスローにしたら、後でえらい事になって
しまった。紅海はすごく美しい。港のそばの水でも、ものすごい透明度
だ。今まで多くの海を見てきたけど、ここまで奇麗な海を見たのは
初めて。一緒に船に乗り込んだシュウ君が、紅海でスキューバをしよう
と盛んに誘うので、かなり潜りたくなった。でも資格を持たない私に
長居は無用。他人の潜る姿を隣で見てるなんてまっぴらだ。時間もない
し、私は先を目指す。エジプト側のヌエバ港に着いて、早くカイロに
向かいたかったのだが、その気持ちとは裏腹に船は全然港に着く気配が
ない。3時間のはずが5、7時間と伸びていき、とうとう港が閉まった
らしく(なんでやねん!)船で宿泊する羽目になってしまった。
8ドルの節約がここまで裏目に出るとは、海外旅行はやはりすんなり
と事は運ばないね。その晩は、多くの日本人と幼稚なアラブ人とで
からかい合いながら時を過ごした。向こうがコーランを一生懸命教え
ようとするので、こちらはデタラメな仏教を教えてあげた。

   3月9日 船の中 → ヌエバ港 → カイロ

やっと朝7時にヌエバ港に到着。3時間のはずが18時間も
かかってしまった。波が大きかったとはいえ、大ウソツキだ。
そこから急いでカイロを目指す。何しろ、アスワンまで行くには
日程が厳しい。そのカイロへのバスから見える、紅海がものすごく
奇麗だった。「宝石のような」という表現がピッタリ当てはまる。
何層もの青色と水色が重なり合い、その美しさにボーっと見とれて
いた。これほど紅海が美しかったとは・・・。スキューバ好きの
人にはぜひ訪れて欲しい所だね。
そして夕方頃、車の音で騒がしいカイロに到着。
この続きは次回にて!


         3月9日 カイロ到着

カイロに夕方頃、無事到着。カイロはさすがに首都だけあって、高層
ビルも建ち並ぶ大都市である。町の中心に行くと銀座を思わせるような
賑やかな通りもあり、「日本とあまり変わらないじゃないか」と思って
歩いていたら、途上国のような町の騒がしさや、道・店の汚さ、そして
お釣りをごまかそうとする、人のいい加減さも兼ね備えていた。
カイロも他の中東国と同じように、夜まで賑やかだ。町は車でごった
返し、クラクションが鳴り止まない。信号など無きに等しい交通
ルール。奇麗な所と臭い所のギャップがすごい。まだまだ先進都市に
成りきれないカイロだけど、結構面白そうな所である。


     3月10日 カイロ → ギザ(ピラミッド)

のんびりと朝9時に起床。ピラミッドを見に、行きはリッチにエアコン
バス(約60円)に乗ってギザに向かう。30分もすると、建物の隙間
からでかいピラミッドが見えてきた。降りると目の前がピラミッドで、
入り口付近に多くの観光客がいるので分かりやすい。ピラミッドは遠く
からでは遠近感がつかめなかったけど、近くで見上げるとその大きさに
かなり圧倒された。昔は表面を奇麗に「化粧石」というものが覆って
いたらしいが、全部盗まれたらしく今ではゴツゴツとした岩がむき出し
になっている。なめらかな階段ではなく、そして一段一段が高いため
登るのはかなりきつそうだ。観光客は登れないため、一部の旅行者では
「盗頂」といって夜忍び込み、頂上まで登ることが流行ってるらしい。
ギザには、ピラミッドがクフ・カフラ・メンカウラの3個あり、大きさ
や様子も少し違う。一番小さいメンカウラの内部に入ってみると、道が
すごく狭く暑苦しい。このピラミッドをどうやってくり貫いたのかに
興味はわくが、それほど内部は面白いものではなかった。
スフィンクスは少し離れた所に、一匹だけのほほんと座っている。
全体の感想としては、写真などで見過ぎていたため、あまり強烈な印象
は残らなかった。写真で見ていた物を立体で見た、ただそれだけの事。
それと人が多すぎて、あまりのんびりと見る気になれなかった。残念。
その帰りのバスで町から離れた所に降りてしまい、ナイル川を強制的に
眺めながら帰ることになってしまった。地図でしか見たことのない
ナイル川のそばを歩いていると、「遠い所まで来た」という実感が
わいてきて少し嬉しくなってくる。地理好きにはたまらない瞬間だね。
その後、エジプトの南端、アスワンの町へ出発するためラムセス駅に
向かう。1等寝台(観光客はこれしか買えない)はどれほど立派なの
だろうと期待していたら、ベッドではなく飛行機のファーストクラスの
ようなコンパートメント座席でガッカリ。高かったのになぁ・・・


        3月11日 カイロ → アスワン

意外と電車でゆっくり眠れてしまった。アスワンに予想よりも大幅に
早い13時間で到着。まだ午前11時だから、ゆっくりアスワン観光が
できそう。泊まる宿も決め、次の日の「アブシンベル・ツアー」の予約
もし、カイロに戻る電車チケットも買った。これでバッチリ!
しかしアスワンは小さな町なので、それほど見所はない。どこに行こう
か考え、とりあえずここはナイル川に沿った町なので、それを見に行くこと
にした。アスワンのナイル川はカイロの大きな堤防に囲まれたもの
と違い、すごく自然に近い状態で見る事ができる。大自然の中を悠々と
流れる大きなナイル川は、カイロよりも断然見応えがあった。向こう岸
に遺跡があるので渡し舟で横断したら、ナイル川の揺れと風を感じる事
ができてすごく気持ちいい!地元民が使う舟だから、彼らの多くから
歓迎を受けることになった。ナイル川には多くの豪華客船があるけど
こっちのオンボロ舟の方が、地元民の生活が垣間見れて楽しいね。
そして向こう岸にある丘をどんどん上がっていくと、そこには最高の
景色が待っていた。上から見たナイル川は素晴らしい。写真で見る
アマゾン川のような大きなうねりが見られ、森林と砂漠が広がった中を
堂々と流れているのだ。その付近に、ナイル川の恩恵をあずかろうと
町が広がっている。それを見てると「ナイルはエジプトの賜物」と表現
される理由が理解できる。今回の旅行の中でも最高に近い、圧巻の景色
であった。
その後アスワンの町を散歩していると、さすがにスーダンに近いことも
あってアフリカ系の人々も多く見られる。それにしてもすごく暑い!
赤道に近づいているせいか陽射しが強烈。観光している間に、いつの
まにか太陽にやられていたみたいだ。ジュースを飲んでもすぐ乾く。
しかし夕方になるとぐっと気温が下がり、快適な温度になる。この
気温差はすごい。気分よくナイル川へ行くと、日は少し前に沈んでいた
けど雲が赤焼けしていて、それをナイル川がすごく奇麗に反射して
いる。そして雲はどんどん色を変えていき、同時にナイルの色も変化
していく。そこを舟が行き交うから、絵葉書のようなシーンになって
最高。ナイル川とともに生きるアスワンは小さな町だけど、カイロと
違って静かですごくのんびりできる。無理に来て正解だったね。


     3月12日 アスワン → アブシンベル神殿

朝3時に起床。なぜかアブシンベル・ツアーは全部この時間になって
しまうらしい。粗末な朝食をホテルから支給され出発。ミニバスが走っ
ていると、途中で多くの車が集結してくるではないか!話に聞いていた
通り、全部のツアー車を一列にまとめ、団体になってアブシンベルに
向かうようだ。ものすごいバス(20台以上)が1列に連なり真っ暗な
道を走っていく姿はかなり異様。なぜこんなにまとめて移動するかは
推測の域を出ないけど、最近陸路移動を復活させたため、テロなどを
防ぐためだと思われる。あのルクソールテロ以降、かなり過敏になって
いるらしく、このツアーにも相当の人数が護衛をしていた。
着いたのはいいが、大人数で来ているためチケット売場がめちゃ混み
合っている。大勢で来ると分かっていながら、売場は一つというのは
どういう事!?苦労してチケットを手に入れ、さっさと道を突き進む。
しばらく歩いて道を曲がると見えてきました、アブシンベル神殿が!
ひゃー大きい!一枚岩から削られた、大きな像4つが行儀よく並んで
いる!しかもこれが全部ラムセス2世というから、何でお前ばっかり
なの!?とツッコミを入れてしまう。とにかくすごい人物彫刻である。
これを一枚岩からコツコツどうやって削っていったのだろう?かなり
コキ使われた人々のつらーい作業が目に浮かぶ。下から見ても
迫力満点!ラムセス2世の悪趣味は規模が違う。横にもう一つ小規模な
神殿があり、これも立派なもの。そしてこの神殿のすごいところは、
隣のナセル湖から大移動させられたという事実である。ダムを作る時
沈む危険性があったため、ユネスコなどが世界的な募金活動を展開し
いくつもの部分に解体、そして移動に成功したらしい。
あっぱれ現代の科学技術。
その後、バスはまた一列に連なりアスワンの町へと戻っていく。行きは
夜中で見えなかったけど、この道の周りは何もない大砂漠だ。それも
サラサラとしたサハラ砂漠系。サハラほど山なりではなく平らだけど、
延々と広がる砂漠は少しアフリカにいるという気分を味わえて嬉しい。
なんせ、ここから南はもうスーダン。スーダンから本当のアフリカ世界
が広がっているのだろう。まだ、話や映像でしか見たことのない私に
とってはまさに暗黒大陸。いつか行く機会が訪れるのだろうか・・・?
ツアーはその後、アスワンハイダムなどを見学し、夕方前に終了。
砂漠の移動は暑くて大変。今日も日に焼けてしまった。


最後に・・・

アブシンベル神殿を見て宿に帰り、シャワーを浴びてから町を
ふらついていると、何か達成感みたいなものがジワジワと
わいてきた。別に苦労したわけでもなく、努力したわけでもなく、
好きでやっていたことなのになぜだろう?
このエジプトの南端に来て、「学生時代に見ておきたいものは
大体見た」という自己満足感からそう思ったのだろうか?
とにかく体の力が抜け(疲れかな?)、すがすがしい気分になり
「これ以上はいいや」と思えてしまった。明日、まる1日時間が
あるけれど、まだ見ていないカイロ旧市街もどうでもよくなって
きた。それくらい感無量の心境。

あとは日本に帰るだけ。学生時代に続けてきた憧れの地を
求めての旅はこれにて終了。楽しくもいい勉強になりました・・