ああ・・・散ってゆく・・・。

     季節の終わりを告げて花々が散華するように

     静謐な水面に浮かんだ波紋が消え去るように

     時という静かな、それでいてとどまることのない悠久の流れの中に

     命の泡は浮かび上がってはまた消えてゆく・・・。

     その流れの中、人はいかなる音を、いかなる色を見せるのでしょうか・・・。






源氏無用物語外伝

【散華】 〜たまゆら〜





 神無月。八百万の神々は出雲へと集い、諸国には神がいなくなるといわれる。その神々を呼び戻すためか、樹雷皇宮では古来よりこの月に舞を奉納するという神事が執り行われていた。


 そして今。
 その奉納の舞を舞っているのは、かの津名魅の宮その人であった。
 巫女たちの奏でる琴の響き、木の葉の流れゆくさま、全てが津名魅の宮の運びにあわせ辺りの景色ごと神さびてゆく。
 そのさなか、津名魅の宮の瞳は幻を見ていた。舞に魅せられた霊たちが集うのか、それとも神々の悪戯か・・・。この日、この時に、去年もその前の年も白昼夢の如く見えていた。



 (ああ・・・散ってゆく・・・)

 それは人の命の散ってゆくさま。
 朧なる影が列をなして足早に通り過ぎて行く。
 津名魅の宮にはただそれを見ていることしかできない。いくら手をさしのべても指の隙間から水がこぼれ落ちるようにとどまることなく流れていってしまう。


 (人の一生は水のよう。空より来たりて、空へ昇る・・・)


 ある者は志半ばに。
 ある者は愛する者を残して。
 またある者は愛する者のために。
 生き急ぎ、命の影のみを残して、儚くも消え去ってゆく。
 そんな者たちの命の塵を踏み敷いて舞う津名魅の宮の心は人知れず細波のように揺れていた。


(全て永久に変わりてやまない・・・。人の心もまた、そうなのでしょうか・・・?)



 刹那、楽の音が一際高く鳴り響いた。
 それに合わせ、津名魅の宮はゆるやかに身を翻す。



 (天地の君様・・・)


 ふと、天地の君のことがよぎる。
 天地の君は都を騒がせた物の怪を退治し無事戻って来ていた。
 しかし逢うことはできない。どんなに逢いたいと思っていても、目には見えない様々な世のしがらみが二人を隔てていた。
 神官の家系に生を享け、ずっと俗世とは縁のない巫女として育てられてきた。いままではそのことになんの疑問も抱かなかった。何も知らなかった自分。いつも寒くて寂しかったのにそれに気づくことすらできなかった。


 (でも私は貴方を知ってしまった───)


 薄闇の中でただ周りに流されるまま生きてきた自分をこんなにも激しく、こんなにも熱く、そして苦しい、甘美な世界へと攫って来てしまった。あのとき交わした言葉、あの胸の震えた囁き・・・。思い出す度に切なさがつのって涙がこぼれそうになる。


 琴と瑟の韻々としたおとなひが人々の目には決して映ることのない想いの中鳴り響く。
 そして哀しみの色を帯びていながらも美しい音色が辺りを騒がすことなく鳴り渡っている。


 (人の心も、想いもいつかは消えてゆくのでしょうか)


 それでも、と津名魅の宮は思う。


 (たとえ天地の君様が私のことを忘れてしまっても私は・・・)


 いつも変わらなくてこそ、真実の想いだから。
 一切を与えられても、一切を拒まれても、変わらなくてこそ。

 (恋はひとときの夢・・・それならばせめてこの命のある限りこの夢を見続けていたい・・・)


 手にした扇に音もなく枯れ葉が降りかかる。しかしそれもほんのしばしのことで、また空へと舞い上がり、風の中へと飲み込まれてゆく。そしてやがては地に落ち、踏み敷かれて塵へと還ってしまう。
 止まることのない時と幻の中、津名魅の宮は舞い続ける。


 (それでもこの命が尽きるとき夢も終わる・・・。そのときは・・・どうか・・・)


 露の世を映した瞳からひとすじの雫が伝った。


 (このふたつの糸を同時に断ち切ってください・・・。)



 ただ静かに琴の音が鳴り響いている。



鳴り響く 琴の調べも たまゆらの ゆらめき消ゆる 有為の秋風







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