源氏無用物語
【雨夜】 〜清音の中将〜
夜気の中に雨音が溶け込む静かなる晩。
蕭々と春の長雨が降り続く樹雷皇宮の一室では、数人の若き貴公子たちが穏やかに談笑していた。
先頃の政治、都で取り沙汰されているとりとめのない噂など、何事となく話を交わしている。
そのうちの一人は他ならぬ天地の君であった。
若い男が集って話しているとやはり古今東西、身分の上下に関係なく、興味ある話題へと自然に向かうようで、次第に女性の評へと話が移っていった。
「近頃の天地の君におかれましては誰かご執心の女性はおられますかな?」
と、信幸の朝臣の唐突のツッコミに天地の君はどもりながら答えた。
「な、なにをいきなり。そんな人はいませんよ(汗)」
「またまたそのような事を。今をときめく天地の君に気にかからない女性の一人や二人、いないはずがないでしょう。」
「そ、そういえば清音の中将はどうなのですか?あまり浮いた話を耳にしませんが。」
親友であり、常日頃良き競い相手でもある真備清音の中将に話をふった。
清音の中将はその秀でた能力と女性とみまごうばかりの美しい容貌で天地の君に劣らない人気を博していたが、なぜか恋人の噂ひとつ流れなかった。
「天地の君、私をだしに逃げるとは卑怯です。」
「しかし中将の女性に関する噂は皇宮の誰もが興味をもっていることですよ。」
そこにいやらしい笑いを浮かべた尼ヶ崎の郡司が口を挟んだ。
「天地の君、中将にはもう決まった方がおられるのですよ。」
「ほう、それは初耳ですなあ。」
信幸の朝臣も興味深げに身を乗り出してきた。
「尼ヶ崎の郡司、いいかげんなことを言わないでいただきたい!」
「ですが中将、あの方はどうなのです?守護役の九羅密殿の孫娘の・・・」
「(げっ!)な、なんのことやら?」
「おやおや、おとぼけになる。二日前の深夜に九羅密殿の邸に忍んで行かれたのはどうゆうわけですかな?」
「あ、あれは別に・・・守護役どのにお話があっただけですとも。」
「二日前の夜はこの朝臣が九羅密卿と皇宮の詰め所で酒を酌み交わしておりましたが。」
見事に墓穴を掘った清音の中将であった。
「なんだそれは知らなかった。中将、長年親しくしてきたこの天地にぐらい教えてくれても良かったではないですか。なんともつれないお方だ。」
「ち、違うのです天地の君。」
「なにをあわててなさる清音殿。清音の中将ほどのかたなれば、このような話はあって当然ではないですか。守護役殿に知られてはまずいとおっしゃられるなら、なあに、そこは男同士の友情、ここから話をもらしたりしませんよ。」
と信幸の朝臣が明るい声で言う。
「ところで中将。九羅密殿の孫娘はどのような女性なのです?ひとつこの郡司にも話してくれませんか。」
「確か美星という名でしたね。中将、ぜひこの私にもお聞かせ願いたい。」
「天地の君まで・・・(T_T)」
かくして無理矢理話すことになった清音の中将であった。
しかし清音の中将の言葉は気乗りしないのかいまひとつ歯切れが悪い。そのうえ、九羅密の姫をあまり誉めるようなことを言わないのも不思議と言えば不思議である。
朝臣らは喧嘩でもしているのかと内心いぶかしんでいたが、天地の君は中将が照れているのだろうと思っていた。
また、今夜の他の女性たちの噂でとくに珍しいものを挙げておく。
「皇宮つきの博士であられる鷲羽の典侍(ないしのすけ)はなかなかの美人と聞きますが。」
「はい、一度だけお会いしたことがありましたが色気のある美女でしたぞ。」
「私はまだ少女と聞きましたが・・・・」
「とんでもない、れっきとした大人の女性でした。」
「しかしこの間御簾の隙間からかいま見たときはどうみても十二、三歳といった姿でしたが。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「そういえば、鷲羽の典侍の噂で怪しげな話を聞きましたよ。なんでも夜な夜な若い男をどこぞへ連れ込んでいて、しかも連れ込まれた者は皆疲れはてた様子で明け方に帰ってくるとか。」
「それは確かに妖しげですな。」
「実にアヤシイ。」
「なんでもなにがしのゆかりの娘が都の六条に隠れ住んでいてたいそう美しいお方らしい。」
「しかし、だいぶ粗野な方と聞きますが。」
「一度文を差し上げたところ叩き返されました(T_T)」
「北の霊山に住み着いているという、山賊の女首領がひそかに噂になっておりますよ。」
「山賊の首領など・・」
「いやいやそう捨てたものではありませんよ。」
「見たことがあるのですか?」
「いえ(キッパリ)」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
などなど。
夜もかなり更け、いつのまにか外の雨も止んでいた。
皆瞼が重くなりはじめ、ともすれば眠りに落ちてしまいそうになるところへ、清音の中将あてに文が届けられた。
「おお、九羅密の姫からですかな?」
「そんなわけないでしょう!」
「中将・・・文の外側に『美星より』とありますよ。」
「て、天地の君!違うのですこれは・・」
「中将わかっておりますよ。そんなにてれなくとも私と中将の仲ではないですか。はやく行って差し上げてください。」
にっこりと笑って清音の中将を送る天地の君。
このとき清音の中将は、
(おのれ〜美星ぃ〜よりによってこんな時に・・・)
と怒りをためこんでいた。
天地の君にさえ知られていない、知られてはいけない秘密が清音の中将にはあった。その秘密・・・男装の麗人清音の中将がじつは女であることを知る姫の文とあっては行かないわけにはいかない。
美星姫に文句を言うべく、清音の中将は九羅密の邸へと向かった。
《美星姫からの文》
清音ぇ〜大変なことになっちゃったのぉ〜 すぐにきてぇ〜
あ、それからぁ、ついでにマスカット入り吉備団子も買ってきてぇ
おねがいね〜
清音の親友 美星より☆
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