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天地の君は車の中で先程届けられた文を何度も読み返していた。その文はたいそう見事な字で艶やかにしたためられており、まるで若い女性の手によって書かれたものに見える。 そう、これは皇からの文ではなかった。 今、天地の君を乗せた車が向かっているのは世に三条の邸と呼ばれるところで、そこはかの津名魅の宮のお住まいであった。 津名魅の宮は神に仕える巫女であられた。しかもただの巫女ではなく、樹雷皇宮のあらゆる儀式をまかされたただびとならぬ御方である。皇宮に出入りする貴族たちもそのほとんどが名を知り、されど御簾越しにしか姿を見ることが叶わない。 すなわち、浮世の男性とは縁遠く、本来ならば一生貞操を保ち続けるはずであった。それが何故天地の君と密会するようになったのか・・・。 折しも天地の君は皇の勅命を受け、都をおびやかす物の怪退治に向かわなければならなかった。今まで幾人の強者が命を落としたことか・・・。都に名高い剣の使い手の天地の君といえど、不安は免れなかった。 天地の君は神の加護を求めて津名魅の宮を訪ねた。 「・・・という次第でなにとぞ津名魅様のお力添えをお願いしたく存じます。」 天地の君は初めてお目見えする津名魅の宮の美しさに物の怪退治への不安も忘れるほどであった。 その姿は深山の人知れぬ濁りなき泉に、華やかに咲く桜を映し取ったよう。荘厳な巫女の衣装に身を包み、麗しい水色の髪も長く、紅玉の瞳は一点の曇りも見当たらず、時の流れを穏やかに映し続けている。そのかんばせには全てを包み込むような慈愛の笑みを浮かべ、見る者の魂を魅了してやまない。この世の方とも思われない、ともすれば夢に現れた女神かと疑われるほどである。 「都に名高い天地の君直々のおいでとは嬉しい限りです。できる限りのことをいたしましょう。天地の君様にはまだ眠っている力があります。どうかご自身の力を信じて・・・」 津名魅の宮はそう言って、自らの額を天地の君の額に重ねた。すると天地の君の額に光る紋章が浮かび上がる。 しかし当の天地の君はそれどころではなかった。阿重霞姫との婚約はすでに決まっていたが、女性とこれほど密着したのは生まれて初めてである。しかもこの清らかに美しい大人の女性を目の前にして、心は乱れんばかりであった。 (ああ・・・なんという美しさ・・・そしてこのほのかに薫る甘い匂い・・・このような方を一生の妻とできるものなら・・・) それは津名魅の宮にしても同様で噂に聞いた天地の君の凛々しさに魅せられていた。 (なんて凛々しい殿方・・・いけないわ、私は神に仕える巫女、世の男性など・・・でも・・・) 「津名魅様・・・」 天地の君は津名魅の宮の背中に手を回し、優しく抱きしめた。 「て、天地の君様、何を・・・」 「津名魅様がいけないのです。貴女があまりに美しすぎるから・・・」 「だ、駄目です、いけませんわ、あっ・・・」 津名魅の宮の唇を天地の君の唇が塞いだ。そしてゆっくりと身体を倒す。 「おやめください天地の君様、こんな、こんな、はあっ・・・」 身体を力強い男の手でまさぐられ、津名魅の宮はあらがう術もしらずそのまま天地の君に身を委ねた・・・。 それ以降、互いに会いたいと想っても果たせない日々が続いた。 なんといっても津名魅の宮は神聖な巫女で気安く会うことは許されないし、物の怪退治の後さらに名の上がった天地の君も不用意に動けないでいた。文を交わしたり、なにかの祭事などにつけて話をすることはあったものの、二人で逢えたのはあの一夜のみであった。 それゆえ今宵こそは津名魅の宮の柔らかい肌に触れられるかもしれないと想うと天地の君は自然気が逸るのだった。 |