源氏無用物語

【花散里】 〜九羅密の姫−美星〜





 皇宮からやや離れた人通りの少ない所に、結構な広さのお屋敷が建っている。
 様々な趣向がこらされた美しい景観の庭と当代きっての建築家があまたのからくりを施した邸は、皇家ゆかりの方のお住まいと比べても遜色ない豪華さであった。
 その邸をたった今訪れた者がある。
 供の数も少なげに人目をはばかるようにして入って行くところをみるとこの邸の者ではあるまい。時は既に夜半をすぎ、人を訪問する時間ではない。
 そう、男が女を忍んで訪ねる以外は・・・。



 この豪奢な邸を訪れたのは、紫がかった美しい長髪に朱の布を額にまいた女性のように繊細な容貌をした貴公子であった。真備清音の中将である。ここは先ほど天地の君ら貴公子の間で噂にあがっていた九羅密の孫姫のお住まい−九羅密守護役の邸であった。
 清音の中将は馴れた足どりで、広い邸を迷うことなく美星姫の住む南の館に向かった。まず、文を差し上げ、女君の御機嫌をうかがってから・・・などということはせず、美星姫の部屋の障子を乱暴に開け放った。

「みぃほぉしぃー!!」


 部屋の中には、驚いた様子もなく一人の女性がいかにものんびりとした有り様で座っていた。
 黄金色の髪を馬の尾のように結い上げた優しそうな、柔和な雰囲気の美女である。


「あ、清音ぇ〜。来てくれたのぉ。あのね、聞いて聞いて今度ねぇ、・・・」
「美星!あんたって娘はどうしていつもいつもそうなのよっ!あたしの事情ってものもすこしは考えなさいよね!」

美星姫は瞳に涙を浮かべながら、

「清音ぇ〜怒っちゃいや〜」

 こうしてうるうるとした瞳でみつめられるとなぜか怒る気がしなくなってくる。この姫のもつ人徳とでもいおうか。
 とにかくたいがいのことはこれでほだされてしまうのであった。
 清音の中将は頭痛がおきるのを感じながらも仕方なく、

「・・・もう、わかったわよ。で、『大変な事』ってのはなんなの?」
「んとね、今度のぉ、花の宴をうちのお邸で開くっておじいさまがぁ・・」
「あ、あんた・・・。まさかそれが『大変な事』だっての?」
「・・・なにかおかしかったかしら〜」
「いーかげんにしなさいよ美星っ!たかが花の宴のどこが大変なのよっ!」
「だ、だってぇ・・」
「だってじゃない!全くそんなくだらない用事で皇宮に文をよこさないでよね!それもよりによって天地の君の前で・・・」
「そうそう、その天地の君様もいらっしゃってぇ、舞を舞ってくださるんですって。そしてね、あわよくば酔いつぶしちゃってぇ、うちに泊まっていただいてぇ、既成事実をつくってぇ、それでぇ・・やぁだもう、美星照れちゃう〜」
「ええっ?そ、それってまさか・・・」
「うんとぉ、おじいさまがぁ、天地の君様ならば私のお婿さんにふさわしいからってぇ、やだやだもう、清音ったらぁ〜」
「で、でも、天地の君にはもう左大臣の姫君が・・・」
「だってあんまりうまくいってないそうだし、それに美星、天地の君様のことまえからずっと・・キャーもう何言わせるのよぉ〜!」
「そ、そんな・・」
「変かしらぁ?だってぇ天地の君様ほどの方だったらぁ、奥さんの三、四人くらいいてもふつうじゃない?」
「それは・・そうだけど・・・」


 清音の中将は美星姫の言葉に少なからぬ衝撃を受けていた。
 天地の君とはもう長い間親友として分け隔てなくつきあってきた。それがいつからか友情から男女の愛情へとかわってしまったのか・・・しかし自分を男と信じ切っている天地の君に気持ちを打ち明けることなどできるはずもなく、また今まで通りのつきあいができなくなってしまうのでは、という言い知れぬ恐怖感も少なくなかった。
 急に黙り込んでしまった清音の中将を不思議そうにみながら、美星姫は明るい声をかけた。

「どうしたの?ねぇ、清音ったらぁ」
「(はっ)う、ううん。なんでもないわよ。」
「ふ〜ん?あっ、わかったぁ!」
「え?な、なにがわかったっての?」
「清音ったらぁ、私と会い辛くなるのが寂しいのね?だいじょうぶよ、私たちは親友でしょ?」
「う、うん。そうね、親友だものね・・」

 ほっとしながらも『親友』と言う言葉が清音の中将には重く感じられた。

「ねえ、それよりも清音ぇ、今夜は泊まって行くでしょ?ねっ?」
「(ぎくっ)こ、今夜はもう帰るわ、うん」
「そんなぁ、冷たいこと言わないでぇ、いいでしょ、ねっ、ねっ?」
「こ、こら、離しなさい!やめてったらぁ!」
「いや、そんなこと言っちゃ!今夜はもう離さないんだからぁ」
「だ、だめよ美星、女同士でなんて。」
「くすっ、なによぉ、いまさらぁ。これがはじめてじゃないでしょぉ〜」
「お、お願いやめて美星。だ、だめなんだったらぁ!」
「清音ぇ〜、大好きぃ〜」
「い、いやあっ!誰か助けてぇ!(T_T)」



嘆きつつ 二人寝る夜の月影に 由梨の花散る 花の宴よ





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